百人隊長物語入口 >トップメニュー >ネット小説 >百人隊長物語 >現ページ


第一部:第四章 第Ⅳ軍団マケドニカ

32.フリウスの災難

基地に戻った休息日の夕方、ファビウスとクロディウスは、「厩舎の馬でも見に行くかぁ~!」と言う事で、基地内を散歩することにした。散歩の途中で、ファビウスが言った。
「ん?あれ、何だ?」
ファビウスが指さす方を見ると、兵舎と兵舎の間の狭い通路に、一人の軍団兵が蹲(うず)くまっている。暗がりでクロディウスは気がつかなかったが、ファビウスは一早くそれを見つけた。二人は、蹲っている軍団兵に近づいた。
「大丈夫か?」
と、ファビウスが言った。次の瞬間、クロディウスはそれが誰であるかに気がついた。
「フリウス!」
ファビウスは、クロディウスの顔を見て言った。
「知り合いか?」
「同期の、旅の仲間です!口から、血が出てるぞ!目も腫れてる!」
ファビウスが、彼の腕や脚を見るとひどい傷と痣だった。
「誰がこんなひどい事を!立てるか?」
フリウスは、口の中が切れていて、しゃべりにくいようだった。
「うう・・・。」
「これは酷い!すぐに病院に連れて行こう!」
二人は、フリウスを両脇で抱えて、軍団の病院に運び込んだ。

医師の診察は、すぐに行われた。
「打撲や擦過傷はともかく、肋骨が折れているようですね。しばらく安静が必要です。」
クロディウスは、フリウスに言った。
「何があったんだ?誰にやられた?」
フリウスは、意識が朦朧としているようだった。
「テント組の先輩ら3人に・・・蹴られたり殴られたり。格闘訓練だと言われて・・・。」
「こんなの、単なるリンチじゃないか!どうしてこんな目に!」
と、怒るクロディウス。フリウスは、口内が切れて痛いのだろう。その痛みに耐えながら、打ち明けた。
「・・・3人に、ずっと金を脅し取られてたんだ・・・でも、もう軍団預金も底を尽きかけてたし、テント組のドミティウス十人隊長に相談したんだ・・・そしたら3人に『告げ口したろ!』と言われて・・・いきなり殴られたり、蹴られたり・・・。」
ファビウスも怒って言った。
「ひでえ、話だな!赦せねえ!」
クロディウスは、フリウスに言った。
「フリウス、後のことは心配するな!俺が、何とかするから!今は、ゆっくり休め!」
そう言って、フリウスを安心させた。
治療は医者に任せて、2人は病院から出て兵舎に向かった。
「フリウスにああは言ったものの、どうすれば良いのでしょう、ファビウスさん。」
「まずは、カッシウス隊長に相談してみるしかないな。」

宿舎に戻ると、ファビウスは十人隊長のカッシウスに相談したい旨を伝える。
「皆に聞かれて困る個人的な話なら外で話すが、そうでなければ、ここで話したい。できるだけ、このテント組での隠し事はしたくないんだ。みんな家族同然だからな。」
テント組の先輩達も頷いて、ファビウスとクロディウスに注目している。
「いえ、困ると言う事はありません。むしろ、先輩方にも聞いて欲しいです。それで良いな、クロディウス。」
「はい、構いません。」
ファビウスは、皆にティトゥス百人隊の新兵フリウス・ファベルの身に起こった、理不尽な暴力と大怪我の顛末について語った。それを聞いた烏のユリウスが、最初に言った。
「ひどい話だ。十人隊長のドミティウス・クレメンスは、私と同期で24歳だが、昔から金に汚い奴だった。今では、テント組の隊員から裏金を受け取って、隊員の仕事の割り振りを変えているらしい。奴は自分の不利益にならないなら、隊員たちが何をしようが気にも留めない。」
クロディウスは、傷だらけのフリウスを思い出し、はらわたが煮えくり返っている。
「何故ティトゥス百人隊長は、そんな不正行為をずっと見逃しているのでしょう?」
それには、野犴のアントニウスが答えた。
「根の深い問題だな。ティトゥス・サトゥルニヌスは、確かに肩書き上は百人隊長だが、まだ28歳なんだ。軍団生活も、僅か3年目。叩き上げのマルキウス隊長とは、全く違うんだよ。
普通は百人隊長になるには、連絡士官や副隊長や旗手の経験を積んでからなるので、15年から20年はかかるもんだ。だがティトゥスの家は有名な大金持ちの騎士階級で、元老院議員にも顔が効く。相当な袖の下を上級士官に送って、たった2年目で百人隊長に任官されたらしい。所謂、現場を経験しない、直接任官てやつだ。」
クロディウスが言った。
「そんな事ってあるんですか?」
アントニウスは続けて答えた。
「それがあるんだよ、たまに。百人隊は軍団の背骨だから、ローマ軍は実力のない者を百人隊長に任官したりはしない、普通はね。そんな事をすれば軍団が弱くなるし、混乱が生じるからな。だけど軍団の上級士官は貴族出の任官がほとんどだから、騎士階級の見返りを当てにして、不公正をやってしまう事が多々あるんだ。ティトゥスは、そうやって任官されたんだよ。」
「くそ野郎さ!」
と、禿鷹のドミティウスが口を挟む。アントニウスは、更に続けた。
「ティトゥスは現場を知らないし、ろくに軍団の訓練も受けていないから、隊員達から信頼されていないし、隊員達を正しく仕切る事もできないでいる。
仕切れないから、百人隊長の権限で頭ごなしに命令をするんだけど、それでますます隊員から嫌われてしまった。ティトゥスの百人隊は、分解寸前なのさ。で、結局、実力のある古参の隊員には逆らえなくなっているんだ。だから、新兵の1人や2人がリンチにあっても、訓練上の事故として処理してしまうだろう。間違いなくね。」
血の気の多い格闘の達人、穴熊のフラウィスが言う。
「それは酷い話だな!俺の友人がそんな目にあったら、絶対に我慢できない!この俺が、その3人を絞めてやろうか?」
カッシウスが、その話を遮る。
「実際問題として、隊同士の喧嘩や揉め事は軍則で厳禁だからな。マルキウス隊長は、管理責任を問われて厳罰に処されるし、連帯責任で隊の全員も処罰される。」
ファビウスは言った。
「それでは、どうしようも無いと言う事ですか?」
カッシウスは答えた。
「いや、それではクロディウスが仲間を見捨てることになる。それは、我々の不名誉でもある。ここは皆で根性据えて、マルキウス隊長に相談することにしないか? マルキウス隊長は、第5席のハスタートゥス・プリオルだが、第1戦列歩兵隊の他の百人隊長からも信頼されているし、第2戦列や第3戦列歩兵隊の百人隊長からも一目置かれている。なんせ、あだ名が「雄牛」だからな。
それにティトゥスよりは上位百人隊長だし、何より経験が圧倒的に違う。マルキウス隊長ならば、上手く解決してくれると私は信じる。もし今よりも更に問題がもっと抉れたら、それこそ我らテント組の連帯責任となるが、仲間の友人を見捨てるよりましだと思わないか?」
カッシウスの言葉を聞いた紅鶴のユリウスが言った。
「マルキウス隊長に相談するのに賛成です!」
一同も賛同した。結果、カッシウス自らマルキウス隊長に相談する事になった。
クロディウスは、感謝した。まだ、このテント組に入ったばかりの自分の、良く知らぬその友人のために、ここまで親身になってくれる十人隊長と先輩達に。

その夜、百人隊長の部屋に、隊長のマルキウスと副隊長のウァレリウスと旗手のロンギヌスの三人、そしてテント組の十人隊長カッシウスとクロディウスの2人の計5人が集まった。
カッシウスは、フリウスに関する全ての説明をした。マルキウスは、その言葉にしっかりと耳を傾けた上で言った。
「クロディウスよ。」
クロディウスは、緊張の面持ちで返答した。
「はい、マルキウス百人隊長殿!」
「そのフリウスは、お前がローマからの長旅の時に、怪我や高熱の時に助けた仲間だったな?肩を貸したり、代わりに荷物を持ってやったと記憶している。」
クロディウスは、驚いた。マルキウス隊長が、数ヶ月前のそんな小事まで覚えているとは。
「はい!フリウスは、私の大事な仲間です!」
マルキウスは一呼吸おいてから、クロディウスの目を見て言った。
「お前の仲間を思う気持ちは、良く分かった。軍団において最も大切なものは、その信頼関係だ。お互いの信頼関係が無ければ、戦場では優れた武器も技術も役には立たない。だから、お前のその仲間を思う気持ちに応えてやりたいと思う。
しかし、他の隊の事に口出しする権限は私には無い。もし軍団の裁判に訴えれば、双方の隊とも無傷では済まないし、隊と隊の間に禍根が残る。そうならぬように、私は裏で穏便に解決したいと思う。それで良いかな?」
「はい、それで構いません!お願いいたします!」
と、クロディウスは答えた。
「よし、では2人とも下がって良い。」
こうして、十人隊長のカッシウスと新人のクロディウスは退席した。2人が部屋を去った後も、マルキウスとウァレリウスとロンギヌスの3人の会議が、夜遅くまで行われた。


→次のエピソードへ進む