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第二部:第二章 ユダヤへ
51.第Ⅳ軍団の再編成
クロディウスの軍団生活19年目36歳の時に、軍団の再編成が行われた。今までのような退役や死亡による穴埋めのための小規模な編成替えではなく、大規模な編成替えであった。
クロディウス百人隊の属する第1戦列歩兵隊「雄牛隊」が、第2戦列歩兵隊に繰り上がった。烏のユリウスの隊、穴熊のフラウィスの隊、紅鶴のユリウスの隊、同期のアッリウスの隊、同じく同期のアントニウスの隊、そしてクロディウスの隊の、全6個百人隊が丸々全部、つまり雄牛隊が第2戦列歩兵隊となった。
第3戦列歩兵隊の空きが大きくなったので、第2戦列歩兵隊の一部が繰り上がったと言う背景もあったと言う事情と、第1戦列の歩兵隊も中堅ベテランの域に達していたと言う事情もある。しかし第1戦列歩兵隊に残る多数の若い兵からすれば、雄牛隊は相互の信頼度や規律や秩序の面で、他の隊より優れているための格上げと思われていた。
この第2戦列への繰り上がりにより、2人のユリウスとフラウィスとアントニウスはより上位の第3席百人隊長であるプリンケプス・プリオルに昇進し、クロディウスとアッリウスも第4席百人隊長のプリンケプス・ポステリオルに昇進した。
士官達よりも更に喜んだのは、そこに所属する隊員達であった。何故なら、第1戦列歩兵隊の時に行わなければならなかった、便所掃除や下水掃除などの種々の下働き役務から解放されるからである。
しかし、この大編成が全く別の思惑で決まった事は、一般の軍団兵には知られていなかった。
第Ⅳ軍団の中央司令部に、司令官と上級士官達が集まっていた。上級士官達の装いは、連隊長らを除いて全員がトーガ姿である。ここが軍団の司令部である事を知らない人が見たら、元老院議員の社交サロンとでも思ったに違いない。
ローマから赴任して来たばかりの軍団長である司令官が、口を開く。
「諸君、ローマより次の書状が届いた。ティベリウス帝の署名入りだ。ヒスパニアは長らく平和が維持されている。そこで貴下の第Ⅳ軍団より信頼のおける1個コホルス(歩兵隊)を、不穏な動きが見られるユダヤに派遣されたし。このような内容だ。
アウグストゥス帝の時代に、軍団兵が大幅に削減されて久しい。ティベリウス帝も同じように、軍団兵を増やす事には消極的と見受けられる。軍団兵を増やすのではなく、安定している地の軍団兵を別の不安定な地域に配置換えして、軍団兵の数を増やさずに活用するお考えであるらしい。不穏な動きのあるユダヤには第Ⅹ軍団1個部隊しかいないが、平和なこのヒスパニアには、第Ⅳ軍団と第Ⅵ軍団と第Ⅹ軍団の3個もの部隊が常駐している。そこでこの第Ⅳ軍団に、白羽の矢が立ったと言う訳だ。
さて、諸君。皇帝の署名入りの命令に抗議する事は賢明ではないと思うが、士官の主君はどう考えるか?」
13人の上級司令官達は、発言が自らの隊や自分自身に不利にならないように、十分に考えを巡らす。特に軍団長と同じく、軍団経験の無い若い元老院議員出身のトリブヌス(准将)も、不用意な発言を控えていた。
第3戦列歩兵隊の千人隊長が、最初に口を開く。
「退役間近の兵士が多い我が歩兵隊を、危険な地へ遣わす事は承諾できかねますな。退役間近のベテラン兵は、慣習として厳しい任務はしない事になっているのはご存知ですな、司令官殿。不満が高まって、軍団兵の造反の危険も高まりますぞ。若い第1戦列歩兵隊に行かせたら、如何かな?」
短期間の司令官の任務を「揉め事なく平穏無事に乗り切りたい司令官は、造反での混乱は避けたいだろう」と考えての、第3戦列歩兵隊千人隊長のしたたかな発言だった。
すると、第1戦列歩兵隊の千人隊長が、その意見に反対の意を示した。
「いや、ティベリウス帝は、信頼のおけるベテランの兵を所望しておられる。今の第1戦列歩兵隊には若い兵が多く、実戦経験を積んだ者は少ない。そう言う隊をユダヤに送るならば、皇帝の意志に反する事になります。もし彼らがユダヤでヘマでもすれば、我々も責任を問われるかもしれません。実戦経験もあり中堅のベテラン兵が多い、第2戦列歩兵隊こそ適任ではないですか?」
明らかに自分の歩兵隊で責任を負いたくない、千人隊長同士の責任の押し付けあいだった。上級士官同士の揉め事を避けたい司令官もまた、自ら決断を下したくない。
「第2戦列歩兵隊千人隊長としての、意見はどうだね?」
第2戦列歩兵隊の千人隊長も、配下の軍団兵から恨みを買いたくない。そこで、一計を案じた。
「私から、提案があります。第一戦列歩兵隊には、十分な経験があり任務にも忠実な部隊の雄牛隊がいるではないですか。彼らを第2戦列歩兵隊に格上げして、ユダヤに送ったらどうですか?第2戦列のベテランコホルスを送ると言う事であれば、ティベリウス帝に対しても顔が立ちます。」
第2戦列歩兵隊千人隊長は、第1戦列歩兵隊千人隊長の痛いところを突いた。事を荒立てずに歩兵隊を管理したい官僚畑出身の当該千人隊長と、愚直なまでに不公正を認めない雄牛隊が常にぶつかっている事を、第2戦列歩兵隊千人隊長は知っていたのである。第1戦列歩兵隊千人隊長にしてみれば、雄牛隊を厄介払いができる好機であり、第2戦列歩兵隊千人隊長にしてみれば部下を遠方の危険な地に送らずに済む、と言う双方にとって益がある一石二鳥の提案である。
雄牛隊をユダヤに送る案は、司令官にとっても他の士官達にとっても、それは妥協可能な落としどころに思えた。元老院からお目付け役として送られているトリブヌス・ミリトゥム(少将)も、それが最善と感じたようだった。
「その案は、第Ⅳ軍団にとってなかなか良い策と思いますが、いかがでしょう?」
それが最善策と感じた参謀や5名の千人隊長らの全13名が、その案に賛同した。ここに至って、優柔不断な司令官もようやく裁断を下す。
「では、諸君。第1戦列のコホルス雄牛隊を第2戦列歩兵隊に格上げして、来年春、ユダヤの地に派遣する事とする。以上を、本軍議の決定事項とする。」
こうして、クロディウス達が属する雄牛隊は第2戦列歩兵隊に格上げされる事になったが、不平不満や造反を招かないように、ユダヤ派兵の決定は内密にされた。第2戦列格上げの件と、ユダヤへの派遣の件は別物であるように見せるため、司令部は発表時期を半年間ずらす事にしたのである。
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