ランボルギーニ・カウンタック

(2002年6月16日記載)

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 何度も言ってしまうが、僕らはスーパーカー世代。では何がスーパーカーかと言うと、議論の余地があるところ…。単なるスポーツカーでは、スーパーカーとは言えない。とんでもないスピードが出ることは必須条件だが、それだけでは足りない。ミッドシップ・エンジンが多くて、フロントやリアのエンジンは少ないかなぁ。2座シートであることも必要かも…2+2シートも稀にあるけど。デザインが時代の先端を行っている…たいていは流線型に近くなるのだけど…アンドとても高価(家が買えるくらい)で、滅多に街中では見ることのできない希少価値をもったスポーツカー…それがスーパーカーかなぁ。子供のころは"ポルシェ911"シリーズも十分にスーパーカーだったが、最近は中古車の数も増えて中には百万円台で買えるのも出てきて、街中に氾濫し始めた。ここまで見かけると有難さも薄れるというもので、ちょっとスーパーカーというには抵抗がでてきた。スーパーカーの一角を占めていた"マセラッティー"も、性能はともかくデザインが"おじさん車"の方角へ行ってしまったからなぁ。
 そんな中、子供のころと相も変わらず今もスーパーカーと言えるのは、"フェラーリ"と"ランボルギーニ"。「ランボルギーニ・カウンタックとフェラーリ・ベルリネッタボクサー(通称BB)のどちらが上か?」で、子供時代よく議論があった。カウンタックは、公表スピードで300km/h。フェラーリは、老舗の意地で302km/hを主張。実際は僅か2km/hの差は誤差の範囲内なのだが、子供たちの間ではこれが大問題だった(※しかし、コース上での実測はカウンタックもBBも300km/hにはまったく届かなかった…と言われる)。僕は、BBよりも未来の宇宙船かロボットみたいなカクカクしたデザインのカウンタックのデザインの方が好きだった。性能どうこうではなく、その"形"だけでカウンタックはもうスーパーカーだった。

 そのカウンタックの実物を初めて目にしたのは、晴海で行われた1977年の"サンスター・世界の名車コレクション"にて。東京ディズニー・ランドなど問題にならないくらいの長蛇の列に並ぶこと数時間、ようやく僕はカウンタックを始めとするスーパーカー達にお目にかかった。触るどころか、柵で覆われていて近づくことすらできなかった。まるで宝石や名画と同じような扱いだったのである。
 今は、地元の美容院の社長がカウンタックを所有しているらしく、その美容院前でカウンタックを目にする機会が何度かあったし、極稀にだが都内の道路などで見かけることも以前より多くなった。

カウンタックLP500S(世界の名車コレクション77にて)

 いずれ、ランボルギーニ社と創始者フェルッチオに関する逸話を取り上げる事になるかもしれないが、ここではカウンタックができる経緯だけ書いておこうと思う。
 350GTを出発点として、ミウラや400GT、エスパーダ、イスレロ、ハラマなどを世に送り出していく。当時のチーフ・エンジニアのパオロ・スタンツァーニは、1970年代に入って(P111)ウラッコと(LP112)カウンタックの新プロジェクトを手がけた。完璧主義者の次席チーフのスタンツァーニは、チーフ・テストドライバーのウィリアム(※通称ボブ)・ウォレスと度々衝突したと言う。話をLP112プロジェクトのみに絞って進めよう。
 112プロジェクトは、ミウラの後継モデルの開発である。スタンツァーニは、パワーユニットを縦置き(※ミウラは横置き)とする事に決定した。縦置きとする事で、ミウラに見られた欠点の多くは克服され、騒音の低減、整備性等でメリットが得られる。一方、縦置きは前後長が長くなってしまう。V12気筒エンジンでは、尚更である。しかし、スタンツァーニは、驚くべき方法でこれを解決する。エンジンを前後逆向きにして、その前方にギアボックスを置いたのである。こうした画期的な設計で、ミウラよりも短いホイールベースを実現した。シャシーは、角断面チューブで簡潔なスペース・フレームが採用された。前後ともダブル・ウィッシュボーンとコイルのサスペンションで、4輪ベンチレーテッド・ディスク。ステアリングは、ラック&ピニオン式。こうして出来上がった112プロジェクトに、ベルトーネのマルチェロ・ガンディーニ作のスチール・ボディが組み合わされた。1971年のジュネーブショーで、カウンタックLP500としてベールを脱いだ。最高出力は440ps、最高速度は1130kgと言う軽量ボディを300km/hまで引っ張るとされた。"カウンタック"とは、ピエモンテ地方の方言で"驚き"を現す感嘆符(countach=クンタッシ!)に由来している。その名の通り、カウンタックは驚きをもって向かい入れられた。特にガンディーニのデザインが、その驚きのパーセンテージの多くを占めた。短いフロントノーズとウィンドウ・スクリーンの間に段差の無い車全体がくさび型のデザイン、思い切り低い車高、跳ね上がって開くドア、等エトセトラ、エトセトラ。従来のスポーツカーの形を打ち破るエクステリア・デザインだった。
 良い事尽くめのように思うかも知れないが、スタンツァーニの設計は、生産技術者の目から見ればまったく柔軟性を欠いた理想主義だった。カウンタックは、エンジンを積み込むのに驚くべき工数と神業に近い工作水準を要した。またカウンタックの室内の狭さは笑えるほどで、空力学的を考慮しない車体内部の動圧で、実験での超高速時の直進安定性は極めて悪かった(※これは歴代カウンタックに言える事で、ウィング等で改善しようと試みたがそれでも超高速安定性は疑問視され続ける。曲がらないBBに対し、カウンタックはコーナーリングマシンと言われる)。このために様々な大手術が施され、基本ボディ構造から変更になった。フレームは角断面から丸断面鋼管に変更された。その構成も、複雑なものへと変更された(※これらの努力で、車重は1,065kgまで減少した)。ディファレンシャル・ギア、フロント・ブレーキ、ホイール、タイヤにも変更が加えられた。5リッター・エンジンの熟成も手間取り、既存の4リッター・エンジンとなった。パワーは375ps、トルクは36.8kg-m。外観も、ダクトが追加された他、各ヶ所が変更された。室内のインストルメント・パネルやステアリングやバック・ミラーも、常識的なものになった。ボディサイズは、全長4,140mm(全幅1,890mm×全高1,070mm)となった。ワイパーも取り付けられた。この4リッターエンジンのカウンタックLP400は、1977年までに150台が生産された。

 カウンタックLP400(同上会場にて)

 さてその頃、南米ボリビアで政変が起こり、結果としてランボルギーニは経営難に陥る(※親会社のトラックが売れなくなったのだ)。社主のフェルッチオ・ランボルギーニは、ランボルギーニ社の株の51%をスイス人投資家に売却してしまう。新しいこのスイス人は、小うるさい完全主義者のチーフ・エンジニアを解雇し、かつてランボルギーニにいたジャンパオロ・ダラーラを雇った。その後、このスイス人社主は、カウンタックのモデファイ版LP400Sなどを送り出した。

 カウンタックLP500(那須PSガレージにて)

 しかしこの後、ランボルギーニ社はBMWM-1開発で契約を計画通りに遂行できず倒産する。21ヶ月間イタリア政府管理下に置かれたが、社は250万ドルでフランス人の手に渡り(※その後ランボルギーニ社は、クライスラー社(1989年)→インドネシア人(1993年)→アウディ社(現在)と転々としていく)、4.7リッター版のLP500Sや5リッター48バルブの500クアトロバルボーレ、そしてカウンタック・アニバーサリーを作らせた。
 最後のバージョンのカウンタックは、5.2リッター・エンジンまでアップし、455psに達した。最高速度は295km/h、100km/hへはたった5秒で到達する。正にスーパーカーだった。最後のカウンタックは、1990年7月に工場から出荷された。それまでに1,851台のカウンタックが製造された。その後、後継モデルのディアブロにその座を譲り渡したのである。

ディアブロVT(秋葉原にて)

 ディアブロ(那須PSガレージにて)


 現在、ランボルギーニはカウンタックの後継車としてディアブロを作った後、ムルシエラゴを発表。いずれも、ガンディーニのカウンタックのデザインの延長線にあるデザインで、一目でランボと分かる独特な形をしている。エンジン出力は、カウンタック時代で455ps、ディアブロで492ps、ムルシエラゴで580psと向上。もちろん車の快適性や個々のシステムも向上している。値段もムルシエラゴは新車で2,550万円と、大幅にアップしている。
 一方、完全主義者スタンツァーニを欠いた設計は、(形は似ていても)カウンタックとディアブロ以降では基本が大きく異なっている。生粋の学理的エンジニアのパオロ・スタンツァーニは、乗る人間の事は二の次。ある意味、人間なんてどうでも良かった。カウンタックに乗るドライバーは、スタンツァーニの完全主義設計に体を合わせなければならなかった。しかし、ディアブロは違った。親会社のクライスラーが物言いを付け、ディアブロはより人間に快適かつゴージャスな車となり、結果巨体かつヘビーになった(※全長4,140mm→4,460mm、車重1,065kg→1,651kg。500kg増!!)。当然旋回性能はカウンタックより落ちてしまい、直線ぶっ飛ばし仕様方向へとシフトする…。だいたい、カウンタックとカウンタック以降を大まかに分けるとそんな感じ…。
 クライスラー傘下からアウディ傘下になったムルシエラゴは、巨体かつヘビーさは変わらないが(全長4,580mm、車重1,650kg)、580psと言う超ハイパワー(トルクはなんと66.3kg-m!!)のエンジンと、アウディお得意のフルタイム4WD(※ビスカス・カップリング採用)とシャシー剛性のアップで、高い性能を与えられている。しかし、ごたごたと最新兵器を奢られたムルシエラゴは、カウンタックに与えられた完全主義の基本設計とは相容れない、もはや別物の車であると言って良い。似ているのは形だけ。

ディアブロVT(千代田区内事務所近辺にて)

同上・ドアを開いたところ(千代田区内事務所近辺にて)


 しかし、最近のスーパーカーの値段は本当に凄い…。ランボルギーニもフェラーリもメルセデスも、オーバー1千万円は当たり前。アストン・マーチンV12ヴァンキッシュハは、2,260万円。スウェーデンのケーニグセグCC V8Sが、3,500万円。エドニスというスーパースポーツに至っては、1億2千万円…。
 スピード競争もかつては、オーバー300km/hで争われていたが、今は400km/hを超えちゃっている。例えば、ポルシェ996ターボの最高速度は305km/hだが、ブガッティEB110は最高速度342km/h(実測では351km/h!)。マクラーレンF1は、370km/h(実測では、なんと386.2km/h!!)。前出のケーニグセグCC V8Sは、最高速390km/hを発表。1994年に登場していたダウアー962LMは402.3km/h、ブガッティEB16・4ベイロンが406km/h、キャラウェイのスレッジハンマーに至ってはなんと最高速409.9km/h(しかもこの車の登場は1988年だった)。まあ、公道でこの性能を活かせることはあり得ないんだけどね。
 まあ、いずれにせよ、ランボルギーニはひたすらスーパーカーを作り続けるメーカーであってほしい。



追記:2005年6月、河口湖自動車博物館にて"カウンタックLP500"を見ました。




追記:2006年2月、根性で走行中の"ディアブロ"を撮影しました(※運転中の撮影は危険なので止めませう~)。




追記:2004年4月、ランボルギーニのMTBを買いました。 →詳細はここをクリック!




追記:2006年9月、ランボルギーニのお財布を買いました。 →詳細はここをクリック!




追記:2017年7月15日、サイクリングで、栃木県の魔法陣スーパーカーミュージアムに行き、カウンタックを見ました。イエローがLP400で、レッドがLP500のアニヴァーサリーモデルです。

 



 マイ・コレクションより"カウンタックLP500とディアブロ"

 マイ・コレクションより"カウンタックLP400"

 マイ・コレクションより"カウンタックLP400"

 マイ・コレクションより"ディアブロ"

 マイ・コレクションより"ムルシエラゴ"

 マイ・コレクションより"ムルシエラゴ"


参考・引用文献
ロッソ2002年2月号(ネコ・パブリッシング)
カー・コレクション(扶桑社)