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第一部:第四章 第Ⅳ軍団マケドニカ

33.フリウスとアントニウス

百人隊長マルキウスの行動は迅速だった。翌日にはティトゥス百人隊長と話を付け、千人隊長への根回しも密かに行われたようである。それがどのようなものであったかは、もちろんクロディウス達には知る由も無かったが、二日後には結果が出た。
フリウス・ファベルはティトゥス隊から、マルキウス隊に配属変更となり、謹慎処分中のアントニウス・ウァレンスは、ティトゥス隊に配属変更となった。再編成期を終えたばかりの隊であり、異例の隊員トレードである。
袖の下でマルキウス隊長に取り入ろうとした事が、公然の秘密となっていた謹慎中のアントニウスには、いずれにせよこのマルキウス隊での居場所はもう無かった。騎士階級の新人アントニウスは、隊の仲間から軽蔑されて信頼を失っているのである。アントニウスが評判の悪いティトゥス隊に配属されるのは、マルキウス隊の兵士達からすれば懲罰に等しかった。大金を持っているアントニウスは、ティトゥス隊の先輩の良い鴨になるだろう。
一方、フリウスは怪我が完治して退院次第、マルキウス隊に加わる事になっていた。フリウスの怪我は、訓練中の事故として処理されることになったが、これで今後は陰惨な脅しやリンチからは解放される事になったし、隊同士で揉めることも回避された。

その日の昼前には、アントニウス・ウァレンスは、荷車に自分の荷物や武具を積んだ。彼を手伝う仲間は誰もおらず、テント組先輩達の冷たい視線に晒されながら、彼は兵舎を去って行った。クロディウスは一言声をかけたが、アントニウスは返事もせず、目も合わせる事もなかった。彼にとっては、軍団生活において、否、人生において、過去最大の屈辱だったのだろう。

その日の昼食後、マルキウス隊の隊員は、正式軍装で兵舎の前に整列するように命じられた。一同が兵舎の前に揃うと、カッシウスが部屋にいる隊長を呼びに行った。
整列した79人の前に、マルキウス隊長、ウァレリウス副隊長、ロンギヌス旗手が並んだ。マルキウス隊長が、口を開く。
「諸君は、既に今回の件の事は、言わずとも理解していると思う。なので、くどくどとは述べん。はっきり言っておく。このマルキウス隊においては、互いの信頼関係以上に大事なものなど無い!戦場では、大金も、コネも、おべっかも何の役にも立たない。金と信義の両方に仕える事は、決してできない!片方を重んずれば、必ず片方をないがしろにするからだ!」
マルキウス隊全員が、暗にアントニウスの事を言っているのだと理解していた。クロディウスは、アントニウスの事を思うと複雑な心境だった。1ヶ月も苦楽を共にした仲間である。とても悲しかったが、隊長の言う事は正しい。
「訓練された最強の軍団兵に必要なのは、何か?互いへの信頼だ!絶対的な信頼関係だ!過去の多くの優れた軍団は、お互いへのこの信頼によって、何倍もの大軍に対してでも勝利を得てきた。例え十万もの大軍であっても、上官への信頼や仲間同士の信頼関係が無ければ、所詮は数だけの烏合の衆!彼らは、信頼で結ばれた少数の精鋭部隊に勝つことはできないのだ!我らは烏合の衆ではない、固い信頼でつながった精鋭部隊なのだ!これを、肝に命じよ!」
「はい、隊長殿!」
と、全員が声を揃えて応答した。
周囲の他の隊の兵舎からも、昼食を終えた兵士たちが出て来て、マルキウスの訓示に耳を傾けている。気がつけば、マルキウス隊は数百人の若い軍団兵に取り囲まれていた。マルキウスが演説を終えると、他の隊の士官や隊員達から拍手が起こった。彼らにも、共感するところがあったのだろう。マルキウス百人隊長は、他の隊からも一目置かれているのである。
マルキウス隊の兵士達は、この百人隊長に、今まで以上に誇りを感じ、「我らが百人隊長」の思いを強くした。

金よりも、名誉を貴ぶ人。
世間体よりも、物事の本質を大事にする人。
無骨ではあるが、一本筋が通っている人。
軍団兵の何たるかを、身をもって示してくれる人。

クロディウスも、この隊長の指揮するマルキウス隊に配属されて、カッシウス十人隊長やファビウス達先輩に出会えた事を感謝した。訓示が終わると解散となり、午後からは、またいつもの仕事に戻った。

軍団の日々の生活は続く。しばらくして、完治ではないものの、退院したファベルもマルキウス隊にやって来て、十人隊長ケルフィキウスのテント組に加わった。
忙しい日々の中でオクトーベル月も終わり、暦はノウェンベル月に変わった。本格的な冬の到来が、そこまで迫っている。


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