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第二部:第三章 カファルナウムの平和

61.ユリウス・ルフスとの別れ

ユリウスが襲われた報告がカファルナウムの駐屯基地に届いたのは、まだ午前中の事だった。道先案内人が急いで駐屯基地に駆け戻り、部隊に知らせたのである。盗賊が5~6名の規模である事を知り、大鷲隊の筆頭百人隊長のルキウスと、雄牛隊の筆頭百人隊長のフラウィスと、大鷲隊の5人の百人隊長の計7名が、まずは馬で急ぎ現場に向かう。それを追って、大鷲隊のルキウスの1個百人隊が早足行進で出発した。

現場に到着すると、驢馬が道の脇で草を食んでおり、道の真ん中に倒れているユリウスの脇には従者が崩れ落ちるように座っていた。
従者を良く知るフラウィスが馬を降りて、従者に駆け寄った。
「何があったのだ?」
従者は、呆然自失とした表情で答えた。
「黒づくめの男達が、ユリウス様を襲いました。ユリウス様は、私を助けるために殺されました。」
「お前も怪我をしているじゃないか!」
フラウィスは、道端の驢馬の背中から短衣のベルトを取り出して、血が出ている従者の腕を縛った。その間に、ルキウスはユリウスを調べていた。
「単なる盗賊の仕業ではないな。驢馬の荷物には、全く手を付けていない。弓は正確に二本とも命中し、剣で刺す場所も的確だ。従者よ、相手の剣はどのような形をしていた?」
従者は、答えた。
「剣は短剣で、反り返ってしました。」
それを聞いたルキウスは、
「シカリ党の暗殺者どもだな。」
と、言った。フラウィスが尋ねる。
「シカリ党・・・ですか?」
「そう。シカリ党だ。彼らは、ローマ人をこのユダヤから追い出し、自らの王を立てようと言う狂信的な集団だ。平気で人の命を奪う。」
ルキウスは、馬上の4人の百人隊長に付近の探索を命じる。残りのもう1人の百人隊長には、従者を駐屯地へ連れ戻り治療するよう命じた。
1時間半もすると、早足のルキウス百人隊が駆けつけた。4人の百人隊長達も戻ってきて、ルキウスに報告した。
「途中で、血の付いた黒装束が捨てられていました。」
そう言って、黒い服を差し出した。襲撃者達は既に遠方へ去ってしまい、その足取りは分からなかった。異民族の集まる大都市のティベリアスの雑踏に紛れてしまえば、もはや探し出すことは困難である。百人隊はユリウスの遺体を担ぎ、百人隊長らと共に駐屯地に戻った。

その夜、ユリウスの軍団葬が行われる事となった。遺体が敵によって切り刻まれていたため、ローマの慣習に従った数日間の別れの安置は行われない。葬儀は、陣営の外で行われる。
2日連続の正式軍装での整列となった軍団兵の前には、薪の上にユリウスの遺体が横たえられている。ユリウスが所持したトーガが着せられ、口の中には渡り賃の銀貨と銅貨が詰められ、胸の上には彼のマインツ剣が置かれた。
司令官と連隊長、大鷲隊の筆頭百人隊長の3人の追悼演説が終わり、雄牛隊の筆頭百人隊長フラウィス・フェリックスの追悼演説の番となった。昨日、筆頭百人隊長に任官されたばかりの初仕事が、よもや前筆頭百人隊長ユリウスの葬儀となるとは、誰が予想しえたであろうか。

「勇敢で正義の人、ユリウス・ルフスよ。テント組の頃より寝食を共にし、ヴィリアトゥスとの戦闘を共に戦った戦友ユリウス・ルフスよ。
幾多もの困難を共に乗り越え、筆頭百人隊長まで上り詰めたユリウス・ルフスよ。
25年の軍団勤務を立派に果たし終え、退役の翌日、故郷から遠く離れたユダヤの地にて、世を去りしユリウス・ルフスよ。
我らがそちらへ赴き、再び相まみえて共に饗宴を開くまで、しばしそちらで待たれよ。ユリウス・ルフス!ユリウス・ルフス!ユリウス・ルフス!」

フラウィスが演説を終えると、軍団兵が松明で薪に火をつけた。腕に包帯を巻いたユリウスの従者が、炎に香料を投げ込む。それに続いて、親しかった雄牛隊の百人隊長達と、昨日までユリウス隊だった隊の兵士達が、炎の中に隊長との思い出の品や記念の品を投じていった。クロディウスは、長年大事に飾ってきた烏の置物を炎に投げ入れた。
ラッパが吹き鳴らされ、軍団兵は剣を抜いて互いにぶつけ合い、旗手たちは12本の百人隊旗シグヌムを逆さまに掲げた。こうしてユリウスを送り出す軍団葬は、恙無く終了した。

翌日から軍団は喪に服し、任務は最小限に留められた。ユリウスの遺言状には、「自らの軍団預金の一部で、街道沿いに墓を建てるように」と言う指示があった。ユリウスの従者は、主人が「朝日の美しさに感動した」ガリラヤ湖畔の街道沿いに墓碑を建てる事を提案した。しかし、このユダヤでは墓地は不浄の地と考えられていたので、街道に墓を建てるのは住民たちから反発の恐れがあるとし、司令官の判断でその案は見送られた。代わりに、ガリラヤ湖畔の街道へと続く、駐屯基地敷地の外縁小道に墓を建てることになった。
墓碑にはこう刻まれることになる。

「この地での皆の融和を願いつつ、あちらで共に祝宴を楽しむ日を待つ。1日だけ騎士階級だった元百人隊長ユリウス・ルフス、ここに眠る。」

これはテント組で最も文学に勤しんでいるクロディウスが考えて作った墓碑銘文で、ユリウスの従者も喜んでくれた。我ながらローマ人らしいユーモアのある銘文になった、とクロディウスも思う。ユリウスも、きっと気にいってくれるに違いない。

葬儀から一週間後、ユリウスの従者はまだ腕に包帯を巻いていたが、ヒスパニアに戻ることになった。軍団の祭儀積立金からユリウスの家族に贈る弔慰金が支出され、それがユリウスの従者の手に託された。今回は道先案内人と従者と驢馬に、警護役として24名の軍団兵がカエサリアまで同行する。彼らは、朝早く出発した。

喪の期間の9日目、完成した墓碑が披露され、その前に祭壇が築かれて酒と生贄と花が捧げられ香が焚かれた。その夜、軍団は饗宴を行った。こうして喪の期間は終わった。



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