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第一部:第五章 盗賊討伐

42.フリウスの捜索

谷から命からがら抜け出た討伐隊は、混乱でバラバラになった各百人隊を集合させた。各隊の被害を確認したところ、マルキウス百人隊のケルフィキウス十人隊のフリウスがいない事が判明した。
クロディウスは、先ほどの先頭で逃げ出す軍団兵の事を思い出し、咄嗟に叫んだ。
「ファビウスは、敗走する敵を追って行きました!」
その言葉を受けて、マルキウス隊長も何が起こったかを一瞬で察したようである。直ぐに、千人隊長に告げた。
「我が隊の若い兵士が、敗走する敵を追って行ったようです。追跡行の許可を願います!」
千人隊長は、即座に許可した。
休む間もなくマルキウス百人隊長は、動ける隊員は全員追跡行に向かわせた。全員が走った。カッシウスら怪我を負っている者も、包帯を巻いただけで追跡行に加わった。マルキウス隊の動ける73人全員が、全速力で走って崖の上に向かった。隊が崖の上に達すると、クロディウスが見たと言うフリウスの逃走方面の急斜面を、滑り落ちるように下った。
急斜面の下には、森林地帯が広がっている。マルキウス隊は、警戒しながら森に入った。敗走した敵が、まだ隠れている可能性もあるからだ。
森や山における動物の追跡行に慣れている梟のファビウスが、抜身の剣を片手にどんどん森の奥に進んでいく。彼は、地面に残された小さな痕跡を見逃さない。クロディウスはファビウスに着いて行こうとしたが、森の中のファビウスは速過ぎて着いて行けなかった。しばらくして、森の奥からファビウスの声が響いた。
「見つけました!」
マルキウス隊の残り72人全員が、その声の方に急いで駆けつける。そこには、木の根元にうずくまって震えているフリウス・ファベルがいた。兜はどこかで脱いだのか、投げ捨てたのか、被っていなかった。そこに、百人隊長マルキウスも駆けつけた。
「フリウスよ、なぜ逃げた?」 と、マルキウスは息も絶え絶えに言った。フリウスが、泣きじゃくりながら百人隊長を見上げる。
「すみません、怖かったんです・・・すみません・・・。」
マルキウスは呼吸を整えながら、諭すように低い声で言う。
「敵前逃亡は、軍団で最も重い罪だ。承知しているな?」
フリウスは、懇願するように応える。
「すみません、死にたくなかったんです。」
「我が百人隊は、大勢の仲間を見捨てずに捨て身で戦い、5人が命を落とした。だが、お前はその味方を見捨てて逃げた。」
フリウスは、懇願するように言った。
「死にたく・・・なかったんです。」
そこにいたのは屈強な軍団兵ではなく、憐みを乞う哀れな1人の17歳の少年だった。しかし取り囲む百人隊の兵士らに、彼を弁護する者は一人もいなかった。敵前逃亡罪の意味とその招く結果を、誰もが理解していたからである。クロディウスもファビウスも、今回だけは彼を助けられない事を分かっていた。マルキウスは語り続ける。
「たった今、部下を5人も失い、更に8人も意味なく失わねばならない。この意味が分かるか?」
もはやフリウスは、マルキウスに顔を上げることもできなかった。
「死にたく・・・なかった。」
「戦わずに逃げたお前一人の罪を背負って、勇敢に戦った8人の命を差し出す訳にはいかない。」
フリウスが発する言葉は、泣き声でほとんど言葉にならなかった。
「死にたく・・・ん・・・す。」
「お前は、盗賊を追跡して、敢然と盗賊と戦い、今日ここで勇敢に死んだのだ。」
マルキウスは、剣を抜いた。フリウスは、呟くように小さな声で言った。
「・・・死にたく・・・。」
百人隊長マルキウスは、迷う事なくその一太刀をフリウスに振り下ろした。首から血が噴き出す。うずくまっていたフリウスは、組み立て式甲冑が擦れ合う音と共にその場に倒れた。そして、数秒後に息絶えた。
クロディウスは思った。命が尽きるまでの僅か数秒の間に、フリウスの目には何が映っていたのだろう。父親の暴力に耐え、軍団兵の暴力に耐え、軍団の地獄の訓練に耐えてきた17歳のフリウスの命は、故郷から遠く離れたこのヒスパニアの森の中で尽きた。

ケルフィキウス隊の生き残った6人が、フリウスの遺体を運んだ。余計な事を話す者は、1人もいなかった。
フリウスの遺体を抱えて戻ってきたマルキウス隊を、討伐隊が整列をもって迎える。彼らの全滅は、マルキウス隊の決死の奮闘と犠牲によって免れたのだ。マルキウス隊長は、軍団長と千人隊長に報告した。
「盗賊を追っていたフリウス・ファベルは、敵との戦いで命を落としていました。」
軍団長は言った。
「フリウスの勇気を讃えよう。軍団に命を捧げた9名の兵士達に栄光あれ!」
整列した討伐軍の兵士達も、一斉に声を上げた。
「栄光あれ!」
しかしマルキウス隊も軍団も、失った仲間を悲しんでいる余裕は無かった。討伐隊は、一刻も早くヴィリアトゥス村に向かわねばならない。36人の負傷者のうち、戦闘が不可能な動けない兵士20人は看護兵4人、および崖上の監視役の3小隊24人と共に、この山に残ることになった。
マルキウス隊は、峠の反対側に残してきた長槍とピールムを、後続の歩兵隊から受け取って再び装備する。そして、1,770人に数を減らした盗賊討伐隊は、戦列を整えて再出発した。


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