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第二部:第三章 カファルナウムの平和

64.カファルナウムの家

長老達は、心配な面持ちで軍団兵を前にして座っている。他の長老が敢えて黙っているのかは分からないが、アンナスだけが語る。
「一体我々に、何の御用なのでしょうか?我々は、外国の方と交際するのを禁じられています。」
クロディウスが答える。
「お会いいただき、ありがとうございます。ご相談の内容なのですが、このカファルナウムに住む御許しをいただけないでしょうか。」
アンナスが、心配そうに尋ねる。
「どなたが御住みになられるのでしょうか?」
「私自らが住みます。少数の部下も、交替で住むことになります。」
「このカファルナムが、ローマ軍の監視下に置かれると言う事なのでしょうか?」
建物の外では、大勢のユダヤ人が事の成り行き見守っている。クロディウスは、長老達に対しても外の市民に対しても、疑念や警戒心を起こさせないように率直かつ正直に語った。
「長老方もご存知の通り、私達ローマ人は、一部のユダヤ人から敵対視されております。しかしながら私はこの地で、皆さんと友好関係を築きたいと心より願っております。それは、基地の司令官の意思でもあります。友好関係を築くには皆さんと生活を共にし、皆さんの慣習や文化を知る必要があります。そこを、交流の出発点としたいのです。」
長老のアンナスは、驚いた様子だった。
「それは、驚くべき申し出ですな。正直なところを申し上げても良いですか?」
クロディウスは頷いた。
「はい、ぜひ。建前でなく、本音で話しができればと思っておりますので」
アンナスは、躊躇いながらも言った。
「この町の住民には、ローマ軍を快く思っていない者もいます。単に文化的な違いや、宗教心の違いと言う事だけではないのです。言いにくいのですが・・・。」
「どうぞ率直におっしゃって下さい。」
「駐屯地の兵士の中には素行の悪い兵士もおりまして・・・町に来ては、若者を脅したり、金を巻き上げたり、若い女性にちょっかいを出す者もいて、迷惑しているのです。特に血の気の多い町の若者の中には、それを我慢できないと言う者もいて、たいへん困っているのです。」
クロディウスは長老の一言一句に、しっかり耳を傾けた。
「分かりました。私自身が、この町での兵士の行動に責任を持ちます。私の部下であれ他の隊の兵士であれ、この町で揉め事を起こす者がいたら、必ず取り締まりそれ相応の処分を受けさせましょう。また、強盗や犯罪者への警戒警備、カファルナムへの街道の盗賊警備にも尽力する事もお約束します。いかがでしょうか?」
クロディウスがそう言うと、アンナスは彼らの言葉で他の長老達と話しを始めた。言葉は分からないが、口調で何人かは反対しているのが分かる。アンナスと何人かは、それを説得しているようだった。

時間はかかったが、結論は出た。
「ようやく全長老の意見がまとまりました。皆様を歓迎いたします。」
「ご理解ありがとうございます。」
クロディウスは、ようやく安堵した。長老たちがローマ兵の町での居住を許可したので、建物の外の住民たちがざわついていた。アンナスは、言葉を継いだ。
「ただし、問題がありまして。」
「何でしょうか?」
「クロディウス様や兵士達をお迎えできるような大きさの建物の空き屋が、町に無いのです。」
クロディウスは、少し考えてから言った。
「建物については、問題ありません。建物は、我々自身が建築いたします。もし町の土地を提供していただければ、そこに住居を建てます。もちろん、正当な土地の代価はお支払いいたします。」
アンナスは、驚いて言った。
「自ら家をお建てになるのですか?そんな事がお出来になるのですか?」
クロディウスは、微笑んだ。
「私達は、色々な訓練を積んでいるのです。我が隊も、今まで道路や橋の敷設、城壁や兵舎の建設や補修など、様々な土木建築の経験を重ねてきました。」
アンナスは、納得したようだった。
「分かりました。土地については、後日お知らせいたします。」
クロディウスがお礼を言う。
「ありがとうございます。今日は、有意義なお話合いができて感謝です。もし、町で困っていることがあったら、何でも相談してください。」
こうして、最初の会談は和やかに終えることができた。アンナスが言う。
「平和がありますように。」
クロディウスも返す。
「平和がありますように。」

3日後に家を建てる土地が決まり、軍団の会計担当者が来て、土地の所有者と契約を交わし代金を支払った。軍団の専門工兵も現場に来て広さを計測し、駐屯地に戻ってからクロディウスやアレクサンドロスらと、家の見取り図について方向性を定めた。1週間後には設計図面も完成し、翌ユーニウス月半ばには、家の建築が始まった。
要塞や橋を建築できるだけの技術力と知識があるだけあって、軍団の専門工兵の腕はたいへん高い。彼の指導の下、クロディウス隊の隊員達が日々交替で、石壁を積み上げていく。カファルナムのユダヤ人たちが、毎日それを見に来ている。何日かすると、休憩時間に見物人と若い軍団兵が、互いに一言、二言と言葉を交わすようになった。ギリシャ語、ヘブル語、アラム語、ラテン語が入り混じって、お互い何を言っているのだかさっぱり分からなかったが、何となく伝えたい気持ちだけはお互い理解できた。
家の建築を定期的に見に来る長老達も同様で、初日の緊張が嘘の様に、百人隊長のクロディウスとギリシャ語で話すようになっていた。長老のアンナスが言う。
「見事なものですな!この様子なら、直ぐにでも完成していまいそうな勢いではないですか。」
その後、ポツリと言った。
「これほどの技術力と実行力があれば、我々のシナゴク(会堂)も、もう少し何とかなるものを・・・。」
クロディウスは、アンナスの独り言のような言葉を聞き逃さなかった。
「シナゴクが、どうかされたのですか?」
アンナスは、バツが悪そうに答える。
「いや、何と申し上げて良いものか・・・この町のシナゴクは数百年も前に建てられたもので、たいへん小さい上に補修が追いつかないくらいに損傷が激しいのです。」
クロディウスは、建築中の家からアンナスに視線を移して言う。
「そうでしたか。ではもしよろしければ、この家の建築が終わりましたら、新しいシナゴクの建築を喜んでお手伝いいたしましょう。」
アンナスは、驚いてクロディウスの顔を見た。クロディウスと出会ってからは、驚かされる事ばかりである。
「いえ、そんな。とても、大規模な建築にお手を煩わせるなんて。」
ユダヤ人でさえ、数百年手を付けられずにきたシナゴクの改築である。お金もかかれば、人出も大勢必要である。それを異邦人たるローマ人が行うなどと言う事は、誰一人考えすらしなかった。クロディウスは、こう答えた。
「いえ、それこそがお互いの信頼を深める交流になると思います。」

二人は、その後もしばらく家の建築を眺めていた。 ユリウス月には、カファルナウムにクロディウスらが住む家が完成した。


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