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第一部:第四章 第Ⅳ軍団マケドニカ
31.ローマ軍団の栄光
前を歩くファビウス。その後ろを、パンがたくさん詰まった大きな袋を抱えて歩くクロディウス。カナバエを出てから、2人は北へ向かっている。何故、北?クロディウスは、疑問に思って尋ねた。
「今日は、タッラコの町や港に行くんじゃないですか?」
「まあ、町や海はすぐそこだし、いつでも行けるから。今日は、もっと凄いもんを見せてやるよ。」
そんな訳で、2人はパンをかじりながら北へと歩いた。 10分も歩くと、森の中に入った。道があるわけではないが、ファビウスは慣れているようで迷わずに進んでいく。クロディウスが、再び質問する。
「道が無いですけど、分かるんですか?」
「俺な、実は山育ちでね。親父は猟師なんだよ。よく親父にくっついて山や森に行って、色んな事を教わった。森の中でも、太陽の方向とか星の位置とか見ればだいたい方向分かるし、山で迷った場合の対処方法も教わった。
あと、水の見つけ方や、食べて良いキノコ、食べちゃいけないキノコとか。いざと言う時に、薬になる草木も多少は覚えた。近くに狼や熊がいるかどうかの判断なんかもね、親父に教わった。まあ、クロクマが学んだギリシャ語やラテン語の本代わりってとこだな。大自然が、俺の教科書って訳さ。」
「そうなんですか!ぜひ、僕にも教えてください!」
と感心するクロディウス。彼は都会のローマ暮らしだったので、山や森の事はさっぱり分からない。山の中に一人残されたら、遭難必至である。ファビウスが答えた。
「まあ、それは、おいおいな。」
平地が終わり、斜面に変わった。二人は、その緩斜面を登り始める。山と言うより、小高い丘である。歩いている内に、二人ともパンを1個ずつ食べ終わった。クロディウスは、念のため言ってみる。
「ファビウスさん、もう一個食べます?」
「もう、いいよ!このパン、デカすぎだよ!パンに口の中の水分、全部持っていかれて、パッサパサだよ。ちょっと休憩して、水飲もう。」
二人は立ち止まって、革袋の水筒から水を飲んだ。ファビウスが言う。
「お昼は、カナバエでなんか美味いもん食べようかと思ってたけど、こうお腹いっぱいじゃ、食えないかもな・・・。」
「すみません。」
とクロディウス。
「いや、焼き立てのパンは美味かったぜ!ありがとな。」
とファビウス。
一休みすると、二人は再び歩き始めた。背の高い木が少ないので、森の中にも関わらず意外と明るい。タッラコの町から、既に2ローママイルぐらいは歩いただろうか?軍団での厳しい訓練に比べたら、二人にはお散歩程度にしか感じられない距離と斜面である。
「もうすぐだよ。残り一ローママイルも無いと思う。」
ファビウスが言う通り、20分もかからずに目的地に着いた。森の木々を抜けた瞬間、クロディウスは感嘆の声を上げた。
「おっ!おおぉ~!!」
「なっ?すげえだろ?」
「何ですか、これ!?」
ファビウスが、自慢げに答える。
「悪魔の水道橋って言うんだ。」
二人は見上げた。丘と丘の間を一本の巨大な石橋が通り、二人はその谷底にいた。上下2段になったアーチの数々が美しい。タッラコ郊外のラス・ファレスの水道橋である。
「こんな凄い橋、誰が作ったんですか!?」
「ローマ軍団兵が作ったんだぜ、昔のな!」
クロディウスは、感激のあまり体が震えていた。ガリア戦記には、ユリウスが軍団兵にライン川に木造の橋を架けさせたことが書いてあった。あれはあれで凄いのだとは思うが、この目で見た訳ではないからその凄さが実感できない。
しかしこの巨大な橋は、今、目の前にある。この橋は石造りで、高さは20パッスース近くありそうだ。長さは、おそらく150パッスースぐらいあるかもしれない。見上げたまま、クロディウスが言った。
「軍団兵が・・・凄い技術ですね・・・。」
「凄いだろ?これだけの橋を、短期間で作ってしまったらしい。あんまりに見事で凄いんで、人間業じゃないって意味で、それで悪魔の水道橋って呼ばれているんだぜ。」
「何のために作ったのですか?」
「10ローママイルも北にある川から、タッラコに水を引くために作ったのさ。水が無きゃ、町が維持できないだろ?」
「僕らも、こんな凄い橋を作れるようになるんでしょうか?」
「なれるよ。軍団専門工兵の技術は、凄いんだぜ!道も作れば、橋も作るし、砦だって築いちまう。今は塹壕掘りと板壁作りしかできないとしても、そのうち何でもできるようになるさ。」
この橋を見ているだけで、飽きることはなかった。ローマでも立派な神殿や橋などの建造物はたくさん見てきたが、この山中にローマ軍団がこんな立派な水道橋を作ったのかと思うと、感慨は一入だった。ファビウスが言う。
「上、行ってみるか?歩けるんだぜ。」
「ぜひ!」
二人は、谷の先の丘の上に登っていった。橋の端に来ると、ファビウスが言った。
「歩いてみな。」
橋の幅は、7ペデース弱といったところ。中央が2ペデースちょっと窪んでいて、水が流れている。平らに見えるのに水が流れている。と言う事は、微かに高低差があると言うことだ。大胆な建造物に見えて、実は綿密な計算の下に作られている。何という、ローマ軍の技術。
クロディウスが、滑らないように流水の中を恐る恐る歩く。
「意外と怖いですね。」
「軍団兵が、何、弱気なこと言ってるんだ。まあ、確かに落ちたら即死だな。」
二人は、無事反対岸へ渡り切った。橋を渡り切った丘の上から、タッラコの基地とカナバエとタッラコの町が見下ろせた。その向こうに、美しく輝くバレアス海が広がっている。
「素晴らしい眺めですね!」
「だろ?俺のお気に入りの場所なんだ。来年、後輩が入ってきたら、お前もこの景色を見せてやんな。」
「はい!」
この風景を、後輩だけでなくローマの家族にも、いつか見せてやりたいと思うクロディウスだった。
クロディウスは、思った。ここから見るタッラコの町は、とても小さい。しかしタッラコの町も、他のローマ都市と同じように、いつか数ローママイルもの城壁が築かれ、円形闘技場も建てられ、立派な都市に成長していくのだろう。ローマ軍団が、ここに素晴らしい水道橋を作ったように。
丘を下ったファビウスとクロディウスは、カナバエに戻りバルネアで入浴した。公衆浴場のバルネアは、軍団基地の大浴場のテルマエとは違って小さな浴場だが、新兵でも時間を気にせずゆっくりと入浴を楽しむことができた。入浴中の先輩軍団兵の姿も、ちらほら見える。きっといつかこのカナバエかタッラコの町にも、立派なテルマエができるのだろう、とクロディウスは思った。
入浴を済ませると、ようやくお腹が減ってきた2人は、カナバエで評判の料理店に入った。そこで遅めの昼食を取り、夕方前には基地内に戻った。
結局その日にクロディウスが使ったお金は、2デナリウスと1セステリティウスで、3セステリティウスも余った。クロディウスは、贅沢ができない性分だったのである。
しかも、余った6個のパンは全部、部屋の6人の先輩にプレゼントした。その中の1人、お洒落先輩の紅鶴ことユリウス・デクリウスが、パンを受け取ってキョトンとしていた。
「何故に、パン?」
その様子を見ていたファビウスは、笑いを噛み殺していた。
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