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第一部:第五章 盗賊討伐

43.決戦

盗賊達のいるヴィリアトゥス村まで、残り3ローママイル。第Ⅳ軍団討伐隊はやや丘陵気味のうねった平原に出ると、即座に戦闘態勢に移れる布陣を整えて行進した。左翼には80騎の騎兵を配し、前列に第1戦列2個歩兵隊が並び、後列に第1戦列1個歩兵隊と第2戦列の3個百人隊が並んだ。右翼を敵に回り込まれそうになったら、ベテランの第2戦列百人隊が迎え撃つ。
盗賊はせいぜい千人程度と予想されていたので、第3列は必要なしと判断されていた。本来、第2列と第3列を努める1個歩兵隊と3個百人隊の歩兵達は、背後を守るために本陣に残されている。

1ローママイルほど進むと、先行させた斥候が戻ってきた。討伐隊隊長の副司令官が立ち止まり、馬上のままで斥候の報告を受けた。 副司令官は馬を反転させて、整列する軍団に向き直った。
「今、斥候からの報告を受けた。盗賊どもは村の中には籠らず、戦列を整えて我々を迎え撃とうと待ち構えているそうだ!その数1,500!」
クロディウスも軍団兵も、それを聞いて驚いた。盗賊の数は、千人程度と聞かされていたからである。冬の間に、500人も増えていたのだ。もし、あの崖の上で76人を倒していなかったら、敵の数は1,600人近い数になっていただろう。
1,770人のローマ軍団兵と盗賊集団1,500人の戦いとなる。当初、司令部が予想していたよりも苦戦を強いられるかもしれない。

ヴィリアトゥス村まであと350パッスースまで近づいて、盗賊討伐軍は止まった。周囲を石壁で囲まれ、半要塞化されたヴィリアトゥス村の前に、武装をした1,500人の盗賊達が整列している。右翼には100騎ほどの騎兵を配し、中央から左翼には1,400人の歩兵を配置している。明らかに、こちらの討伐軍の配置に対応した布陣だった。その様はもはや盗賊集団ではなく、立派な軍隊の様相である。

盗賊討伐軍が止まると、盗賊側から5騎が前進してきた。盗賊側の頭領とその参謀達であろう。5騎は、弓矢やピールムが届かない距離で立ち止まった。モンテフォルティーノ型の兜を被り、鎖帷子に身を包んだ中央の男が口を開く。
「私は、この軍団の司令官のヴィリアトゥスである!ローマ軍団の兵達よ。我々がちっぽけな盗賊集団とでも思っていたのであろう。残念ながらそうではない!」
討伐隊の兵士達は、一応に驚いた。ヴィリアトゥスの発音はまるでローマ人のようであり、尚且つローマ軍団のドゥクス(大将)のように堂々と話したからである。
「私は、属州の支援部隊で士官を努めていた。我が軍団は、ローマ軍に勝るとも劣らない訓練を積んできた。そして、ローマ軍のやり方もよく心得ている!
もし我々がこの村に籠って抵抗を続ければ、お前達は村の周りに堡塁を築き、我々を閉じ込めて兵糧攻めを行い、食料が尽きて飢えて弱ったところで降伏勧告を行い、拒否すれば総攻撃を仕掛けるであろう。それが、典型的なローマ軍のやり方だ。
だが、我々にその手は通じない!何故なら我が軍団は、今日、この日にお前達ローマ軍を打ち負かすからだ!」
軍団兵は声にこそ出さなかったが、討伐隊に動揺が広がるのをクロディウスは感じ取った。相手は、単なる粗暴な寄せ集めの盗賊集団ではなく、訓練された軍団なのである。
「私は、お前達に個人的な恨みはない。しかし、ローマがこの属州で過去行ってきた行為を決して赦すことはできない!ここは、イベリア人、ケルティベア人、ルシタニア人の土地なのだ。お前達、ローマ人の土地ではない!お前達ローマ人は、我々とは関係ないローマの内戦に幾度となく我々を巻き込み、時には和平を結んだ相手すら裏切り、この地の多くの者が虐げられ、そして数えきれないほど多くの者が殺されてきた!今日こそ、その復讐を果たそう!」
ヴィリアトゥスと名乗る謎の男の弁舌が止むと、今度は盗賊討伐隊を率いる軍団長が応答した。
「ヴィリアトゥスよ、お前が何処の何者であるにせよ、お前とその仲間が行ったことは、単なる強盗に過ぎない。ローマの安寧と秩序を破り、罪なきローマ人多数の命を奪ったお前達に、今日、我々ローマ軍が正当な裁きを加える。もし降伏するなら寛大に処置し、1,500人の部下の命だけは奪わぬ事を約束しよう。もし戦いを挑むというならば、死を覚悟をせよ。」
ヴィリアトゥスと名乗る男は、更に大声で答えた。
「お前たちの言うローマによる安寧と秩序とやらに、我々が大勢の命で支払った賠償を今日、諸君から返してもらう!正義は、我らの側にある!死を覚悟せよと言うならば、命を奪いに来るが良い!」
それだけ言うと、ヴィリアトゥスと仲間の4人の騎兵は踵を返し、自軍の戦列に戻っていった。
もはや戦闘は避けられない。討伐隊の軍団兵は、仲間の軍団兵を殺した相手を倒すべく殺気だっていた。軍団長は、軍団兵に向き直って言った。
「第Ⅳ軍団の若き獅子達よ!流された多くのローマ人の血の、そして我が戦友達の血の報復の時が来た!今こそ、己が勇気を奮い起こせ!敵を完膚なきまでに叩きのめせ!」
「おお!」
一同は、鬨の声と共に進軍を開始した。ヴィリアトゥスの軍も、同時に進軍を開始した。皆、逸る気持ちを抑えている。訓練を受けた者同士の軍隊は、歩調を揃えて前へと進む。そして、距離が弓矢やピールムの射程範囲に入ると、一斉に矢が放たれた。ローマ軍は盾を構えて防御する。何百と言う矢が、盾に突き刺さる。矢の攻勢が収まると、今度はローマ軍団兵がピールムを投げる。敵兵も盾で投げ槍を防ぐが、ピールムは矢よりも重く破壊力があり、何十本かは盾を貫通した。
両軍は更に近づき、長槍を構えた。ハリネズミと化した両軍は、遂に激突する。激しい喊声と共に、槍と槍が、槍と盾が、盾と盾が、ぶつかり合う音が響いた。両軍が剣を抜き、相手側に攻め込もうとする。盗賊討伐隊左翼の騎兵80騎と、ヴィリアトゥス軍の騎兵100騎も激突した。
騎兵も歩兵も、一進一退の攻防となった。人数では少ない敵ではあったが、背水の陣で必死の戦いを挑んでいたので、簡単に均衡は破れない。

そこで、盗賊討伐隊の軍団長は、右翼の第2戦列のベテラン歩兵隊の3個百人隊を投入することにし、千人隊長に命令を下した。馬で駆けつけた千人隊長から指示を受け、3個百人隊が、敵の左翼に回り込み横から攻撃を開始する。 それを見たヴィリアトゥス軍の第2戦列の隊が、3個百人隊に向かって来た。だが、この第2戦列の隊は、最近この盗賊集団に加わったばかりの、訓練不足の兵士500人で構成されていた。これらの急造兵は、ベテラン3個百人隊の敵ではなかった。敵の左翼第2戦列はどんどんと倒され、数を減らしていき、遂に総崩れとなりばらばらに逃走を始めた。
敵の右翼背後はがら空きとなり、3個百人隊は横だけでなく背後にも回り込んだ。3方を取り囲まれた敵左翼は、なす術がなく次々に倒される。それを見た敵騎兵の半数50騎が、左翼を助けようと前線を離れた。その時に混乱は起こった。
騎兵が逃げ出したと思った敵右翼がパニックに陥り、勝手に前線から逃げ出す兵が出てしまった。その崩れた敵右翼に、ローマ軍の左翼が猛攻撃を仕掛ける。左翼と右翼が崩れた敵は、中央の部隊だけが支える形となった。
半分になった敵騎兵をローマ軍の騎兵が蹴散らして倒し、残り半分の騎兵を追った。左右と前方を囲まれた敵本隊は抵抗も虚しく、なす術もなく次々に倒れされていく。遂に、大将のヴィリアトゥス自身が後退して撤退した。それを見た敵全軍は、大パニックに陥った。一斉に退却する敵は、転倒した味方を圧し潰してでも逃げる。半要塞化された村に逃げ込む者、北方の山に逃げ込もうと走る者、そこにもはや統率された軍団の姿は皆無だった。所詮付け焼刃の軍で、訓練も経験もローマ軍に劣る軍団である事が露呈した。
盗賊討伐隊兵士は、敵が逃げ込む村に火を放った。盗賊討伐隊騎兵は、北の山に逃走する騎馬隊や敵歩兵を追って、一人、また一人と剣で倒していく。

第Ⅳ軍団で最大の犠牲者を出しているマルキウス百人隊は、仲間の復讐を果たすため、首謀者のヴィリアトゥスとその残党を追う。クロディウスも頭や腕から血を流しながら、ヴィリアトゥスを追う。周りを見回すと、仲間も全身血だらけになっている。自分の血なのか、味方の血なのか、敵の血なのか、いやその全部かもしれない。ヴィリアトゥスと副官ら5名は、北方の山道に逃げ込もうとしているようだった。地の理は向こうにある、山に逃げ込まれると捕らえられないかもしれない。マルキウス隊は、全速力で疾駆する5頭の馬を追う。距離はどんどん離れるが、決して諦めない。
そこへ敵の騎馬隊を全滅させた味方の騎馬10騎が、ヴィリアトゥスらの5騎に追いつき、前方に回り込んだ。マルキウス隊が追い付いて、後方を50人で取り囲む。
抜身の剣を手にした血まみれのマルキウス百人隊長が、やはり血まみれの敵の大将ヴィリアトゥスに告げる。
「武将らしく観念せよ。」
ヴィリアトゥスは奇声を発しながら、マルキウスの方に馬を走らせる。その直後、軍団兵のピールムが一斉に放たれた。20本の投げ槍が馬に命中し、馬はその場に倒れた。ヴィリアトゥスは落馬したが、よろよろと立ち上がってマルキウスに向かってくる。
「ローマ兵などには、屈しない!命乞いもせん!」
彼は剣を抜いて振り上げようとしたが、それよりも素早くマルキウスは剣を構えて振り下ろし、ヴィリアトゥスの首を撥ねた。血が噴き出して、首は地面に転がった。
ヴィリアトゥスの副官4人は、その場でローマ軍の騎兵10名にめった刺しにされて殺された。クロディウスも仲間も、それを最後まで見届けた。ヴィリアトゥスの正体は、結局最後まで分からずじまいだった。いったい、彼は何者だったのだろう。
騎兵達は、燃え盛るヴィリアトゥス村の方へ戻って行った。マルキウス隊も、村へ戻るべく歩く。村の方からは、勝利の喊声が聴こえてくる。マルキウス隊は、崖の戦闘、村の戦闘と相次ぐ激戦で皆、傷を負っており、そして疲れ果てていた。
クロディウスは、周りを見回した。マルキウス隊の、いったい何人が生き残っているのか?野犴のアントニウスは、崖上の戦闘で既に死亡している。周りを見回しても、鳩のカッシウス隊長がいない。禿鷹のドミティウスもいない。紅鶴のユリウスもいない。梟のファビウスもいない。テント組で確認できたのは、烏のユリウスと穴熊のフラウィスの二人だけである。白兵戦のスペシャリストである穴熊のフラウィスですら血まみれで、激戦に継ぐ激戦で憔悴しきっている。クロディウスは、ユリウスに近づいて言った。
「カッシウス隊長は無事ですか!?」
烏のユリウスは淡々と答えた。
「戦闘中に死んだよ。」
たった一言だった。クロディウスの頭の中は、真っ白になった。あの十人隊長が死んだ?テント組の中で最も信頼されたカッシウスが?

マルキウス隊がヴィリアトゥス村に着くと、燃え盛る家々の前でたくさんの敵兵やその家族が死んでいた。あちこちで悲鳴が聞こえる。命乞いをする敵兵を、剣で突く軍団兵。暴行の末に殺された女性の死体。母の腕に抱かれたまま死んでいる乳幼児。生きたまま燃える炎に投げ込まれた老人。それはもはや戦闘ではなく、単なる虐殺だった。ローマ軍団兵は復讐にかられて鬼と化し、殺戮と略奪を続けた。


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