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第二部:第二章 ユダヤへ

56.アレクサンドリアへの到着

三日続いた凪はやがて西風に変わり、船は順調の航海を再開した。シチリアを出て8日後に、アレクサンドリアに到着した。甲板に整列した軍団兵は、初めて見るファロス島の大灯台を見て全員が驚きの表情に包まれた。
ローマやヒスパニアの海岸にも灯台はあるが、これほどまでに巨大な灯台は見たことが無かった。灯台の高さは、100パッスースほどもあると言う。灯台最上部には、ポセイドンの息子の海神トリトンの像が設置されていた。像と屋根の下に配置された巨大な鏡が、太陽の光を海上遠方まで反射させている。
船が港湾内に入ると、大都市アレクサンドリアの光景を見て、軍団兵は再び驚愕した。タッラコの町も決して小さくは無かったが、アレクサンドリアの都市の建造物は遥かに大きく、外観の様式も華やかに感じられた。流石にアウグストゥスの私領として、庇護の下にあったエジプト属州である。かのアレクサンドロス大王が建設した町は、このローマの時代になっても更なる威容を誇っていた。
軍団兵は、ここで2日間滞在することとなった。軍団兵には休息日が与えられ、各自が気楽なかっこうで上陸する。クロディウスもトーガを着て上陸したが、ずっと船上にいたので、陸上なのに足元がゆらゆら揺れている奇妙な感覚を再び味わう。従僕のアレクサンドロスも、クロディウスに同行した。
クロディウスが、アレクサンドロスに言った。
「このアレクサンドリアは、正に君の名前の町だね。」
アレクサンドロスは答えた。
「ギリシャ人には、アレクサンドロスと言う名前が多いのですよ。町を歩けば、どこでもアレクサンドロスに出会えます。この名前は、ギリシャ人のかつての栄光を思い出させてくれますし、かの大王の様に偉大な事を成し遂げて欲しいと言う両親の願いなのでしょうね。」
クロディウスは、笑みを浮かべて頷いた。
「ローマ人で言えば、ユリウスがそれに近いかな。雄牛隊にも、何人もユリウスがいる。」

エジプトは世界の穀倉地帯と言う事もあり、アレクサンドリアの町の店頭にはたくさんの野菜や果物が並び、タッラコの町では見たことの無い食材も並んでいた。また港町なので、魚介類の種類もとても多い。料理の得意なアレクサンドロスは、それを興味深く見ている。クロディウスは、彼に声をかけた。
「私はちょっと本屋に行って来るから、好きにしていてくれ、アレクサンドロス。」
それを聞いたアレクサンドロスが言った。
「あっ、私も本屋に行きたいです。」
結局、2人で本屋に行くことになった。

アレクサンドリアには、世界中の様々な物資が集まっていたので、雑貨屋や土産物屋の店頭を見るだけでも楽しかった。しかし本好きな2人は、脇目もふらず本屋に向かった。タッラコのように本屋が2店しかないと言うような事はなく、何軒もの本屋が軒を並べている。どの本屋に入って良いか見当もつかないので、取り敢えず1軒目の本屋に入った。
店内を見回すと、アレクサンドロスも見たことの無い本がたくさんあった。さながら、ローマの図書館のようである。クロディウスも、自分が興味のある本やポッペアが喜びそうな本を探すため、手当たり次第に手に取った。ポッペアも次に会う時は15歳かもしれないので、流石に絵の多い本は嫌がるだろうか。そんな事を考えていると。アレクサンドロスは、早くも店の主人に何冊かの本の事を訪ねている。タッラコのマルクスの本屋に仕入れでもするのだろうか。
2人のワクワク感は止まらず、何軒もの本屋を巡り、時間が経つのも忘れてその日1日を終えた。その後、クロディウス百人隊一同が予定通りに集合し、有名な食堂にて夕べの饗宴の時となった。夕飯を食べ終わると、一同は宿に戻った。

クロディウスは士官と言う事で、海側の見晴らしの良い部屋を与えられた。夜の宿から外を見ると、ファロス島の巨大な灯台に火が灯されて、海上を遠方まで照らしている。こんな光景を、タッラコやローマの家族に見せてあげたいと思うクロディウスだった。ラスファレス水道橋に続いて、皆に見せたい光景リストにまた1つ加わった。

折角アレクサンドリアに来たので、2日目は有名な場所を巡る事にした。まずセラペウム神殿に行き、その後、めぼしい神殿やら宮殿を巡り、締めくくりにファロス島の灯台に来た。クロディウスとアレクサンドロスが、巨大な灯台を見上げる。クロディウスは、眩暈を覚えた。
「なんだかこの灯台を見上げていると、頭がクラクラします。」
アレクサンドロスも、クロディウスと同じ感覚を味わっていたようだ。
「よくこれだけの石を積み上げて、崩れないものだな。どんな建築技術なんだ?」
「今度、その手の本を探してみましょう。」
「上まで登ってみるか?」
クロディウスの誘いに対して、アレクサンドロスはこう答えた。
「いえ、私にはとても。よろしければ、どうぞ登ってください。私は、ここで待っていますから。」
「よし、じゃあ、ちょっと登ってくる。」
そう言うと、クロディウスは入口の扉を開け灯台の中に入った。中にいた灯台の担当者に、軍団の百人隊長である事を説明すると、彼が案内役をかってくれた。
登り始めたのは良いものの、直ぐに脚が辛くなってきた。トーガ姿で、今までこれほど長い階段は登った事はない。長距離の行軍は慣れているが、階段は使う筋肉がまた別だったようである。こんなしんどい表情は部下には見せられないな、とクロディウスは思った。退役した教官、ウェトゥリウスの気持ちを少し理解した。
汗だくで最上階に着くと、担当者はクロディウスに注意をした。鏡の前に立つと、ひどい火傷をしてしまうとのことだった。担当者は、彼を太陽の光が届かない側に誘導した。
そこから外を見ると、別世界が広がっていた。灯台の担当者は、誇らしげに言う。
「どうです!素晴らしい眺めでしょう!この高さに匹敵する建造物は、世界広しと雖もクフ王のピラミッドくらいなものですよ!」
確かに素晴らしい眺めである。内陸部も海も遠くまで見渡せた。アレクサンドリアの大きな建物も、全て見下ろしている。鳥が見る光景は、このようなものなのかな、とクロディウスは思った。恐る恐る真下を見ると、豆のような大きさのアレクサンドロスが手を振っている。クロディウスも、手を振り返した。ここからの光景も、家族に見せてやりたい。
「ホントに、素晴らしい眺めですね。」
その答えに、灯台の担当係は満足したようだった。そしてクロディウスは、また一汗かいて階段を降りた。
その夜も百人隊の面々と饗宴の時間を過ごして、アレクサンドリアの美味しい料理に舌鼓を打った。

翌朝、アレクサンドリア出立の時間となった。目覚め良く起きた者、2日酔いの者、それぞれが帆船に戻った。帆船は岸を離れ、出航した。ファロス島の灯台が、次第に小さくなっていく。次に向かう港は、任地の属州ユダヤのカエサリアである。


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