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第二部:第二章 ユダヤへ

59.ガリラヤのカファルナウム

翌朝、雄牛隊はティベリアスを早朝に出立し、行軍を再開した。仮陣営を片付ける手間が無かったので、いつもより早くに出発できたこともあり、10ローママイル先の目的地のカファルナムには昼前に到着した。カエサリアを出発して4日目である。タッラコを出立したアプリーリス月はマーイウス月に変わっていて、既にその3日目を迎えていた。

カファルナムの駐屯地基地は、タッラコの軍団基地やカエサリアの軍団基地と比べると、遥かに規模が小さい。その小規模な基地の前で、カエサリアの時とは違い、軍団兵が整列して彼らを迎えた。第Ⅹ軍団の副司令官が、予め駐屯地の司令官に対して、到着予定を知らせる早馬を送っておいてくれたのである。出迎える480人の軍団兵と、到着した雄牛隊480人が相対した。
第Ⅹ軍団のカファルナウム駐屯地には、既に1歩兵隊6個百人隊が配属されていて、これで計2個歩兵隊960人の軍団兵の配属となった訳である。
駐屯地の司令官と数名の上級士官達が、480人の駐屯地歩兵隊の前面に整列した。駐屯地の司令官であるトリブヌス・ミリトゥム (准将)の、ユニウス・カエキリウスが出向迎えの挨拶を行う。
「雄牛隊の諸君!私はこの基地の司令官、ユニウス・カエキリウスである。よくぞ遠路はるばるヒスパニアの地から、このユダヤのカファルナウムまでやって来てくれた。我々は諸君を歓迎する!」
カエサリアでの様な形式的な歓迎ではなく、心からの歓迎であることが語気から感じられた。ユニウス司令官は、風情や話し方から叩き上げの軍団兵に思えた。年齢は、40歳前後と言ったところであろうか。
次にトリブヌス・アングスティクラウィウス(大佐)である、連隊長のクイントゥス・フラミニウスの歓迎挨拶となった。
「私は、千人隊長のクイントゥス・フラミニウスである。ここに2個コホルスが常駐する事となり、私もこの駐屯地に遣わされた。諸君と同様、ここに着任したばかりだ。諸君と共に任務を遂行できる事を、頼もしく思う。」
連隊長は明らかに貴族階級と分かる口ぶりで、しかもまだ若い。おそらく20代後半か、せいぜい30代前半と言ったところだろう。軍団経歴は浅いか、もしくは全くないのかもしれない。最後に駐屯地歩兵隊の筆頭百人隊長が、雄牛隊に向かって言った。
「私は大鷲隊の筆頭百人隊長、ルキウス・クレメンスである。我々は、ヒスパニアの第Ⅳ軍から送られてきた諸君の武勇の報告書を、軍団兵と共に読んだ。雄牛隊と大鷲隊が、共に戦えることを誇りに思う。」
彼は明らかに叩き上げの軍人で、年齢もクロディウスとさして変わらないと思われる。
上級士官達の歓迎の挨拶が終わると、ユニウス司令官は言った。
「雄牛隊諸君の兵舎は、既に準備済である。今日は、ゆっくりと休んでほしい。明日から、共に任務を行う。第Ⅹ軍団とティベリウス帝に栄光と、ローマの神々のご加護あれ!」
「第Ⅹ軍団とティベリウス帝に栄光と、ローマの神々のご加護あれ!」
一同の唱和後、軍団歓迎式は終わり、大鷲隊は行進して基地内に入って行く。連隊長に誘われて、続いて雄牛隊も基地内に入った。

雄牛隊の各百人隊は、それぞれ割り当てられた兵舎に入った。百人隊長達には、それぞれ一棟ずつが与えられた。アレクサンドロスが、馬車から降ろした荷物をクロディウスの兵舎に運んで梱包を解く。大切な8体の動物の置物を、机の上に順序よく並べる。 引っ越しの作業が終る頃合いを見計らって、クロディウスは副隊長のミヌキウスを呼び、クロディウス隊の80人を兵舎前に集めるよう命じた。ミヌキウスは、速やかに旗手と十人隊長達に命じて、隊員を整列させた。
正式軍装で整列する百人隊の前に、兵舎から出てきたクロディウスがゆっくりと歩いて向かう。中央まで来ると、隊の方に向き直った。そして、口を開く。
「隊員諸君。我々がここに遣わされた使命は、言わずとも既に理解していると思う。なので、くどくどとは述べん。はっきり言っておく。このクロディウス隊は、このユダヤの地で、安寧と秩序のために尽力する。市民を脅したり、金品を騙し取ったりすることは、断じて許されない。賄賂を取って、悪事を見逃すような事も決してしてはならない。自分の給料で満足せよ。金に仕えず、己とローマに恥ずべきところの無い信義に仕えよ!
市民の模範となるべく行動を律せよ。異国の地では、互いの信頼関係以上に大事なものなど無い。金銀宝石よりも大切なものだ。市民からの信頼を得られるように、最大限の努力をせよ。金と信義の両方に仕える事は、決してできない!片方を重んずれば、必ず片方をないがしろにするからだ!良いか、隊員諸君!」
「はい、隊長殿!」
クロディウス隊の全員が、すでに十人隊長達から聞いていた訓示内容だったのですぐに得心した。クロディウスは訓示を垂れている間、かつてのマルキウス隊長の言葉が脳裏に浮かんでいた。自分も今、マルキウス隊長と同じ様な事を語っている。
「訓練された最強の軍団兵に必要なのは、何か?互いへの信頼だ!絶対的な信頼関係だ!過去の多くの優れた軍団は、お互いへのこの信頼によって、量で凌駕する大軍の敵に対してでも勝利を得てきた。
これから我々は、目に見えぬ敵と戦わねばならない。ローマに対する敵対心や憎悪心と言う強大な敵だ。我々の明日からの任務は、この目に見えぬ漠然とした、しかし確実に存在する大きな敵との戦いとなる!この敵に勝たなければ、暴動も反乱も収める事は決してできない。これに勝ってこそ、ユダヤの人々の命も、そして我々自身の命をも救えるのだ!明日から我々は、その最強の敵と戦うのだと、肝に命じよ!」
「はい、隊長殿!」
と、全員が声を揃えて応答した。
周囲の他の隊の兵舎からも兵士たちが出て来て、クロディウスの訓示に耳を傾けている。雄牛隊の隊員達にとっては珍しい訓示内容ではなかったが、カファルナウムの大鷲隊の隊員には新鮮だったらしく、多くの兵士達が聞き入っていた。
カファルナウムでの最初の訓示を終えると、クロディウスは隊を解散させた。


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