現代自然環境破壊学概論

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2.自然環境の破壊

Ⅲ.大 気 汚 染
★1987年1月論文の内容

①.大気汚染の現状

 大気汚染とは何か。1967年9月14日のヨーロッパ理事会は、次のように定義している。「大気中に異質の物質が存在したり、あるいは組成比に大きな変化が見られ、これがその時点での科学的知識を考慮に入れて、有害な結果を引き起こしたり、障害を生じうるような状態が大気汚染である」。
 異質な物質はもちろん、自然存在している物質でも、組成比に大きな変化が見られれば汚染の原因となり得る。"その時点での科学的知識を考慮に入れて"と言うのは、ある汚染物質が今日は許容できると考えられている濃度で存在していることが、疫学的研究や他の科学的研究の成果から、真に有害である可能性が提示されるようになれば、明日にでも許容できなくなると言うことである。〈障害を生じる〉と言うのは、悪臭の発散や霧の発生による視程の減少等も含む。
 大気汚染は、気象とは切り離せない。気温の逆転(成層圏では一般的に高地ほど温度が低いが、地上の方が低いことがある)や、太陽の輻射などが汚染に影響を及ぼす。大気汚染が増加するか消滅するかは、気象条件にも大きく依存している。
 以上を踏まえた上で、大気汚染の現状を見てみたい。Aの表には、大気中の細塵の発生源と推定年間発生量が、B~Dの表には、GNP成長過程別に汚染物質の排出量予測(1985年と1990年)が示されている。またEには、汚染物質の一部の化学反応式が記されている。これらを参照しながら、特に問題となっている汚染物質を取り上げ、大気汚染の現状を見る。

<硫黄を含んだ汚染物質>
1.二酸化硫黄及び三酸化硫黄

 エネルギーは、様々な品質の石炭や石油を燃焼させて得られるが、これらはかなりの硫黄を含んでおり、その濃度は6%に達することがある。この硫黄は、燃焼により大部分二酸化硫黄(亜硫酸ガスSO
2)の形で、大気中に排出される。発生源として、銅の精錬所や製油所がある。30%の硫黄を含む鉱石を2,250トン/日処理する銅の精錬所は、1,350トン/日の二酸化硫黄を排出し、製油所は400~500トン/日の二酸化硫黄を産出する。二酸化硫黄は、大気中で三酸化硫黄SO3に変わることができ(Eの科学反応式参照)、このSO3は周囲の水分を捕らえて極めて危険な硫酸H2SO4のエアロゾルを作り出す。
 B~Dの表によれば、1985年には6700万~8300万トンの亜硫酸ガスの排出がなされ、1990年には7500万~9700万トンに達する。
2.硫化水素
 硫化水素は、台所のゴミ箱などでも見られるようなチオバクテリアの作用による一種の腐敗で発生し、測定できるほどの濃度に達する。多量にこのガスを発生するのは、製油所である。

<炭素化合物>
1.二酸化炭素(炭酸ガス)

 二酸化炭素は、あらゆる有機化合物の燃焼によって、また総ての動物の代謝生成によって放出される。二酸化炭素は、無色、無臭、毒性のない気体であるが、毎年発生する総量は非常に大きく、継続的観測が開始されて以来、大気中の二酸化炭素含有量は増加し続けており、大気の組成の変化における割合が増加している。工業化以前(およそ1860~1900年ごろ)の含有量は、ほとんどの専門家たちにより約290ppm(容積百分率)と推定されているが、1976年には332ppmとなっている。Fの表には、1958年から1978年までの観測地が示されているが、上昇傾向が見られ、長期的な傾向に重なり合う大きな変化がはっきり示されている。
 B~Dの表によれば、1985年には240億~290億トンの二酸化炭素の放出がなされ、1990年には270億~350億トンに達すると考えられる。
2.一酸化炭素
 一酸化炭素は、酸素の量が不十分なため有機物質が不完全燃焼する結果生ずる。主な発生源は、自動車の排気ガスであり、10%もの一酸化炭素を含むことがある。他の発生源としてわずかながら、家庭ストーブや工業用炉が挙げられる。
 B~Dの表によれば、1985年には8600万~1億400万トンの一酸化炭素の排出がなされ、1990年には9900万~1億2600万トンに達すると考えられる。
3.炭化水素
 炭化水素は、石油タンクやガソリン自動車の気化器中の石油製品からの蒸発による。自動車の場合、エンジンは停止したがまだ熱い時や、不完全燃焼などによって発生する。
 B~Dの表によれば、1985年には1000万~1300万トンの炭化水素の放出がなされ、1990年には1200万~1500万トンに達すると予想される。
4.アルデヒド
 アルデヒドは、自動車の排気ガスや焼却炉の煤煙など、様々な有機物質の燃焼の際生ずる。また、大気中に放出された炭化水素の酸化によっても生成される。アルデヒドの濃度は1mg/m
3に達することがある。

<オゾン>
 オゾンは大気の自然の組成成分であり、高地ではその濃度は非常に高くなる。オゾンは特殊な状況-強度の汚染と激しい日差しいう酸化性スモッグを作り出す条件が重なった場合-では、オゾンの割合が増加し、1000~1200μg/m
3に達することがある。
 一方、オゾンは炭化水素や窒素酸化物などとの反応により消滅する(オゾンが、炭化水素と反応して消滅する過程は、図Eの化学反応式ょを参照)。アメリカ運輸省(U.S.Department of Transportation)や国立科学アカデミーの研究によれば、超音速機(SST)の成層圏飛行によるオゾンの減少(ジェット・エンジンの影響)は、現在0.1%以下だが、将来のSSTの飛行では最終的には1~10%、目安としては6.5%程度減少する。また、科学アカデミーの研究によれば、クロロフルオロカーボンの放出の影響によるオゾン減少は、全地球規模で今後50年間におよそ14%、範囲で言えば4~40%減少する。さらに科学アカデミーは、肥料として生産された窒素(亜酸化窒素N
2Oとして放出される)が、成層圏のオゾンに及ぼす影響を究明し、窒素が2~3倍に増加すれば、オゾンはおよそ3.5%、範囲で示すなら0.4~13%減少するとしている。大気組成におけるオゾンの割合は、年々減少している。

<窒素酸化物>
1.アンモニア

 ごく微量のアンモニアは、正常の状態の空気中にも見出される(腐敗反応による)。しかし、アンモニアを製造したり、多量に取り扱う工場の付近では、高い濃度で空気中に見られることがある。
2.窒素酸化物
二酸化窒素NO
2と一酸化窒素NOは、大気の正常な組成成分であり、土壌中のバクテリアの作用や雷雨、あるいは火山の噴火と言った自然現象のため大気中に存在している(10~20μg/m3程度)。しかし、都市の空気中では、窒素酸化物の濃度は高い。これは種々の燃焼機関や、内燃機関における高温での燃焼による。これらの化合物は、酸化性スモッグを生ずる光化学現象に介入する。
 B~Dの表によれば、1985年には6400万~7800万トンの窒素酸化物が排出され、1990年には7100万~9100万トンに達する。
3.硝酸
 極めて局所(硝酸を取り扱う工場の付近)のみに見られる。
4.過酸の硝酸エステル
 この化合物は、気温の逆転時に観察されるような、比較的濃度の高いオレフィンや窒素酸化物が強い日差しを受けて、光化学反応を起こす場合に生成される。図Eの化学反応式参照。

<種々の無機汚染物質>
1.フッ素とその誘導体

 フッ素は、自然界にフッ化物の形で非常に多く存在しており、たいていの場合、りん鉱石中に含まれている。加工業においては、一連の工程に排出物を捕集する洗浄装置を設け、その効率が99%を越えているにも関わらず、カリフォルニアの例を見ると、一日500トンの鉱石あたり50kgのフッ化物が排出される。
2.鉛とその誘導体
 これらの発生源として、溶融状態でこの金属を調整、又は使用する工場(回収工場等)の付近が挙げられる。一般的に空気中に見られる鉛は、自動車エンジン用の液体燃料中に導入されたラトラアルキル鉛と言った有機金属化合物に起因している。
3.鉄の酸化物
 主な発生源は、製鉄所である。コークスの燃焼時、酸素と金属が化学反応し多量の酸化第二鉄Fe
2O3が形成され、周囲に排出される。
4.ケイ酸塩
 セメント工場より発生。直径の最も小さな粒子は、無視できないほど多量に遠くまで運ばれ、大気中にケイ酸塩を存在させる原因となる。

<その他の細塵>
 大気中には、常時何十億トンもの多種多様な細塵が浮遊している。又、粒子の大きさの範囲は極めて広く、ミクロン以下からミリメートルの大きさにまで渡る。Aの表によれば、人工源からの細塵の推定年間発生量は、2億7500万~5億トンとなっている。

<悪臭>
 悪臭は、具体的に害を受けるわけではないにしても、時として耐えがたい苦痛となる。細菌が醗酵する過程で、有機物質の自然酸化による発熱のため広範な熱分解が常に進行するが、このような自然発火が起こる塵芥場が悪臭の発生源となる。また、骨や屠殺場、廃馬屠殺場の残留物の処理工場、皮なめし工場や製紙工場と言った幾つかの工業がその周辺に不快な空気を排出する。

<人工放射性物質>
 原子力発電所の事故や、核実験で大気中に存在する(詳細は水の汚染の章で述べるので、そちらを参照。また、B~Dの表の排出量も参照)。。

②.大気汚染の原因

 人工の発生源による大気汚染は、産業革命以降の各国の工業化によって増大した。以後大気汚染は、大気の浄化作用の範囲を超え、特に20世紀に入ってからの汚染の状況は、これ以上許容できないものとなっている。大気汚染の原因は、工業化の進展によって、工場から大量の汚染物質が排出されていることによる。また、自動車やジェット機等の交通機関からの汚染も大きい。その他、種々の化学物質-1978年の国連環境管理計画理事会の推定によれば、400万種類の化学製品が日常で使用され、3万種類の化学製品が商業使用され、年間約1000種類の新製品が市場に販売されている-が、日常の家庭や社会で使用され、種々の化学肥料や殺虫剤、除草剤等が農業に使用されており、それらが原因となって大気汚染を進めている。他、砂漠化の進行を初め、様々な事柄が大気汚染の原因となっている。
 中でも重大な汚染物質の発生源である、工業について見てみたい。何故、工業からの汚染物質の排出は、これほど指摘されながら今尚進行しているのか。それは、主に次の要因によると考えられる。
①現段階(現在の技術)では、除去できない物質の存在を認めなければならない。例として、二酸化炭素が挙げられる。二酸化炭素は燃焼によって自然生成されるものであり、これはどのような汚染抑制技術によっても、経済的にしかも実用的に制御できない(窒素酸化物も、現時点では同様である)。
②二番目に、企業の体質が挙げられる。企業は、「最少費用、最大利潤」の原則によって活動している。汚染物質除去は、コストを2~3割上昇させ、排出基準や汚染物質の種類によってはそれ以上に負担となる。これらは、利益を圧迫するか商品の価格を上昇させ、結果的に企業間競争で不利となる。よって、企業は汚染物質除去装置の設備投資には消極的である。同様の理由により、企業は汚染による被害の責任を認めたがらない傾向がある。多額の賠償金は、企業経営を極度に悪化させるからである。排出規制が厳しくなる場合は、企業は工業化を推し進めている規制の比較的緩やかな開発途上国へと移転し、規制を逃れる例も多い。また地域経済が企業に依存している場合は、汚染による被害が起こっていても、訴えは表面にでにくい。
③行政は、一般的に企業を弁護し保護する傾向にあり、これが汚染防止の妨げとなっている(企業と政治家・官僚との関係については色々とマスコミで取り上げられているが、ここではその点の考察は論点がずれてくるので触れないでおこう)。
 次に、交通機関による汚染について考える。現在の社会では、交通機関を停止させる事は不可能である。自動車等では、排ガス規制がなされているものの、窒素酸化物は増加の傾向にある。
 農業に使用される化学物質は、その有害性は認識されているが、一方開発途上国における農業の重要性がそれ以上に評価され、使用量は増加すると考えられる。
 以上、各々の企業や個人等の側から大気汚染をとらえたが、行政側の規準から大気汚染を見る。Gの表には、世界保健機構による空気の清浄度の4指標と、アメリカソビエト連邦のそれぞれの大気汚染の許容濃度が示されている。ソビエト当局が認めた値は、アメリカの値より遥かに低い。ソビエト当局が採用した値は、現在明らかにできる限りの有機体への最も小さな影響に基づいて定めており、最も慎重である。しかし、これは対策のための技術の現状とは無関係に決められており、現在の工業技術によってその値が工業都市で実現できるかはあまり考慮していない(実際は、ほぼ不可能である)。反対に、他の国の歴史上の例を挙げると、企業の汚染物質排出量に合わせ規制基準が決められ、まったく汚染が減少しなかった例もある。規準の中には、ソ連のように数値としては理想的ではあるが実現が難しいもの、実際にはあまり汚染の除去には役立たぬ場合がある。また、濃度による規制が行われていても、工場が増え排出量が増えれば汚染は増加する。
 一方、規制が有効に働いて、汚染物質の除去をある手度促した例も、数多く見られる。しかしながら、やはり汚染の状況は総体で見ると増加しており、各国の規制に疑問が持たれるところである(各企業や各地域毎ではなく、世界規模の総体的、総量的な規制の概念が必要かもしれない)。

③.大気汚染の影響

 大気の汚染は、気候に多大に作用し、また生体への重大な障害を及ぼす。具体的に、どのような影響があるのか見る。

<気候の温暖化と寒冷化>
気候が、これから温暖化へ向かうのか、寒冷化に向かうのか、それとも何も変わらないのかと言う事は、まだ定説となっていない。図Iの上段のaとbの表を見ても分かるように、気象専門家の間でも意見はまちまちである。また、大気の汚染がどのように気候変化に重要さを示すようになるか、確実な予想を立てるのは難しい。図Iの下段の表には、温暖化~寒冷化の予測の気温が示されている。KからOの表には、著しい寒冷化から著しい温暖化までの、5つのシナリオが記されており、それぞれが気温変化の確率と二酸化炭素と大気混濁度の相対的重要性が示されている。気候の変化の定説はないが、大気汚染の気候への影響を見てみてたい。
1.二酸化炭素による温室効果
 二酸化炭素は、産業革命以来著しく大気中に増加している事は先ほど述べた。二酸化炭素の大気中の濃度の増加は、いわゆる「温室効果」(温室のガラスのような作用をするのでこう呼ぶ)をもたらす。図Hを見ると分かるように、地表から放射された光を二酸化炭素が吸収し、逆に地表へ放射する。図Jの上段の表を見ると、12~18ミクロンの波長域の光が吸収されている事が分かる。その吸収率は、他の大気の組成分の吸収率より極めて多い。温室効果は、気温の上昇をもたらす(図Jの下段の表には、二酸化炭素濃度が二倍になった時の気温の予測が記されている)。K~Oのシナリオによれば、気温が温暖化するに従い、二酸化炭素濃度の相対的重要性が増しているのが分かる。二酸化炭素の増加は、地域的に降水量の変化などをもたらし、農作物の収穫に多大な影響を及ぼす。
2.細塵による寒冷効果
 大気中には、常時何十億トンもの細塵が浮遊している事は先程述べた。大気中に浮遊した細塵は、日射を反射させたり散乱させたりして、その結果地表面に到達する太陽エネルギーを減少させる。図Hには、主に火山噴火によるエアロゾルの増加による太陽放射の散乱が描かれている。太陽エネルギーの地表面での減少は、気候の寒冷化をもたらす。このまま砂漠化、森林の農地への転用、植生の減少等が継続していくならば、風によって舞い上がる細塵は増加し、おそらくは重大な問題となる。K~Oのシナリオによれば、気温が寒冷化するに従い、細塵の大気中での相対的重要性が増しているのが分かる。大気中の細塵は、太陽と地球の輻射のバランス、雲の形成と降雨、地球の表面温度、植物や生命にとって重要な空気の質-等に影響を及ぼす。
 また、将来仮に核戦争が起こった場合、「核の冬」が到来する事も警告されている。どれほどの寒冷化が起こるかは、様々な説があり予測は難しいが、一説を見ると、数千メガトンの核爆発のために生じた塵と煙が、1~2週間のうちに全地球を取り巻くと、地表面に達する日射は数%に減り、地表付近の温度は氷点下15~25度に低下すると言う。

<オゾン層の破壊>
 オゾン層は、太陽放射のうちUV-B領域(UV=ウルトラ・バイオレット/紫外線、Bの波長領域290~320ナノメーター)の紫外線を吸収する性質を持ち、生物にとって有害と言われているこの紫外線から、地球の生物を保護する働きをしている。また、紫外線を吸収する事により成層圏を暖め、気温の逆転層を生み出す働きをする(逆転層は、大気が鉛直方向に混ざり合うことを抑制する)。
 先程、スプレー等から放出されたクロロフルオロカーボンや、成層圏を航行するジェット機、農業で使用する窒素肥料の増加が、オゾン層の破壊を進行させることをみた(図Hにその事が示されている)。オゾンが減少すれば、成層圏の気温分布がかなり変化して、地表面の気温と降雨のパターンが変化する。成層圏のオゾンが1%減少するにつれ、地表に到達する紫外線が2%増加する。紫外線の増加は、生物の生存のバランスを不安定にものとし、混乱を促進させる。具体的に見ると、成層圏オゾンが10%減少した場合、人間の皮膚ガンは20~30%増加すると考えられる。紫外線にあてて植物を育てると、生長が20~50%抑制され、光合成能力は10~30%減少し、有害な突然変異の起こる頻度が20倍に増加する。また紫外線増大は、魚類や甲殻類の幼生には致命的なものとなる。生態系の中では、種がお互いに関連し合っているために、種が例え一つでもダメージを受けると、生態系全体が危険にさらされる。

<酸性雨>
 酸化硫黄や、酸化窒素の著しい増加傾向を先程見た。酸化硫黄及び酸化窒素の放出の影響は、まず雨の酸性化と言う形で現れる。気体として放出されるそれらは、大気中に含まれている水分と反応して酸性の溶液となり、雨や雪として地表に降る。Aの表には、大気で生成される硫酸塩や硝酸塩の量が示されている。このような酸性の降雨現象は、風の強さによっては、酸化窒素や酸化硫黄の発生源から数百kmから数千km離れた所でも起きる。酸性雨は、森林や湖沼の魚等に大きな被害を及ぼしている。具体例ではアメリカ東部で、PH値が5.7から4.2~4.5にまで下がった。スウェーデンでは、十万の湖のうち約20%が酸性化しており、PHが4.3以下の湖での魚類の棲息は30%にも満たなかった。西ドイツでは、シュワルツワルトの森が80%枯死した。また、スカンジナビア諸国の酸性雨の原因は、数百~数千km離れた欧州各国の大気汚染にあると言われている。

<生体への影響>
 汚染物質は、生体へ様々な害を及ぼす。一酸化炭素、二酸化硫黄、三酸化硫黄、粉塵その他ありふれた汚染物質は、人体に病態生理学的な影響を及ぼす。慢性気管支炎、呼吸器不全、心臓-血管系の障害、血液の障害、骨格の変化、神経系統や筋肉系への影響、気管支-肺ガン等から目の粘膜の炎症まで、様々な障害を起こす。当然、植物や動物への影響も激しい。汚染物質には数多くあり、障害も数多いので、ここでは主な三つの汚染物質とその影響を記す。
1.硫黄質のガス
 硫黄質のガス(SO
4、SO3、H2SO4)は、過去大きな災害を起こしてきた。その一例を見る。1930年10月のムーズ河峡谷(ベルギー)では、濃い霧と温度の逆転現象が起こった。汚染より3日目が過ぎると、数千人が呼吸障害や目の炎症、流涙症状を訴え、4日目、5日目には60人もの死者が出た。組織障害の原因は、SO4、SO3、H2SO4のエアロゾル等である。ドノラ(アメリカ北東部)では、1948年10月にムーズと同様の症状が多数訴えられ、5日間に20人の死者が出た。ロンドンでは、1952年12月5~9日の4日間に、呼吸困難やチアノーゼ、その他の障害を訴えた人々は、異常な数に上った。死亡者はなんと4,000人を上回り、死因調査では気管支の病気が平常の4倍、心臓-血管系の病気が3倍であった。硫黄質のガスは、前年同期比では10倍の量に達していた。
2.一酸化炭素
 一酸化炭素の生物胎内にとどまる機構については、よく知られている。一酸化炭素は、オキシヘモグロビンと反応し、酸素と置換してカルボキシヘモグロビンを形成する。具体的には、血液は有機体中で酸素の輸送、担体の役割を果たせなくなる。血液中に一酸化炭素が多量に入ると、中毒症状を呈し、障害(特に脳機能の阻害)が起こる。この他にも、重大な害を及ぼす事が知られている。
3.窒素酸化物
窒素酸化物は、毒性の見地からすれば非常に有毒で、一酸化炭素の毒性より更に強い。また、これらの化合物は酸化性スモッグを生ずる光化学現象に介入する。スモッグは、目の炎症(角膜だけでなく、結膜や涙腺もやられ重症となる場合もある)を起こす。これらの現象は、ロスアンゼルスや他のいくつかの都市等で観察されている。

<複合汚染>
 空気の汚染は、決してただ一つの汚染物質によるのではなく、ガス、粉塵、エアロゾルを同時に含むから、これらの物質のうちの一つのものより確実に有害である。このことに関しては、現在関係諸国で研究が続けられている。

④.日本の大気汚染

 日本の大気汚染が激しかったことは、周知である。特に、1960~70年代の汚染は熾烈を極めた。四日市や川崎はもとより、北海道から鹿児島まで、大気汚染による被害はほぼすべての都道府県で報告されている。図Pの上段の表には、昭和33年の公害陳情件数が示されている。これを見ただけでも、汚染の甚大さがわかる。大気汚染は(広く知られていることだが)、喘息などの呼吸器障害や、気管支炎の増加、慢性気管支炎の悪化、肺炎の羅病率および死亡率の増加、肺ガンの発生、眼やその他の粘膜の炎症、一般健康状態の低下等様々な被害をもたらしてきた。
 現在、1960、70年代のような激しい大気汚染は、かなり改善された。当時最も問題だった硫黄酸化物の量は5分の1近くに減り、特にひどかった指定地域では、10分の1以下へと削減の実績が上がっている。しかし、大気汚染が硫黄酸化物だけで起きるのではない事は、ここまで見てきた通りである。窒素酸化物、大気中粒子状物質(粉塵)も関係しており、窒素酸化物(車の排ガス)中心の汚染はむしろ悪化傾向にある。また、汚染物質の組み合わせによる複合汚染も指摘されており(図P下段参照)、大気汚染にはまだ多くの対応が要求される。
(中央公害対策審議会の環境保健部会の、公害健康被害補償制度の見直しについての結論は、「現在の大気汚染が総体として何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できない」との報告があったにも関わらず、今後は大気汚染による公害病患者は一人も生まれない建て前になっている。答申を受け取る環境庁は、大気汚染による健康被害の防止と、被害が出た場合の救済について、実効性のある方策を立てるべきだと言う事が指摘されている)。。

添付及び挿入資料

・図A/大気中の細塵の発生源と推定年間発生量


・図B/汚染物質排出量予測(中位GNP成長のケース)



・図C/汚染物質排出量予測(高位GNP成長のケース)


・図D/汚染物質排出量予測(低位GNP成長のケース)


・図E/科学反応式


・図F/1958年以降の大気中二酸化炭素濃度の変化


・図G/WHOによる空気の清浄度の4指標
    米国政府が採用した周辺空気の質の基準値
    ソ連における大気汚染許容濃度(1961年)



・図H/気候変動のメカニズム



・図I/アンケートに見る今後の気候(気象庁、1984年)
    過去における年間平均気温の推移と3つの気候シナリオによる予測



・図J/宇宙空間に放出される放射強度
    大気中の二酸化炭素濃度を2倍にした場合の平均地表気温上昇率



・図K/いちじるしい寒冷化による2000年までの変化


・図L/ゆるやかな寒冷化による2000年までの変化


・図M/過去30年並みの場合の2000年までの変化


・図N/ゆるやかな温暖化による2000年までの変化





・図P/1958年の公害陳情件数
    複合汚染指標による大気汚染状況


・図Q/日本の大気汚染にかかわる環境基準(1973年)

・東京の空の写真(新宿にて/1975年撮影)/省略

★2004年6月現在の最新情報

地球の温暖化について

 現在の大気中のCO
2の濃度は、産業革命前の約1.3倍で、過去42万年間で経験したことのない高い値となっています。産業革命前の大気中の二酸化濃度は、280ppmv(0.028%)でしたが、本文中でも触れたハワイのマウナロアでの調査では、1998~1999年には約370ppmv(0.037%)になっています。
 2001年4月に、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が、気候変化に関する最新の科学的知見を取りまとめた第三次評価報告書を公表。この報告書では、「最近50年間に観測された温暖化の大半が人間活動に起因している、という新たな、かつより強い証拠がある」とし、人間活動による温暖化が確実に進行していること、将来の世界の動向を勘案すると、2100年には気温が1.4~5.8℃上昇、海面は9~88cm上昇すると予測しています(ちなみに1mの海面上昇で、世界の砂浜の90%が失われると予想されます)
 実際に、地球の平均気温(陸域の地上気温と海面水温の平均)が20世紀中に約0.6℃上昇し、1990年代の10年間は、過去1000年で最も温暖な10年となりました。1960年後期以降、積雪面積が約10%減少したり、北半球の中・高緯度地域の湖沼や河川で氷結する日数が約2週間短くなる、山岳氷河が後退する、北極の海氷の厚さが約40%減少する、等の影響が現れています。また最近、洪水や干ばつ、エルニーニョに関連した異常気象が、世界各地で観測されています。現在は観測データも少なく、温暖化とこれらの異常気象との間に明確な因果関係あるとは断定できませんが、地域によっては将来の異常な気象の発生の仕方が変化すると予測されています。温暖化は、降雪量の減少、洪水などの増大、砂浜の後退、水資源の減少、水質の悪化、生態系への悪影響、作物への影響など、多くの面で環境に悪影響を及ぼすと考えられています。
 温暖化防止のため、1992年のサミットで、気候変動枠組条約が採択され、1997年には温暖化防止京都会議(COP3)で、温室効果ガスの削減量に関する国際的な約束がなされました。COP3以降、各国は温暖化防止の国内対策を進める一方、排出量取引(先進国間での排出量のやりとり)、共同実施(先進国間で共同で排出削減事業を実施し、その結果生じる削減量を分け合う)、クリーン開発メカニズム(先進国が途上国での排出削減に協力し、その結果生じる削減量の一部を先進国に移転)、森林吸収源などの国際的なルール作りについて国際的な検討を続けました。

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日本で定められている大気汚染物質について

 
大気汚染物質の形状は、ガス、エアロ・ゾル(大気中に浮遊している固体・液体の物質)、粒子と様々です。現在、大気汚染物質は、大気汚染防止法で定められています。大気汚染防止法は、工場等の施設ごとの排出規制、指定地域での総量規制、自動車排出ガスの許容限度の設定などによって大気汚染の防止を図っています。対象物質は、ばい煙(硫黄酸化物、ばいじん、有害物質5種)、粉じん(一般粉じん、特定粉じん)、自動車排出ガス、特定物質(28物質)、そして1996(平成8)年の法改正によって指定された有害大気汚染物質(234種類、うち指定物質3物質)が該当します。

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日本の大気汚染の状況について


 大気汚染物質を発生させる施設のうち発生位置の移動しないものを固定発生源と呼んでいます(工場や事業所などの施設)。大気汚染防止法では、ばい煙と粉じんを発生する施設のうち一定規模以上のものが、「ばい煙発生施設」、「粉じん発生施設」として政令によって指定されていて、施設の設置届け出が義務付けられています。
 ばい煙発生施設は、ボイラー、廃棄物焼却炉など32の施設が定められています。法律に基づき1997年度末までに届けられたばい煙発生施設は、182,729です(これを設置する工場、事業場数は85,948)。
 粉じん発生施設は、コークス炉をはじめ5施設が定められています。法律に基づき1997年度末までに届けられた件数は、58,468(8,401工場・事業所)となっています。
 大気汚染防止法の規定に基づくばい煙発生施設等から排出される、施設区分別の窒素酸化物(NOx)、硫黄酸化物(Sox)、ばいじんの排出量は「大気汚染物質排出量総合調査」(環境庁環境保全局大気環境課)によって集計されていて、SOxは、電気業、化学工業、鋼鉄業の3業種で約半数を占めています。NOxは、電気業、窯業・土石製品製造業、鉄鋼業の3業種で約半数を占めています。ばいじんは、電気業、廃棄物処理業、鉄鋼業、紙・パルプ加工業の4業種で過半数を占めています。
 一方、大気汚染物質の発生源のうち、発生場所が移動するものを移動発生源と言い、自動車、船舶、航空機等がこれに当たります。自動車の排出するガスは、内燃機関の排出工程で排出される排気ガス、圧縮工程でシリンダーの隙間から漏れるガス(ブローバイガス)、燃料供給系統からの燃料蒸気の漏れの三者があります。大気汚染防止法では、自動車排出ガスとして、一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)、鉛(Pb)化合物、窒素酸化物(NOx)、粒子状物質(PM)の5物質を指定しています。
 「自動車排ガス原単位および総量に関する調査」(環境庁)による1994(平成6)年度ベースの車種別ばいじん排出量(NOx、HC、PM)の推計結果について、NOx排出量については、ディーゼル車の保有台数は自動車全体の18%に過ぎないが、自動車から排出されるNOxの75%を排出している。HC排出量については、普通貨物自動車が39%、軽貨物自動車が26%を占めています。PM排出量については、62%がディーゼル普通貨物車からの排出です。
 窒素酸化物によって高度に汚染された空気は、人の呼吸器に悪い影響を与える恐れがあると言われている他、光化学オキシダントや酸性雨の原因物質にもなります。自動車から排出される窒素酸化物の割合は、関東地方においては約51%、関西地域においては約53%を占めています。このため、大都市における窒素酸化物対策を総合的に推進することを目的として、1992(平成4)年6月に「自動車NOx法」が交付され、車種規制を初めとする施策を実施してきたが、対策の目標としたNO
2に係る大気環境基準を達成することは困難である。一方、浮遊粒子物質(SPM)による大気汚染も厳しい状況にあり、とりわけ近年、ディーゼル車から排出される粒子状物質については、発ガン性のおそれを含む国民の健康への悪影響が懸念されています。このため、NOxに対する従来の施策を更に強化すると共に、自動車交通に起因する粒子状物質の削減を図るため、2001年6月に自動車Nox法の一部が改正されました。この改正によって、NOxに加え、SPMも対策の対象にすると共に、対象地域も従来の首都圏、大阪・兵庫圏の196市区町村から新たに愛知・三重圏の地域が追加されて、276市区町村が指定されました。
 また、自動車の走行速度が低いと、汚染物質の排出量は多くなります。特に、貨物車、バス、特殊車等と言った大型の排出量が多いと言う特徴があります。また、急発進・旧加速はエンジンに負担がかかるため、NOxが出やすく燃料も多く消費します。

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引用・参考資料:環境再生保全機構ホームページより

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