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第二部:第一章 再会

47.ユリアとポッペア

クロディウスは、休息日にカナバエに出かけた。このカナバエも、この14年間でだいぶ店の数も増えて大きくなった。1ローママイルほど先のタッラコの町に比べれば、小さな村のような規模だったが、それでも少しずつ大きくなっている。しかし未だにこのカナバエもタッラコも、申し訳程度の壁しか作られていない。
小さなカナバエはともかくとして、200年以上も昔、共和政時代に築かれた港湾都市のタッラコにすらまともな城壁が作られていない。ローマによる安寧と秩序が保たれ続けているので、町の要塞化の必要を誰も感じていないのだ。ローマの多くの都市に建てられる闘技場すら、このタッラコにはまだ建てられていない。
要塞都市の壁や闘技場は、たいていローマ軍団兵が建てるのが慣例になっている。しかし次々に交替となる腰掛け司令官は、元老院議員を務めた名声も財力もある身なのに、それらを作る意欲も無く、それらの建設に必要な巨額な費用を用立てる気も無かった。要は面倒なのである。タッラコの城壁も闘技場も、1世紀後か2世紀後には作られるかもしれない。しかし、少なくとも「今」ではなかった。

そんな事を徒然に考えている内に、クロディウスはパン屋に着いた。店のドアを開けると、そこにはユリアがいた。
「お帰りなさい、旦那様。」
ユリアは嬉しそうに言った。そして、店の奥に振り返って言った。
「帰ってきたわよ、ポッペア!」
すると、店の奥から小さな女の子が駆け寄って来た。
「お帰りなさい、お父さん!」
そう言って、女の子はクロディウスに飛びついた。クロディウスは、その子を抱きあげる。
「良い子にしていたかな、ポッペア?」
クロディウスがそう言い終わらない内に、店の奥から熊のような親父さんのラウディウスが出てきた。
「おお、クロディウス。今日は休みだな?」
「はい、ラウディウスさん。」
クロディウスは、女の子を下に降ろした。
「今日は、報告がありまして・・・実は、ようやく百人隊長に任官される事が決まりました。」
それを聞いたいつも渋面の親父さんの顔が、ほころんだ。
「おお、すごいじゃないか!じゃあ、今日は早めに店を閉めてお祝いにしよう!」
「お父さん、今日は旦那様と出かけてきて良い?」
百合がそう言うと、ラウディウスは即座に承知した。
「ああ、今日はゆっくりしてきなさい。」
すると、ユリアは嬉しそうに言った。
「着替えて来るから、少し待っていてくださいね、旦那様。ポッペアも、お着替えよ!」
「お出かけなの?やったぁ!」
ユリアと小さな女の子は、店の奥に消えた。店頭に残った親父さんのラウディウスが言った。
「本当によく頑張ったな、クロディウス。親元を17歳で離れて、身一つでタッラコに来て、叩き上げで百人隊長だ!たいしたもんだよ。自慢にはならないが、この私の最終的な肩書きは、第3戦列歩兵隊の旗手止まりだったからな・・・。今年で、軍団何年目だ?」
クロディウスは答えた。
「14年目です。」
「娘のユリアと結婚したのは、旗手に昇格した時だったな。あれから、もう6年も経つのか。早いもんだな・・・孫のポッペアも、もう5歳だものな。」
「はい、私も来月で31歳になります。早いですね。」
「とにかくこのヒスパニアが平穏で、長らく軍団に危険な任務がなくて良かった。娘や孫が悲しむような事だけは起こらないように、ローマの神々に祈っているよ。」
「ありがとうございます、ラウディウスさん。」
2人がそんな会話をしている内に、着替え終えたユリアとポッペアが店の奥から出てきた。
「では、お父さん、行ってきますね!」
そう言って、3人は店を出た。

「今日は、3人でタッラコの町まで行って、海を見ようか。」
クロディウスがそう言うと、ユリアは微笑んで頷き、女の子ははしゃいだ。
「やったぁ!海!海!」
クロディウスは、1週間ぶりにユリアの横顔を見る。ユリアは先日30歳になったばかりだが、美しさは昔のままだ。25歳の時に下士官である旗手に昇格した時に結婚を申し込み、ユリアは承諾し、父のラウディウスも快く結婚を認めてくれた。その1年後には、娘も生まれた。女の子の名は、ポッペア。クロディウスの一番下の妹と同じ名前を付けた。母のユリア似の顔立ちだ。将来、美人になるだろう。有るんだか無いんだか分からないほど細い目の、自分の顔に似なくて良かった、とクロディウスは心から思う。
カナバエに住む家族に会えるのは、このような休息日か、勤務時間に余裕のある日の夜間だけであった。それだけに、たまにしか会えない家族が恋しい。ローマの家族にはもう14年も会っておらず、手紙のやり取りだけなので記憶もかなり薄れている。カナバエの家族が今のクロディウスにとっては、リアルな家族なのである。

3人は、タッラコの町に入った。200年以上の歴史を誇る大きな港湾都市だけに、カナバエとは比較にならぬほど賑やかだった。カナバエには無いような、海外の珍しい品物を売る店もたくさんあった。5歳のポッペアは、興奮してあっちの店、こっちの店と走り回る。その中の一店舗に、木彫りの動物の置物を売っているお店があった。クロディウスは、妻と子供に勧めた。
「ユリアとポッペアも、何か欲しい物があったら買いなさい。」
「私、この熊のお人形が良いわ!」
と、早速、熊の置物を手に取った。
「ユリアは?」
「そうね、このペリカン、店先に置いたら可愛いかしら。」
そう言って、ペリカンを手に取って言った。
「あなたは?」
妻に薦められて、クロディウスは悩んだ。
「う~ん・・・。」 それから店主に尋ねた。
「ご主人、鳩、烏、穴熊、野犴(ジャッカル)、禿鷹、紅鶴(フラミンゴ)、梟はありますか?」
主人は、答えた。
「鳩はあるが、他のは無いね。でも、職人に作らせる事はできるよ。」
「じゃあ、今日は鳩をください。他の動物は、1ヶ月に1個ずつ作ってもらえますか?毎月、取りに伺いますので。」
「承知しました。」
と主人。
「最初は、梟をお願いします。次の動物は、梟を受け取る時に相談させてください。第Ⅳ軍団のクロディウス・ロングスです。」
「うむ、梟ね。大きさは?」
「その、鳩の大きさに合わせてください。」
クロディウスは支払いを済ませると、店主から、手の平サイズの熊とペリカンと鳩の人形の置物を受けった。
「毎度あり~!」
店主がそう言うと、クロディウスはお礼を述べた。
「ありがとうございます。」
そして、熊をポッペアに、ペリカンをユリアに手渡した。ポッペアは、それを大事そうに抱える。

歩きながら、ユリアはクロディウスに言った。
「梟は、ファビウスさんね。鳩は、カッシウスさん?」
「そう、当たり。」
と言うと、ポッペアが質問してきた。
「ねえ、ファビウスとかカッシウスて、誰?」
クロディウスは、質問に答えた。
「お父さんがね、昔とてもお世話になった方達だよ。」
「ふ~ん・・・。」

3人はタッラコの町を通り抜け、海岸に出た。目の前には、エメラルド色の海が広がっている。ポッペアは熊の置物を母ユリアに預け、砂浜に駆け降りて行った。
「美しい海ね。」
と、ユリアが言う。
「そうだな。」
と、クロディウスが応える。
彼は、14年前にファビウスと共に悪魔の水道橋から見下ろしたタッラコの町とバレアスの海を想い出していた。ポッペアがもう少し大きくなって山道も歩けるようになったら、家族3人でラス・ファーレスの水道橋にも行ってみよう。そう思うクロディウスだった。


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