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第二部:第三章 カファルナウムの平和

62.クロディウス、町へ

雄牛隊の到着後、息付く間も無くあまりに様々な事が起こったが、ようやく一段落した。駐屯地司令官が、司令部に士官達を呼び寄せた。通常、軍議は司令官や参謀や連隊長ら上級士官だけで行われるが、2個歩兵隊のみの小規模な駐屯地なので百人隊長も列席を許された。司令官のユニウスが、最初に口を開く。
「さて、諸君。我々は、このユダヤの地の反乱の根を断つと同時に、ローマ人や仲間を殺した者共を捕らえねばならん。私が判断を下す前に、率直な意見が欲しい。遠慮はいらん。」
タッラコ基地で見られたような官僚主義的な雰囲気は、感じられなかった。クロディウスは、司令官が本音で語っているように思われる。
「ユダヤでの、ローマに対する反感は次第に高まっている。この流れを止めなければ、数年後、もしくは数十年以内に、大きな戦争に発展せざるを得ない。諸君はどう思うか?特にヒスパニアから到着したばかりの雄牛隊の諸君は、新鮮な目でこのユダヤの地を見ていると思う。逆に、長年この地にいる我々では見えなくなっている事もあるかと思うのだが、いかがかな?正直な意見で構わん。」
雄牛隊の筆頭百人隊長となったフラウィスが、冷静な口調で発言した。
「ではお許しをいただき、私の意見を述べさせていただきます。二つの手段が必要かと思われます。一つはこの地の市民たちの事を良く知り、融和を図る事です。これは、亡きユリウス隊長の考えでもありました。彼らの文化や風習を良く知り、それらを尊重する事です。
もう一つは、情報を収集し、反乱や暴動の主導者達が誰であるのかを突き止めるのが肝要です。反乱指導者は、早急に捕らえねばなりません。これはコインの裏表と同じで、両方が必要と考えます。」
その意見を受けて、司令官は言った。
「その通りだと私も思っているが、具体策はあるかね?」
フラウィスに続いて、クロディウスも発言した。
「その件については、私に考えがあります。よろしいでしょうか?」
「臆せず発言したまえ。」
司令官に促されて、クロディウスは言葉を続けた。
「彼らとの融和を図るには、彼らの中に飛び込むのが最善かと思われます。このカファルナウムに来る途中の小さな村で、我々に手を振る子どもらがおりました。しかし、彼らの親は我々を恐れ、子どもらを家に入れてしまいました。子供に先入観はありませんが、親にはそれがあります。この先入観や思い込みを払拭するために、私はこの軍団基地ではなく、カファルナウムの町で生活する必要を感じています。」
司令官も連隊長も大鷲隊の百人隊長も、驚いたようだった。
「基地の外に住むと言うのか?」
「はい。ヒスパニアの基地では、隣接するカナバエの人々や少し離れたタッラコの町の人々と、普通に交流していました。結婚する者も多く、平和な日々を過ごしていました。まあ、多少の喧嘩はありましたが。このユダヤは、文化や風習が異なるのでそう簡単にはいかないでしょうが、基地内に留まっている限り永久に理解し合えません。鎧ではなく平服で、剣ではなく会話で、彼らと相対したいと考えます。」
連隊長のクイントゥスが、その発言に疑問を呈した。
「確かに一理あるし面白い考えではあるが、危険な面もある。先日のユリウス隊長暗殺の様に、彼らの中にも暗殺者が潜んでいる可能性がある。しかし、我々には誰が暗殺者かは分からない。いきなり襲われる可能性もあるだろう。」
それに対し、クロディウスは答えた。
「それについても、考えました。町で暮らすに際して、私1人と言う事ではなく、同時に隊員の詰所の役割も持たせたいと思います。私は、常に2隊ないし3隊の十人隊と行動を共にしたいと考えています。」
大鷲隊の筆頭百人隊長のルキウスも、クイントゥス連隊長の意見に賛成のようだった。
「もし仮に、我々が町の人々との交流に成功したとしよう。しかし、彼らが親ローマ派と受け取られたら、彼らの命がシカリ党に狙われるかもしれない。町の人々を危険に晒すことになりはしまいか?」
クロディウスは言った。
「十分に配慮して、行動したいと考えています。この広大なユダヤを一度に平和にするのは難しいかもしれませんが、まずは我々の任地のこのカファルナウムから、安寧と秩序を広げる事が最も現実的ではないでしょうか?ぜひ私に、カファルナウムの町に住む許可をいただきたくお願い申し上げます。」
司令官は、少し間を置いてから答えた。
「うむ。この件についてはじっくり考えてから、後日決断を下す。他に意見はあるか?」

すると、今度はアントニウスが発言した。
「我々軍団兵は、政治家ではありません。このユダヤの安寧や秩序については、ローマの元老院議員が作る法律や、総督の政策に任せておくべきではないですか?我々は、軍人です。軍団兵やローマ人を殺した連中を探し出して、厳罰に処して根絶やしにすることに専念すべきだと考えます。
軍団兵やローマ人を殺害せし者には、それ相応の報復がある事を示さねばなりません。そうせねば、悪党どもに示しがつきません。ローマ軍は最強であると、断固たる態度を彼らに示すのです。もし仮に、ローマ軍が舐められるような事態になったら、反乱者達を増長させてしまいます。私は各地に密偵を送って情報を集め、分かり次第、彼らを徹底的に殲滅すべきだと考えます。」
アントニウスは、口にこそ出さなかったが「やつらに復讐せよ」と言う怒りでいっぱいだった。圧倒的な武力による制圧や殲滅が必要なのだ、と。 司令官は、大鷲隊の考えは既に理解していたので、更に雄牛隊の百人隊長達に尋ねる。
「他に意見はないかね?」 意見は出ないようだった。
「では判断を下して、後日伝えることとする。以上。」
こうして、この日の軍議は終了した。

それから3日後の朝、クロディウスとフラウィスは、連隊長のクイントゥスに呼ばれた。
基地中央の駐屯地司令部で、2人はクイントゥス連隊長と面会した。クイントゥスが言う。
「司令部で検討した結果、諸君らの要望が受け入れられた。まず、クロディウスのカファルナウムでの居住の件は許可された。」
「ありがとうございます。」
と、クロディウスは礼を述べた。この駐屯基地の司令官は、やはり頭の固い官僚的な指揮官ではなかったようだ。
「それともう一つ、各地に今以上の人数の密偵を送る件も許可された。百人隊毎に、その担当任地を振り分けた。フラウィスの隊は、フィリッポス領ベトサイダとその一帯。クロディウスに隊は、このカファルナウムとその一帯。ユリウスの隊は、セッポリスとその一帯。アントニウスの隊は、ティベリアスとその一帯。アッリウスの隊は、シリア領ヒッポスとその一帯。ヘレニウスの隊は、同じくシリア領ガダラとその一帯だ。大鷲隊の担当任地は既に伝達済である。割り当ての担当任地は、後ほど正式に書面にして渡す。」
「了解いたしました。早速隊に戻って伝達します。」
と、フラウィスが応じた。
「以上だ。」
これで、クイントゥスの伝達は終わった。このユダヤで、いよいよ雄牛隊が本格的に活動を開始するのだ。

クロディウスは兵舎に戻り、副隊長と旗手と十人隊長全員を招集した。クロディウスは、2つの任務を行うことを彼らに告げた。1つは、カファルナウムの市民と友好的な関係を築くこと。もう1つは、カファルナウムとその周辺で不穏な動きがないかを探ること。この2つである。これ以外に、通常の軍団内勤務もあるので、旗手のケルシアヌスに当番表の作成を命じた。
これらを終えると、クロディウスは副隊長のミヌキウスにトーガに着替えるように命じ、また2つのテント組隊員達に私服に着替えるように命じた。そして自らもトーガに着替えたクロディウスは、16人の私服のテント組兵士達に言った。
「良いか、諸君。我々は鎧や兜を装着していなくとも、この体や筋肉の大きさだけで威圧的な印象を与えてしまう。くれぐれも高圧的な態度にならぬよう、注意せよ。だがその一方で、暗殺者達も警戒しなければいけない。各自、短剣だけは衣服の下に隠し持ち、いつでも襲撃に備えられるようにせよ。」
それを伝えるとクロディウスは、従僕のアレクサンドロスと副隊長のミヌキウス、16名の部下を連れて、カファルナウムの町へ向かった。
カファルナウムの広場では多くの人々が語らっていた。そこへ、19人のローマ人がやって来たのである。目立たない訳がない。人々の目は、そちらへ注がれた。ティベリアスの様な異民族のごった返してしている大都市では気にもされなかったろうが、このユダヤ人の小さな町では、ローマ人は警戒されざるを得なかった。
カファルナムの人々が見守る中、町の長老達がクロディウスの下にやって来た。長老の一人が、ヘブル語でもアラム語でもなく、ギリシャ語で話しかける。
「あなた方に平和があるように。ローマから来られた方々とお見受けするが、このカファルナウムに何用ですかな?」
クロディウスもラテン語ではなく、ギリシャ語で答える。
「あなた方にも平和がありますように。私はこのカファルナウムに着いて間もない、ローマ軍の百人隊長のクロディウスと申します。同行しておりますのは、私の部下達です。危険はありません。実は相談がありまして、こちらの町の責任者にお取り次ぎを願いたいのですが。」
私服とは言え、体格の良い19人ものローマ軍団兵・・・うち一人はギリシャ人の従僕であったが彼には区別がつかない・・・を前にして、長老達は緊張しているようだった。
「それであれば、私がお話しを伺いいたしましょう。私が、この町の長老のアンナスです。」
クロディウスと18名の軍団兵は、1軒の大きな家の中に案内された。


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