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第二部:第四章 この人を見よ

72.筆頭百人隊長アントニウス誕生

その年のセプテンブル月、雄牛隊の筆頭百人隊長のユリウス・デクリウスが、25年の軍団勤務を終えて、退役の日を迎えた。その後、雄牛隊の筆頭百人隊長の座に着いたのは、クロディウスの同期兵3人の中のアントニウス・ウァレンスだった。

それが発表となった日、久々にカッシウステント組の3人が、陣営隊長フラウィス・フェリックスの立派な兵舎で、ユリウスの退役を祝う祝宴を開いた。祝宴料理の調理はフラウィスの従僕が行うが、腕に定評のあるアレクサンドロスが調理を手伝う。最初にフラウィスが、祝いの挨拶を述べた。
「ユリウスよ、25年の軍団生活を終えて無事退役だな。おめでとう。」
ユリウスが感謝の意を伝える。
「ありがとうございます、フラウィス隊長。」
「では、ユリウスの門出を祝おう。乾杯!そして今は亡き戦友たちに、献杯!」
フラウィスの掛け声で一同は器を高く掲げて交わし、水で薄めた葡萄酒を飲んだ。
クロディウスは、ユリウスに尋ねた。
「遂に、騎士階級ですね。退役後は何か商売を始めるのですか?」
ユリウスは、クロディウスの顔を見て言った。
「ああ、実は考えがあるんだ。まずは、衣料の生産と販売から始めるつもりだ。店の名前は、そうだな、紅鶴(フラミンゴ)ユリウス衣服店。なんか、お洒落に感じる名前だろ?」
「お洒落ユリウスと言われるだけあるな。」
と、フラウィスが笑った。
「実はもう、ヒスパニアとアレクサンドリアとここユダヤの業者とのパイプもできているんだ。」
「流石に目敏いな!騎士階級になっただけの事はある。まあ、私の場合、騎士階級とは名ばかりだが。」
そう言って、更に笑った。クロディウスが言う。
「覚えていますか、私が入団した1年目のこと。ユリウスさんは、お洒落とは無縁な私のために、服を選んでくれただけではなくて、プレゼントしてくれましたよね。4デナリウスと2セステリティウスもする服です。黄色い短衣と、紺色の上着と白のベルトです。」
ユリウスが言う。
「そう言えば、そんな事もあったかな。あの頃のクロディウスは、ホント着のみ着のままだったからな。私はお洒落ぐらいしか特技が無かったから、見てられなかったのだと思うよ。今やお互い、何十デナリウスもするトーガを着ているのを考えると、隔世の観があるな。」
「その時の服は流石にもう着られませんが、捨てられなくてパン屋の棚に保管してあります。」
「おっ、そうか。あと、お前には謝っておかなきゃならんな。」
ユリウスの唐突な言葉に、クロディウスは戸惑った。
「何の話ですか?」
ユリウスは答える。
「筆頭百人隊長の件だ。私とフラウィス隊長は後任にお前を推したし、連隊長もそれに同意していたのだが、司令官は最終的にアントニウスを選んだ。」
フラウィスが、その先の言葉を継いだ。
「司令官は、プリンケプス・プリオルに先に昇進していたアントニウスの経験を考慮し、彼を筆頭百人隊長に任官したのだ。今回は、騎士階級のコネとか裏工作は関係ないようだ。」
ユリウスも説明を続けた。
「そうなんだよ。アントニウスの隊の担当地域は、ティベリアスとその周辺なのはもちろん知っているな?彼は、大都市に隠れている危険分子を次々に捕らえて牢に送っている。密告者への報酬も功を奏しているらしいが、容疑の段階でも容赦なく捕まえるそうだ。その成果がどの隊よりも上がっているので、司令官は彼の隊内での不祥事には目を瞑ることにしたのだろう。」
フラウィスは、クロディウスに言う。
「私自身は、お前がカファルナウムで行っている地道な行動が、アントニウスの派手な行動の何倍も大変な事を知っているし、時間はかかる方法だが、将来の平和の実現にはずっと良い成果をもたらすと思っている。しかし傍から見ると、捕縛した人数のような数字の方が分かりやすいからな。アントニウスは計算づくで、目の前の成果だけを刈り取っている。」
「ありがとうございます、フラウィス隊長。誰が筆頭百人隊長であれ、粛々と自分の任務をこなすだけです。」
クロディウスがそう言うと、フラウィスが彼の肩を叩いた。
「まあ、あまりにアントニウスの言動が理不尽だったら、陣営隊長の私に言え!連隊長のクィントゥスに口添えしてやるよ。」

厨房から、フラウィスの従僕とアレクサンドロスが料理を運んできた。
「さて、料理ができたようだぞ!」
レシピや調理の指導はアレクサンドロスのものであろうが、彼はフラウィスの従僕に花を持たせて黙っていた。フラウィスの従僕が言う。
「まずは、お芋のポタージュです。続く料理は、鳥のレバーミンチの団子、それと子牛のガーリックソテーです。デザートには、干し葡萄と無花果入りのマッシュポテトをご用意しております。」
フラウィスが言う。
「さあ、食べて飲んで楽しもう!」

翌朝、騎士階級となったユリウスは従僕と驢馬を連れ、元部下の16名の軍団兵に護衛されながら、カファルナウムの駐屯基地を出発した。カッシウスのテント組の生き残りは、この駐屯地でついに2名となった。


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