アブラハムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。 (創世記15章6節) |
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ある日、神の人3人が、アブラハムのところに来ました。
アブラハムは、言いました。
「このまま行かず、足を洗い、パンを食べてから休んで出かけてください。」
3人は言いました。
「そうさせてもらいます。」
そして、言いました。
「あなたのおくさんのサラさんは、どこにいますか?」
アブラハムは、言いました。
「天幕の中です。」 |
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神の人は、言いました。
「あなたのおくさんは、来年、子どもを産むでしょう。」
すると、天幕の中のサラは笑って言いました。
「ふふふ、90歳の私に、どうして子どもが生まれるでしょう。」
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すると、神の人は言いました。
「私にできないことはありません。なぜ、サラは笑ったのですか?」
天幕の中にいたサラは、言いました。
「いいえ、笑っていません!」
「いいえ、笑いました」
アブラハムは約束を信じ、長い間、しんぼう強く待ちました。
「あなたの子孫を大いなる国民としよう。また、その民の中から救い主が現れ、もろもろの民が救いを受けるであろう。」
と言う、神さまの言葉をずっと信じていました。
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そして翌年、約束通り、アブラハムとサラには、男の子が生まれました。
そして、その子を、イサクと名づけました。
イサクは育って、少年になりました。 |
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神さまは、アブラハムに言われました。
「アブラハムよ。おまえの独り子イサクを、はん祭としてささげなさい。」
アブラハムは、悩みました。やっと生まれた可愛いイサクを、犠牲として殺して、ささげなさいと言うのです。こんなむごいことがあるでしょうか?
アブラハムの子孫は、海辺の砂や空の星の数のように増えると神さまは言われたのに、たった一人の約束の子イサクをささげなさいと言うのです。いったい、どういう事なのでしょう?アブラハムは悩みましたが、神さまの約束を信じ、神さまにしたがいました。
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アブラハムは、イサクに言いました。
「イサクよ。これから神さまに、はん祭をささげに行くからついて来なさい。」
イサクは、言いました。
「父さん、ささげる牛や羊はどこですか?」
アブラハムは、答えました。
「神さまが、そなえてくださるだろう。」
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アブラハムは山に行き。祭だんを築き、イサクをしばってそこに乗せ、イサクに手をかけようとしました。
すると、神さまが言われました。
「アブラハムよ。その子に手をかけてはいけない。お前の自分の子供もおしまない信仰は、よく分かった。」
アブラハムが目を上げると、一匹の羊がやぶに角を引っかけていました。アブラハムはイサクをほどき、その羊をささげました。
神さまは、アブラハムを祝福されました。
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