百人隊長物語入口 >トップメニュー >ネット小説 >百人隊長物語 >現ページ


第二部:第二章 ユダヤへ

58.ティベリアスの都

翌朝、雄牛隊はカエサリアを出発した。第Ⅹ軍団が用意してくれた現地の道先案内人とユリウス筆頭百人隊長を先頭に、士官達と480人の歩兵隊が続く。6人の旗手が掲げた6本の百人隊旗シグヌムが、それぞれの百人隊の先頭を行く。その背後に、従者と荷物を満載した馬車やロバが続いた。
目的地のカファルナウムまで、約70ローママイル。1ヶ月に及ぶ船旅の疲れもあり、初めての地であることとから、道先案内人と相談して4日かけて移動する計画を立てた。
クロディウスが初めて見るユダヤの光景は、ヒスパニアとは随分と異なる。カエサリアを離れると、すぐに緑が少なくなり、茫漠とした感じを受けた。丘陵地帯を上ったり下がったりを繰り返し、内陸部へ入っていく。平地に辿り着いた時には、もう海は丘陵地帯の向こうで見えなかった。軍団基地の壁の外に一歩出れば、タッラコの町と海が見える生活を20年も続けたクロディウスにとって、海が見えないと言う事がこんなにも寂しいものなのか、と痛烈に思わされた。
雄牛隊は、最初の丘陵地帯を抜けたところで休息を取り、塩パンや干し無花果を食べて軽く昼食を済ませた。その後再び出発し、合計8時間かけてカエサリアから23ローママイル先の、ヨクネアムと言う町に着いた。町の三方は丘陵に囲まれ、東側に平地が広がっている。町には一度に500人も泊まれるだけの宿屋がないので、陽が落ちる前に、町の郊外に仮陣営を設営してテントを張った。雄牛隊のユダヤの地での、初めて野営であった。
一日の行軍と夕食を終え、クロディウスは夜空を見上げた。ヨクネアムはタッラコの風景とは何もかもが違うし海も無いが、見上げる夜空の星々はヒスパニアと変わらない。周囲に灯りはなく、空には満天の星が輝いている。彼は、ローマの家族やタッラコの家族のことを思った。この空だけが、自分と家族をつないでいるのだと言う感慨に浸りながら。

翌朝、仮陣営を手早く撤収し、雄牛隊は東へと行軍する。軍団兵は、しばらくは平地を歩いたが、10ローママイルほど歩くと再び丘陵地帯に辿り着いた。丘陵地帯に入る前に一旦休息となり、塩パンとチーズで簡単な昼食を取った。
その後行進を再開し、丘陵地帯の上り下りを繰り返す。7時間後に、ヨクネアムから18ローママイル先のナザレと言う村に着いた。小さな村なので、やはり500人を超える人数が泊まれるだけの宿屋が無かったので、郊外に仮陣営を設営した。
午後早くにナザレに到着したので、ユリウス筆頭百人隊長は、雄牛隊に夕飯時刻までの休息を与えた。クロディウスは、従僕のアレクサンドロスと共に、ナザレの村を散策する事にした。
村の近くまで来ると、アレクサンドロスが言う。
「村の人々は、軍団兵に慣れていないかもしれないですから、近づいてあまり刺激しない方が良いのではないですか?」
クロディウスが答えた。
「ローマ人も嫌われているが、ギリシャ人もユダヤ人と仲が悪いのだったかな?」
「いえ、それは商売人同士の話しです。私は、何の偏見もありませんよ。」
と、アレクサンドロスが否定した。
2人が村の外れまで来ると、村の子供たちが興味深そうに、クロディウスとアレクサンドロスを見ている。アレクサンドロスが手を振ると、子ども達も手を振り返してくる。すると母親達がやって来て、子ども達の手を引いて家の中に入れてしまった。やはり警戒されているようである。
その村の外れ近くで、一軒の家が建てられている最中だった。壁の石は積み上げられていたが、扉や窓の取り付けや屋根の梁の工事はまだだったようで、大工達数人が、建物脇に作った階段を使って、屋根の上に木材を運び上げていた。それを見ていたクロディウスが言う。
「彼らは全員、髭を生やしているな。そう言えば子どもの頃、ローマで見たユダヤ人達も、髭を生やしていた気がする。」
「そう言う文化みたいですよ。ここら辺りでは、男は髭を生やすのが普通だそうです。」
「髭か・・・私には、ハードルが高いな。」
クロディウスがそう言うと、アレクサンドロスが微笑んだ。
家を建てている数人の大工達は、親方と職人達と言う関係よりも、父親と息子達の関係のように思えた。仕事のやり取りの方法が、師匠と弟子のような感じは見えなかったからである。クロディウスは、ローマのヌム親方を思い出した。弟のカルは、元気にやっているだろうか。
「よし、もう今日は十分だ。陣営に戻ろう。」
二人は、夕飯前に陣営に戻った。

翌日も、早朝に雄牛隊は行軍を開始した。まだ丘陵地帯は続くが、村から先は下り基調である。昼食前に丘陵地帯を抜けて、ほぼ平坦な場所に出た。そこで食事休憩を取って、再び進む。しばらく進むと高台から、湖が見えた。ガリラヤ湖である。目的地のティベリアスは、もうすぐそこである。クロディウスは、海でなくとも大きな湖が見えるだけでほっとした。
雄牛隊は、ナザレから20ローママイル先のティベリアスに、7時間後に到着した。
カエサリアは、アウグストゥスを讃えるためにヘロデ大王が建てた都市であったが、このティベリアスは、ヘロデ大王の息子のヘロデ・アンティパスが後見人のティベリウス帝に因んで建設した都市であり、ガリラヤの首都でもあった。
ティベリアスの都は、雄牛隊が到着する5年ほど前に建設が開始されたばかりの都市で、多くの新しい建物が軒を連ねている。ティベリアスは大都市であり、予め道先案内人仲間が宿屋の主人達と話を付けてくれていたので、その夜、軍団兵は分散して町の宿屋に泊まる事ができた。

しかし、雄牛隊も道先案内人も気がついていない事があった。480人ものローマ軍団は、流石に街中で衆目を集めずにはいられなかった。その人々の中に、鋭い目をむける人々がいたことに軍団兵は誰一人気がついていない。彼らは軍団兵の士官達一人一人をじっと見て、彼らの顔や行動の一挙手一投足を見逃さなかった。彼らが宿に入ると、彼らは大通りの雑踏の中に消えた。


→次のエピソードへ進む