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第二部:第三章 カファルナウムの平和

65.クロディウス隊の仕事

クロディウス邸が完成して、ようやくクロディウス隊のカファルナウムでの本格的な仕事が始まった。まずは、町中のパトロール。とは言っても、鎧や兜で身を固めた仰々しい装いではなく、通常の短衣軍装での巡回だった。身に付けた武器は、短剣のみ。長剣のマインツ剣や鎧や兜はクロディウス邸においてあり、いざと言う時には使用可能にしてある。そしてユダヤ人の安息日には、彼らに敬意を払って、巡回は行わないように配慮した。
1ヶ月間の家の建築で、若い軍団兵と一部のユダヤ人の交流が進んだこともあり、兵士達の巡回も疎まれる事も少なくなった。軍団兵は、次第に町の人々に馴染んで行く。治安は良くなり、元々少ない犯罪も更に減っていった。その一方で、カファルナウムへと続く街道の巡回パトロールは、兜、鎧、長剣と言う完全武装でなされ、盗賊に睨みを利かせた。
こうした仕事に加え、先月約束したシナゴク改築の計画も実行に移された。軍団の専門工兵、クロディウス、博学の従僕アレクサンドロス、副隊長ミヌキウス、そして町の長老らが集まり、新しいシナゴクの案を練り始める。ローマ人は、そもそもシナゴクがどういうものかを知らなかったので、長老達から詳細に聞き取り調査を行い、専門工兵が図面に起こしていく。

設計図面はアウグストゥス月の後半に完成し、町の長老達の承認も得られ、ノウェンベル月第1日の軍団給与支払い閲兵式の翌日、遂にシナゴクの建築が開始された。旗手のケルシアヌスが作成した当番表に従って、シナゴク建築当番、基地の種々役務、街道パトロール、町の家の泊まり込み勤務と町中の巡回、そして休息日をテント組の交代制でこなしていった。クロディウスが「これをせよ」「あれをせよ」と言えば、副隊長のミヌキウスが部下に「これ」や「あれ」を忠実に実行させた。

シナゴク完成まで時間がかかるので、その間、クロディウスは長老のアンナスから、彼らの言葉や文化を習った。クロディウスは、ユダヤ人の安息日に彼らのシナゴクの礼拝を覗いてみたいと思ったが、アンナスは異教の異邦人がシナゴクに脚を踏み入れるのは好ましくなく、住民から反発を招く恐れがあると言う。そこでクロディウスはその意見を尊重し、彼らの安息日にシナゴクに脚を踏み入れたりしないように気を配り、部下にも同じ事を命じた。
代わりに、アンナスはクロディウス邸に彼らの聖典を持ってきて、彼らの歴史を教えると言う申し出を行った。律法により、彼らは外国人の家を訪問する事を禁じられていたが、クロディウスはもはや見知らぬ異邦人ではなかった。元々本好きで学問好きなクロディウスはそれを承知し、アンナスの良い生徒となった。このような授業は、ペトゥロニウス邸の授業以来である。
アンナスは、聖典の天地創造から初めて、アブラハムら族長の物語やエジプトでのヨセフの話し、そしてモーセの物語やイスラエル民族の放浪の旅、ダビデ王やソロモン王、ユダヤの王の堕落やバビロン捕囚の物語について、毎日少しずつ語り聞かせた。
クロディウス邸の外には、いつも興味深そうに遠巻きに人が集まっていた。ある日クロディウスは一計を案じて、彼らを新しい家の中に誘い、一緒にアンナスの話しを聴くように勧めた。異邦人の家、しかもローマ兵の家に入る事を、最初は警戒しているユダヤ人も多かった。しかし日が経つにつれて警戒心も薄れていき、室内で一緒にアンナスの聖典の読み語りを聞く者も増えていったのである。
これらの光景を毎日、群衆に紛れて一部始終見ている男達がいた。着ている服も態度も見た目は、他のカファルナウムの人々と全く違わない。唯一違っていたのは、彼らが懐にシーカーリィー短剣を隠し持っていた事である。

ちょうどその頃、駐屯地の小規模な編成替えが行われた。雄牛軍団では、筆頭百人隊長の穴熊のフラウィス・フェリックスが25年の軍団勤務を終えて、退役の日を迎えた。
しかしフラウィスは退役せず、プラエフェクトュス・カストロルム(陣営隊長)として軍団に残ると言う。元老院議員でも騎士階級でもない叩き上げの軍団兵が就ける、最高位の肩書きである。筆頭百人隊長は、紅鶴のユリウス・デクリウスに引き継がれた。

カッシウステント組8人で生き残った3人は、その夜クロディウス邸に集まり、久々に食事を共にした。アレクサンドロスが、料理に腕を振るう。
アレクサンドロスの料理を待つ間、3人は寝台に肘を付いて、水で薄めた葡萄酒を飲む。1杯目を飲み終わって、グラスを置いたユリウスが言う。
「なぜ、退役して帰郷せず、軍団に残られたのですか?せっかく騎士階級となれたのに。」
フラウィスが答える。
「騎士階級と言っても、商売で身を立てていく術は知らんしな。自慢できるのは、身に付けた格闘技術ぐらいなもんだ。軍団生活が、性に合っているのだろう、私には。陣営隊長ならば戦闘時に副司令官を務めることもあるから、役に立てる事もあるだろう。」
「なるほど。」
ユリウスが、クロディウスに向き直った。
「そう言えば、知っているか?」
「何をですか?」
とクロディウス。
「アントニウスが、苦虫を嚙み潰したような顔で、悔しがっていたぞ。お前さんがプリンケプス・プリオル百人隊長に昇進したのでな。今やおまえさんは、彼と同じ第3席の百人隊長になった。彼が今まで長年、さんざん袖の下に費やした大金や裏工作が、結局無駄骨だったと言う訳だ。しかも、連続してカッシウステント組出身者が筆頭百人隊長になっているのが、余計に腹立たしいらしい。」
フラウィスが、ユリウスに言った。
「私は、個人的な好き嫌いで彼を筆頭百人隊長に推さなかった訳じゃない。雄牛隊の事を考えた場合に、客観的かつ公平に物事を判断できる筆頭百人隊長が必要だ。残念ながら、彼にはそのバランス感覚が決定的に欠如している。野心があり過ぎる故かもしれんな・・・彼に480人の軍団兵の命は、とても託す事はできない。」
ユリウスとクロディウスも、その意見に同意せざるを得なく、黙って頷いた。
「ところで、クロディウス。このカファルナウムでの新しい任務は、上手くいっているのか?」
フラウィスの問いに、クロディウスが答える。
「まだ、色々と始まったばかりです。相互の信頼を築くには、時間がかかると思います。」
「頑張れよ。まあ、私はもう直属の百人隊を持たぬ身だからたいした事はできんが、何かできることがあったら言ってくれ。」
3人がそんな話をしていると、アレクサンドロスが料理を運んできた。
「まずは、子牛と野菜のスープです。ユダヤ人は豚肉を食べませんので、豚肉やベーコンは入手できませんでしたので、肉料理は全て牛や羊となります。」
彼は一旦下がって、厨房から次の料理を運んできた。
「イラクサ入りの玉子焼きです。滋養強壮に良い一品です。」
一旦下がり、3品目の料理を持ってきた。
「そして、こちらがガリラヤ湖で取れた魚の香草焼きです。漁師の兄弟から、直接買いました。」
フラウィスが言った。
「さすがアレクサンドロスの料理だ。香りだけで、十分に美味しい事が分かる!では、乾杯!そして今は無き戦友たちに献杯!」
3人は食事を楽しみながら、その後も会話に花を咲かせた。


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