現代自然環境破壊学概論

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2.自然環境の破壊

Ⅳ.水 の 汚 染
★1987年1月論文の内容

①.水の汚染の現状

 工業化は北半球で最も進んでいるが、その結果、多量の汚染物質が河川や海洋に流入している。しかも、水質悪化は地球規模である。開発途上国では、病原菌や寄生動物による水の汚染が主な問題である。工業化、あるいは都市化地域では、下水や産業廃棄物(有毒化学物質や重金属)による河川や地下水の汚染が問題である。田園地域では、広く面的な汚染をもたらす物質-化学肥料類、農薬類、灌漑排水による塩類集積、それに正確に発生原因ほ指摘しにくい汚染-が、一般的な関心事である。
 多くの国で、汚染物質の流出が規制されているにも関わらず、最終的に河川は多くの淡水汚染物質を海へ運んでいる。今後20年間で、沿岸の水は着実に石油、永続性の化学物質(有機塩素、殺虫剤等)、重金属によって汚染されるだろう。
〈河川の汚染〉
 まず、河川の上流において発生する汚染について考える。森林破壊の章で触れたが、上流において植物(特に森林)が減少すると、土壌の浸食は増え、水質は悪化してしまう。また、上流の鉱山等から排出される重金属等も水質を悪化させる。中流から下流域において発生する汚染は、主に都市下水と工業廃水による。都市及び工業用水として取水された水のほとんどは(処理または未処理で)水路や河川に還元される。「西暦2000年の地球」によれば、西暦2000年までに全世界で、都市用水及び工業用水の取水量は約5倍の1兆8,000億~2兆3,000億m
3に達するまでに増加すると予想される。仮に、取水量の9〇%が還元されるとすると、下水を通じて流される分と、工業廃水を合わせた総流量は、1兆6,000~2兆1,000m3に達する都市用水や工業用水の水質汚濁は、好むと好まざるとに関わらず進行し、開発途上国の経済では、水処理コストの増加分を負担しきれなくなるであろう。開発途上国の中で、都市下水や産業廃水の処理施設に重点に投資できる国は限られている。その結果、多くの開発途上国の都市の下流の水域は、パルプ工場、製紙工場、なめし工場、食肉工場、製油所、化学工場や他の工場からの廃棄物や排水によって汚濁される。また先進国においても、都市用水や工業用水の水質汚濁は進行する。図Aには、都市用水の条件が記されているが、これらの条件を満たすのは難しいであろう。
 都市下水及び工業廃水は、河川を通じ、最終的に海岸周辺に集積する。具体的にどのような汚染物質があるかは、次でまとめて取り上げる。
〈海洋の汚染〉
 図Bには、海洋と地球の他の部分とをの物質輸送の機構が示されている。この図を見ると、大気や河川等様々な経路により、海洋へ汚染物質が流入することが分かる。
 しかし海洋汚染と言っても、沿岸の汚染と外洋の汚染とでは、多少性格が異なる。
 沿岸の水域には、世界中どこでも汚染物質が流入している。図Cには、沿岸の汚染の状況が示されている。沿岸域に入る汚染物質の量は、これからも増え続ける事が示唆されている。沿岸水域では、多くの汚染物質の影響の及ぶ期間が割合短い。汚染物質の排出を止めれば、割合に早く汚染が減ることもある。
 一方外洋は、そこで起きる事象の時間規模でも、廃棄物を吸収、希釈、分散させる能力においても、沿岸水域とはまったく異なる。長期に渡って比較的安定しており、地形的な複雑さはあまりなく、エネルギーの入射も少ない巨大な水域である。しかしながら、汚染が長く続けば結局は海洋環境に測定可能な変化を引き起こす。もっとも重大なのは、滞留時間の長い有害物質が外洋水に蓄積を続けることである。
 実際どのような汚染があるのか見てみる。さて、多くの有害物質が大気や河川経由で海へ流れ込む。数万と言う化学物質が生産されているが、ほとんどの毒性は明らかにされていないし、当然のことながら他の物質との複合作用も分かっていない。現在、汚染の変化の傾向が、モニタリングによって分かっている汚染物質は僅かである。以下、汚染物質を分けて記す。

Ⅰ.合成有機化合物
 上記のように化学物質の数が多いので、塩素系炭化水素の数例を見る。
 重い塩素系炭化水素であるが、DDT、ポリ塩化ビフェール(PCB)、六塩化ベンゼン(HCB)がある。DDTは、まだ多くの国で農薬として、あるいは害虫の駆除に使われており、これからも開発途上国で大量に(2~4倍)使われていくと予想される。DDTは、大気輸送により海へ達する。PCBは安定した難溶性の不燃化合物だが、不注意な放出、漏洩、容器の破損、蒸発等によって海へ入り、今や広範に見出される汚染物質となっている。HCBは、安定な非反応性の化合物で、穀類の殺菌剤あるいはある種の農薬の成分として用いられている。図Cの下段の表によれば、DDTは年間5万トン、PCBは10万トン海洋へ投入され、蓄積量はそれぞれ100万トン、25万トンとなっている。
 次に低分子量の塩素系炭化水素であるが、これらはスプレー用溶剤、燻蒸剤、消化剤、溶剤、電気絶縁体等に入っており、有機合成の中間体として用いられる。これらの化合物の一つ(三塩化沸化メタン)は、年間6,000トン海洋へ入る。これらの化合物は、蒸発しやすく長く大気中に留まり、従って海への移行も起こりやすい。
Ⅱ.重金属
 自然界に存在する重金属元素は、すべて多少の濃度は海洋中に見出される。しかし、人間活動に基づく海洋への金属の蓄積速度は、自然の速度を超えている(図Dの上段の表を参照)。人間活動による重金属の海洋への導入経路は、河川、工業廃水、都市下水、大気輸送、廃棄物の沖合い投棄等である。海洋環境の重金属による汚染は、沿岸域で顕著で特に沿岸水と外洋水の混合が遅い場合、蓄積が助長される。
Ⅲ.人工放射性物質
 核エネルギーの開発と利用は、今後も増加する。同時に、海洋へ流れる放射性物質の量も増える(図Dの下段の表参照)。
 これまでに海洋へ入った放射性物質のもっとも大きな発生源は、アメリカ、ソビエト、イギリス、フランス、中国、インドの行った核実験による核爆発である。1967年までに、470回に達する核爆発から生じた放射性破片のほとんどは海洋へ入った。セシウム137とストロンチウム9〇と言う、生物と親和性の強い2つの核分裂生成物は、それぞれ21及び34メガキュール生じ、ほとんどは海洋へ入った。海洋に入る放射性物質の量は非常に減少したが、原子力の利用と放射性物質の使用が行われているので、放射性同位元素が陸上環境へ、最終的には海洋へと流れ続けている。
 海洋に入る放射性核種は、大きく3つの型に分けられる。①ウラン、ネプツニウム、キュリウム、プルトニウム等核燃料として使用される超ウラン元素、②ストロンチウム9〇やセシウム137のように、核分裂生成物ないしその壊変によって生ずる放射性核種、③亜鉛65や鉄55のように、原子炉あるいは核爆弾の材料に中性子が当たって放射化されて生ずる誘導放射性核種。海洋環境中で1972年までに、52の人工放射性核種が検出されている。
Ⅳ.化石燃料
 今後もエネルギー需要が世界的に増加し、化石燃料エネルギー源の生産及び使用も増加すると考えられる。これらの増加は、すでに深刻となっている沿岸域の化石燃料由来の汚染を一層悪化させる。
 油井からの暴噴、タンカー衝突、日常的な輸送・生産・使用に伴う排出、ドッグでの作業中の慢性的な排出、漏洩事故等から石油炭化水素が排出される。その量は、図E上段の表に示してあり、年間611万トンに達する。
Ⅴ.下水、肥料栄養塩、堆積
 都市の拡大は、河口域あるいは沿岸に流入する未処理下水の量を大幅に増加させる。また農業活動の強化とそれに伴う、2~3倍にも達する世界的な肥料使用の増加により、河口域、湿地、サンゴ礁に運び込まれる栄養塩の量は一層増える。森林の消滅は、流域を破壊し、浸食を促進し、海に流れる川水に栄養分に富んだ微細泥の大量の負荷を加える。これらの川の水が海洋へ入ると、懸濁物や有機物が海水に移り、沿岸水域に過剰生産力をもたらし、微細泥の堆積を引き起こす。
Ⅵ.個体廃棄物
 海底、表層水、海浜は、故意、偶然、事故等の廃棄物投棄に由来する人工物によって汚されており、今後も増大すると予想される。個体廃棄物(ごみ)は、2タイプある。(1)陸上に由来する廃物で、包装材(プラスチック、金属、布、ガラス、木材)が多い。(2)漁業、リクリエーション、貨物輸送等の際に船から出る廃物である。
 世界の海洋に毎年流入する個体廃棄物の総量は、図E下段の表によれば600万トン前後である。

②.水の汚染の原因

 小規模な水の汚染は、かなり古くからあったが、18世紀の産業革命による工業化、都市化が、より大きな水の汚染を徐々にもたらした。そして、遂に19世紀半ばの大都市ロンドンでは、深刻な汚水の不衛生な状態に悩まされた。このような汚染の状況は局所的であるが、20世紀以降―特に第二次大戦後―の河川、海洋汚染は、全地球規模である。先ほどの図Cを見ても分かるように、海洋汚染は世界の多くの沿岸地域で起こっている。
 原因は、工場等からの排水、都市下水をはじめ、農業用化学物質や核実験や森林破壊による汚染等様々である。
 重大な汚染物質の発生源である、工業についてまず見る。大気汚染の場合と同じように、①現段階の技術では、除去しにくい物質が存在する、②企業は「最小費用、最大利潤」の原則で動いており、汚染物質除去装置の設備投資に消極的であり、同時に公害責任を認めたがらない傾向にある、③行政は、概して企業を擁護する傾向が強い、等が挙げられる。
 次に都市下水を見る。都市下水には、未処理のまま河川や海へ流される場合がある。汚染は、洗剤や屎尿や様々な薬品、細菌等によって起こっている。未処理のまま放流される下水は、異常に汚い―生下水はBOD(図A参照)を見れば、200ppmはある―が、下水処理場で処理された水も20ppm以下にするには、今の技術では難しい(※第三次処理を除く)。また屎尿については、生屎尿はBOD13,000~13,500ppmあるが、処理後は25~30ppmで、窒素分については4,000~5,000ppmも放流されている。下水処理は(先進国においても)、大規模な都市化に追い付いていない。十分な下水処理施設がない(開発途上国や先進国の一部)事や、処理システムはあっても、都市の大量取水に比して発生する下水には不十分な事が多い。これらの責任の多くは、無論行政側に帰す(個人で対応できる範囲を大きく超えている)。
 農業では、未だに多くの化学肥料や農薬が使用されている。その有害性は、十分に分かっているものの、開発途上国では、蓄積されて何年後かに表れる影響より、切羽詰った目の前の農作物の収穫の方が重要視されている。実用的で有効な他の方法が見つからぬ限り、農薬での化学物質の使用量は確実に急増していく。
 核実験は、あまりに問題外の事柄なのでここでは取り上げない。核実験による放射性物質の汚染の責任は、完全に各国政府にある。
 森林破壊については、森林破壊の章を参照されたし。
 次に行政側の規制についてみる。(大気汚染の章でも述べたことだが)規制が厳しくなっていると言われるものの、現実には汚染は急増しており、やはり各国の規制に疑問を抱かざるを得ない。
 最後に、企業や行政側からの原因だけでなく、個人個人からの原因についても言及したい。個人による薬品、油、富栄養化をもたらす洗剤の排出、ゴミの河川や海洋への投棄は一件一件の量は差ほどの影響がないように思えるが、国家規模、地球規模で見れば、無視できない大きな汚染となっている。

③.水の汚染の影響

 水質汚濁は、重大な影響を起こす。特に、魚類等への影響は著しい。海洋の総面積の10%を占める沿岸が。魚類総生産の99%を占める事を考えると、沿岸の著しい汚染は重大な影響をもたらす。どのような影響があるのだろうか。
〈生態系への影響〉
 水の生態系は、湖沼や河川等の淡水系と、海洋系に分けられる。又、海洋の生態系は、沿岸生態系と外洋生態系に分けられる(図Gの表を参照)。具体的に、どのような破壊があるか見る
Ⅰ.淡水での影響
 まず、淡水の酸性化による影響を見る。大気汚染の章で述べたように、酸化硫黄や酸化窒素が酸性雨として地上に降る。それらは、当然湖沼や河川へと流入する。酸性化された水の中では、生物の棲息は難しい。(大気汚染の章でも触れたが)ノルウェー南西部では、湖水のpH(※ペーハー値)が4.3以下の湖では、魚類が棲息しているのは30%にも満たなかった。また、ノルウェーの川では、サケやタラが姿を消している。同様な出来事が、スウェーデンやニューヨーク州アディロンダック山地の湖やカナダのいくつかの地域で観察されている。水の酸性化は、水中に棲息する生物種の構成に変化を起こす。
 下水や工業廃水による河川の汚染も、生物の減少をもたらす。タイでの例を見る。タイ東部の域内漁獲高は、1963年に69トンであったが、1968年は十分の一に低下している。これは、特にバンコク市からの水質汚濁が主な原因であった。同様に世界的に見ても、淡水域、湾、潟、河口において、漁獲高の減少が起こっている。
Ⅱ.沿岸での影響
 沿岸には、様々な汚染物質が集積する。PCBやDDT等の合成有機化合物、水銀やカドミウム等の重金属、人工放射性物質、石油炭化水素、肥料栄養塩等様々な汚染物質があることは、先ほど見たとおりである。有毒物質の中には、発がん性(※ガンを引き起こす)、変異原性(※遺伝的変異を引き起こす)、催奇性(発生異常、奇形を引き起こす)の物質が含まれる(この2つ、あるいは3つ全部の性質を示す有毒物質が多い)。
 具体的に影響を調べる。
 PCBは、人間に皮膚障害、黄疸、肝臓障害を起こさせることが明らかにされており、実験動物にはガンを発生させる。バルト海で1940年には2万頭いたアザラシが、PCB汚染魚を餌としていたため、現在数千頭に減っている。また、PCBは河口域の植物プランクトン群集の増殖に悪影響を与え、生長、光合成、発生等の機能を阻害し、高濃度の場合は死ぬ。これは、自然界の食物連鎖に悪影響を与える可能性がある。PCBは残留性が強く、今後長年に渡り、底泥等に存在し続ける。
 DDTは、地域的に鳥と魚に繁殖障害を起こした事が知られている(動植物減少の章を参照)。DDTが明確に魚に毒性を示した例も知られており、また化学物質受容感覚を妨げ、自然の行動パターンに影響することも知られている。
 重金属については、水銀が水銀中毒を起こすことが知られている。重金属は、環境での残留性がもっとも強く、変性も分解もされず、ある種のバクテリアの作用で有機化合物を作る。パルプ廃液や重金属、有機化合物は、魚に脊柱異常や腫瘍の原因となり、魚の奇形化をもたらしている。
 放射性元素は、個々の海産生物や群集に対してどのような影響があるのかが、ある程度研究されてきたに過ぎない。この汚染が生物あるいは環境に対してどんな意味を持つかについては、実際上分かっていない。
 沿岸の油汚染の影響を見る。石油の成分が汚染から8年も河口域湿地帯の堆積物に残存することが知られており、ずっと底棲生物に影響し、生物生産力を変化させた。油汚染から3年経っても、沼沢地の草本群集が再生することができないと言う観察もある。この間の塩性沼沢地の浸食速度は、影響を受けていない地域の24倍であった(潮地の湿地は多くの虫、それを食べる何百万羽と言う鳥、各種の貝類、カニ、エビを始め、豊富な種類の魚が棲んでいる)石油炭化水素の量が充分に多ければ、海表面に形成される炭化水素の薄膜は、隣接沿岸域を覆ってしまう。この炭化水素の薄膜は、分別蓄積層として働いて、有毒な重金属イオン、ビタミン、アミノ酸、DDT、PCBを含む親塩素化炭化水素等の微量物質を集める。海洋表面やその付近にこうした物質が集められると、複合的に作用して沿岸海洋生態系に大きく影響する(魚卵の正常な発生の妨げや植物プランクトン群集の変化等)。低レベルの油汚染も、長期的には海産生物に生理的あるいは行動に対して悪影響を与える。
 沿岸へは、栄養分に富んだ微細泥や肥料栄養塩が運ばれてくる。これらは沿岸水域に過剰生産力をもたらし、珊瑚礁には致命的となる。汚染は水を濁し、珊瑚にとって重要な日光を通すことができなくなる。珊瑚は窒息して死に、骨格は微細泥の堆積や藻類に覆われてくすんだ灰色となる。珊瑚にとって脅威であるオニヒトデの異常発生も、海洋の汚染により起こっている。珊瑚礁は、波から海岸を守っているが、一度破壊されると元に戻らないか、戻れるとしても百年以上かかると言われる。珊瑚礁生態系はすべての構成種の生活を支えているが、珊瑚礁の生長が乱されると、種によっては死んだりして不均衡が生ずる。また沿岸湿地帯は、本来汚染した潮汐流中の汚染物質を吸収してしまう機能を持っている。しかし、湿地帯がいかに大量の栄養塩を利用する能力が高くても、下水や肥料の流失等がもたらす過剰な窒素が存在しては、結局は沿岸域に過剰生産力をもたらすようになり、局所的には富栄養化をもたらす。沿岸での富栄養化は、塩素量、水温、太陽光線等の様々な諸条件が重なった場合に、赤潮を発生させる。赤潮は、植物プランクトンの異常発生により海が変色したものであり、発生密度は1cm
3あたり細胞数10万から100万と言う高さである。赤潮は多量の酸素を摂取するため、他の海洋生物が大打撃を受け、多量の死がもたらされる。
 最後に、個体廃棄物―つまりゴミ―について見る。プラスチックシート等は、底棲生物を窒息させ、薄いプラスチックはクラゲと間違えて海亀が食べ、小さなプラスチックは魚の腹に入る。森林伐採とパルプ工業の個体・液体廃棄物によって海洋の生物と棲息域が破壊された例が観察されている。個体廃棄物等は、美観を損ない、生物の健康に悪影響を与える。
Ⅲ.外洋での影響
 汚染物質は、沿岸地域から海流や生物により外洋に運ばれる。また、かなりの量が大気から直接入る。また、直接の投棄によるものもある。外洋生態系は、沿岸生態系と異なり、陸、沿岸、外洋の三つの汚染源からの汚染物質を長期間蓄積する。ほとんどの汚染物質は、微粒子、液体、溶存態の形で海水に入る。汚染物質は、海水に入ってから微細泥の粒子やデトリタス(※海中の植物等が微生物の働きで高栄養化した物)の粒子に吸着し、それが動物プランクトンに食べられる。動物プランクトンは汚染物質を体内に取り入れ、糞粒子として排出する。生物の遺骸や糞は急速に沈降し、外洋の深海に化学物質が多量に蓄積する。外洋では、代謝も自然の堆積速度も極めて遅く、汚染物質の生物的分解も、堆積物による固定化も遅い。その結果、深海の生態系は長期間汚染物質に曝される。深海の生物は、変化の少ない生態系の中で生きており、環境への適応力が発達しておらず、長期間の汚染は非常に有害である。
Ⅳ.海上交通への影響
 海洋の汚染は、船舶の航行に重大な影響を及ぼす。航行に危険な汚染は種々あるが、その一例を取り上げる。
 化学物質が、多量に海水を汚染している場合、船舶の腐食作用を早める。3年以上持つスクリューが一年で使用不可能になったり、ボルトの交換時期が極度に早められたりする。特に硫酸による汚染は最も危険で、冷却用パイプからそれらが吸い込まれると、エンジンの部品に穴が空いたり、エンジンそのものが溶けたりする。
 船体を壊すのは、汚水の腐食作用だけではない。個体廃棄物も、スクリューやエンジンを破壊する。海面直下に漂うナイロンロープやプラスチックシートが、スクリューに絡まりつく。スクリューそのものが捻じ曲げられる場合や、エンジンに負担がかかって焼き付きを起こす場合がある。また、水面下の材木等が、深刻な航行上の問題を引き起こす。

④.日本の水の汚染

 日本の水の汚染は、大気汚染と同様にほぼ全ての都道府県で報告されている。特に、水俣湾沿岸や阿賀野川流域の水銀汚染による水俣病は、世界にも広く知られたところである。図Cの上段の表を見れば、日本周辺の海洋が中度から重度の汚染状況、もしくは一時的汚染にあることが分かる。海洋だけではなく、河川の汚染も全国規模で進んでいる。図Gの表には、水道法による水質基準と玉川浄水場原水と国の基準値が記されている。玉川浄水場原水を見ると、汚染の激しさが分かる。これは一例に過ぎないが、都市部の河川はやはり同様か、それ以上の汚染が進んでいると考えられる。下水が発達している場合であっても、処理された水は完全に汚染が取り除かれたわけではなく、水量の少ない日本の川はそれらを希薄化・浄化する事ができにくい。下水処理がなされていない河川は、当然汚染の状況は酷い。
 水の汚染は、生態系破壊を起こしている。具体的には、魚類の減少や奇形魚・異臭魚の発生、生息生物の変化・死滅等を起こす。これらは、漁民には大きな打撃となってきた。また汚染物質は、最終的な捕食動物に集められ、重大な病気を起こす。これまでに、水俣病やイタイイタイ病等が起こっている。化学物質や固形廃棄物による汚染は、船舶航行に被害を与えている。
 日本にも規制は存在しているものの、河川や海洋の汚染はこのまま続行し、蓄積されていくことは確実である。

添付及び挿入資料

・図A/衛生上の都市用水の条件


・図B/海洋を地球の他の部分とつなぐ物質輸送の機構



・図C/海洋汚染/環境基準海域/海洋への負荷量


・図D/金属、人工放射性核種の海洋への負荷


・図E/石油炭化水素、廃棄物の海洋への負荷


・図F/汚染の型と海洋利用への影響


・図G/水道法による水質基準/玉川浄水場原水


 油でギトギトと鈍く光る川崎港の海面(1986年撮影)

 油処理剤(※)を撒く船(1986年撮影/川崎港にて)

※上記写真注:数多くの船が港内に薬品を撒いている。一隻が近づいてきたので、「何をしているのですか」と大声で聞くと、「浄化しているんだ」と返ってきた。白い薬品が、真っ黒な海の底に沈んでいく。・・・川崎の海はどこまでも黒かった。

※油処理剤・・・油を化学的に無害にする薬ではなく、単に物理的に分散させるもの。油処理剤そのものの毒性が問題になっている。(公害摘発最前線P14より)

・真っ黒な川崎港の全景(1986年撮影)/省略
・東京湾の写真(1986年撮影)/省略
・木更津の海(1983年撮影)/省略
・近畿の海(英虞湾/1981年撮影)/省略
・真っ黒で悪臭を放つ川(東京都足立区/1986年撮影)/省略

★2004年8月現在の最新情報

海洋保全に関する国際的な取組について

現在、海洋保全の為、国際的に様々な取組がなされている。1990年代以降の、代表的な国際条約を挙げる。

油による汚染に係る準備、対応及び協力に関する国際条約(1990年)・・・
1~19条および付属書からなる。「この条約の締結国は、人間を取り巻く環境
特に海洋環境を保全するひつようがあることを認め、船舶、沖合施設並びに海港及び油取扱施設に関係する油による汚染が海洋環境にとって重大な脅威となることを認識し(以下略)」・・・油による汚染を回避するために予防措置及び防止装置を取ることなどを目的に作成された条約。


海洋法に関する国際連合条約(1994年)・・・
1部から17部及び附属書の全320条からなる条約。「この条約は、締結国が、すべての国の主権に妥当な考慮を払いつつ、国際交通を促進し、かつ海洋の平和的利用、海洋資源の衡平かつ効果的な利用、海洋生物資源の保存並びに海洋環境の研究、保護及び保全を促進するような海洋の法的秩序を確立する(以下略)」・・・などの目的で作成された条約。

廃棄物その他の投棄による海洋汚染の防止に関する条約(通称ロンドン条約/1996年議定書)・・・1部と2部の全22条及び付属書のⅠとⅡとⅢからなる。「この条約の締結国は、海洋環境及び海洋環境によって維持される生物が人類にとって極めて重要であること、並びにその質及び資源を害されないような海洋環境の管理の確保についてすべての人が関心を有していることを認め、廃棄物を同化しかつ無害にする海洋の受容力及び天然資源を再生産する海洋の能力が無限ではないことを認め(以下略)」、諸国が海洋汚染を防止することを目的に作成された条約。日本も、批准のための準備を進めている。2004年から2005年にかけて、議定書が発行する見込み。

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日本の水に関する諸問題について

 
日本は狭い国土に人口が密集し、限られた水資源を利用しているので、過去から現在に至るまで様々な水に関する問題が生じている。とてもでないが、このコーナーだけでそれらをすべて紹介しきれない。現在も水質汚染が酷い河川が日本全国にあり(悲しいかな、私の住んでいる街の川はワースト5に2つも入っている)、また沿岸の汚染も収まったわけではないのだ。海上保安庁の調査でも、毎年600件~800件ほどの海洋汚染発生状況を確認している(半分以上が油の汚染で、その半分以上が人為的なものなのである)。上記の論文でも触れた様々な汚染物質も、海底や海底の堆積物から発見されている。
 この10年の間に国民の意識も少しずつ変化してきているが、個人の環境保全活動には自ずと限界があるので、下水処理場を始めとする汚水処理のシステムの構築も一層行政側に期待したい。結局のところ、陸上で出された汚染物質は地下水や河川、大気を通じて、最終的に海へ辿り着く(残念ながら、河川や海の自浄作用の限界は既に超えている)。海に到達するまでに最大限汚染物質を取り除く義務が、人間の社会にあるはずである。
 また、行政機関の水に関する事業も、相変わらず問題が多い。日本各地のダム建設の問題、長良川河口堰問題、諫早湾干拓事業等々、頻繁にマスコミで取り上げられている。一部、計画の見直し等もされているが、こう言った公共事業の多くが過去に計画されたもので、時代状況が変わった今も計画通り実行されようとしているため、各地で色々な軋轢を生じている。莫大な費用を投ずる公共事業と、各地で反対運動が起こる環境保全を測りにかけた時、どうしても計画を立てた側の言い分が優先される気がしてならないのは、私だけではないだろう。ごり押しされる公共工事が、どう考えても環境保全と言う時代の流れに逆らっているように思えることがあるのも事実。税収が伸びない大不況の中、本当に必要な工事の見極めを求めたい。
 「工事受注企業→政治家への懇願・陳情→官僚への根回し→公共事業の立案(法制化含む)→工事の発注(→場合によっては政治家や官僚へのバックマージン)」というかつての日本の20世紀の遺物的システムが、21世紀では払拭されることを望む。

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日本の水に関する行政機関

 日本の水に関する行政は、環境省、農林水産省、厚生労働省、国土交通省、経済産業省等色々な省が受け持っている。
水質調査などの水環境に関すること等は、「環境省」。農業用水に関すること等は、「農林水産省」。食品安全の面からの飲料水や水道行政に関することは「厚生労働省」。河川の工事や管理、水資源の管理、下水道の整備などは、「国土交通省」。河川の水のエネルギー利用に関しては、「経済産業省」。このように、内容によって行政機関が分かれている。かつては、縦割り行政によってこれらの省庁の関連や連絡が上手くいかず、問題が起こる度に批判を浴びてきた。近年、この水に関する5つの省が、健全な水循環系構築に向けて協力する動きが出始めている。主な活動は、下記の通り。

平成10年8月に、「健全な水循環構築に関する関係省庁連絡会議」を設置。
平成12~13年度には、水循環健全化に向けた総合施策検討調査を実施。
平成15年6月には、都市再生プロジェクト(第3次決定)により、寝屋川流域(大阪府)と神田川流域(東京都)を対象として水循環系再生計画を策定。
平成15年10月、「健全な水循環系構築のための計画づくりに向けて」を策定。

※個人的には、これらの都市再生プロジェクトが単に河川の工事や設備に資金を投下するだけの凡庸な公共事業で終わってしまわないで、文字通り恒久的な「健全な水循環系構築」になる事を願っている。

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引用・参考資料:法庫ホームページ
        
・油による汚染に係る準備、対応及び協力に関する国際条約のページ
        ・海洋法に関する国際連合条約のページ
        ・廃棄物その他の投棄による海洋汚染の防止に関する条約のページ

        各省庁ホームページ
        ・環境省、国土交通省、海上保安庁、他

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