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第一部:第四章 第Ⅳ軍団マケドニカ

28.軍団の仕事

翌日から、クロディウスの軍団兵としての本格的な生活が始まった。軍団兵には、交替で様々な仕事の分担が割り当てられる。浴場や便所の清掃、基地内の大通りや下水溝の清掃、厩舎の清掃や一部の家畜の世話、倉庫内の整理と道具の点検、門の警備、武器庫の警備、要塞司令部の警備、塔での監視、街道のパトロールなど、日々多忙であった。特に警備や監視の勤務は厳しい軍則があり、居眠りが判明した時は厳罰に処されるので気が抜けない。そして、これらの勤務の割り当ての無い日は、教練に費やされるのである。
クロディウスも、日々これらの仕事をこなして少しずつ慣れて行った。ヌム親方の工房で様々な下働きをしていたので、道具の点検や整備、また工房では作業部屋から便所に至るまで掃除も当たり前の生活を送っていたので、他の同期兵達よりも素早くかつ上手に適応した。鍛冶見習いとして手先が器用なこともあり、種々の仕事の覚えも早かった。これで、またテント組の先輩達からの評判が上がった。特に一番喜んだのが、クロディウスと共に一番きつい仕事を担当させられる、若い19歳のファビウスである。

テント組生活が1週間も経った頃の夜、テルマエから兵舎への帰路で、久々にアントニウスと話ができた。アントニウスが言う。
「よう、久しぶり。同じ百人隊なのに、忙しすぎてなかなか話す機会がないよな。」
「そうだね。」
と答えるクロディウス。
「お前のテント組の方は、どうだい?」
と聞くアントニウス。クロディウスは答える。
「カッシウス隊長も先輩達も、良い人だよ。皆、個性的ではあるけれど。そっちはどう?」
今度は、アントニウスが答える。
「何とかやっているが、面倒なきつい仕事は、全部俺に回される!騎士階級の俺に、汚い便所掃除させるとか、臭い下水掃除させるとか、マジありえん!」
クロディウスは、内心は「新人なのだから当たり前じゃないか。それ先輩にやらせるの?」と思ったが、口には出さなかった。アントニウスは続けて言う。
「先日、フリウスから聞いたんだけど、彼の配属されたティトゥウス百人隊では、付け届けや袖の下で、きつい仕事を免除させてもらえるそうだぜ。金が物を言うらしい。」
「そうなの?」
とクロディウス。
「軍団兵だって、金には目がないって事さ。でな、俺もマルキウス隊長に袖の下を渡して、きつい仕事を免除してもらおうと思っているんだ。」
とアントニウス。
「それ、本気?そもそも、そんな大金持って無いじゃない!」
そうクロディウスが言うと、アントニウスは周囲に聴こえないように小さな声で言った。
「実はな、内緒してきたけど、俺は親父から1,000デナリウス渡されているんだよ!必要があれば、もっと送ってもらえる。」
1,000デナリウス!とんでもない大金だ。軍団兵の給与3年分以上の金額だ。ローマからの旅の途中で、アントニウスが彼に「たかが10デナリウスじゃないか。」と言った事を思い出した。その意味を、今日始めて理解できた気がする。それが、騎士階級の経済力なのだ。
「親父は、たいていの事は金で解決できると教えてくれたし、実際に今まで商売上のトラブルは金で解決してきた。親父は、軍団内の事も金で解決できると考えている。俺もそう思う。」
そこで2人は兵舎に到着し、会話は終わった。

しかし、クロディウスは彼と別れた後もその事を考え、不安に思った。アントニウスが、そんな愚かな事を実行しなければ良いのだけど。クロディウスは17歳と若いが、苦労人としての直感が彼に「そんな事をしてはいけない」と告げていた。
しかし2日後、アントニウスはそんなクロディウスの心配をよそに、マルキウス隊長の部屋のドアをノックしたのだった。 翌日から、アントニウスは辛い仕事をする事はなくなった。しかし、代わりに彼を待っていたのは、もっと辛い兵舎での謹慎処分であった。


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