百人隊長物語入口 >トップメニュー >ネット小説 >百人隊長物語 >現ページ


第一部:第四章 第Ⅳ軍団マケドニカ

27.テント組の8人

その後、部屋ごとに夕飯の支度となった。クロディウスの調理の手際が良く、しかも率先して手伝ったので、先輩隊員のこの新人に対する評価は、早速高まった。
先輩達が炊事場奥の倉庫に収納してあるテーブルを運んできて、部屋の真ん中に設置する。その後クロディウスとファビウスが、炊事場から部屋に料理を運ぶ。
クロディウスが手伝った料理の味は、好評だった。夕飯を食べながら、ファビウスが言う。
「料理の腕、なかなかだな、クロディウス。」
「ありがとうございます、ファビウスさん。」
すると、今度は十人隊長のカッシウスが言った。
「ローマでは、料理の仕事でもしていたのかい?」
「いえ、家の仕事の手伝いや鍛冶工房見習いの仕事をしていました。家が貧しかったもので。」
「ほう。マルキウス隊長から、ギリシャ語やラテン語の読み書きができると聞いていたから、裕福な家の子で、学校に通っていたのかと思ったよ。17歳で、既に色々経験しているんだな。」
「カエサル下でも戦ったことのある百人隊長で、ローマの消防大隊隊長も務めたペトゥロニウスさんと言う方の好意で、色々な学問を教わりました。カエサルのガリア戦記も読みましたし、ギリシャ哲学のプラトンやアリストテレスなんかも読みました。」
部屋の先輩の一人が言った。
「そりゃ、凄いな!軍団兵でも、ラテン語とギリシャ語の両方の読み書きができる奴なんて、そう多くはないぜ。哲学の本なんて、ほとんど誰も読んでいないしな。ファビウスも、うかうかしてらんねえな!」
「勘弁してくださいよ、フラウィスさん!」
そう言うと、また部屋の中に笑い声が響いた。一年先輩のファビウスは、更に先輩のフラウィスから色々と弄られる役割のようだ。今後、その役割は自分が担うのだろうか、とクロディウスは思った。十人隊長のカッシウスが、話題を変えた。
「今日は忙しかったから、まだ各自の自己紹介が済んでいなかったな・・・紹介しよう。改めて、私がカッシウス・プリスクスだ。軍団生活6年目で25歳だ。マルキウス隊長からも説明があったように、この百人隊の連絡士官も兼務している。通称、鳩。元々は戦う伝書鳩で、その略称だ。」
「よろしくお願いいたします、カッシウス隊長。」
その後、隣の先輩兵が言った。
「カッシウス隊長は、ギリシャ語もラテン語も読み書きできるんだよ。それで、連絡士官なんだ。で、私がユリウス・ルフス。私も軍団6年目で、24歳だ。カッシウス隊長が不在の時は、私が代役を務める。ラテン語の読み書きはできるが、今、ギリシャ語を学んでいるところだ。百人隊長を目指すなら、語学力も必要なんでね。通称名は、烏(カラス)。見たまんまだ。何故か、人よりも日焼けしやすい体質でね。」
「よろしくお願いいたします、ユリウスさん。」
次に、ファビウスの弄り役の先輩が言う。
「俺は、フラウィス・フェリックス!22歳で、軍団生活5年目だ。通称名は、穴熊(アナグマ)。素手や短剣での格闘技術はなかなかの腕だと思うよ。肉弾戦では、敵を確実に仕留める。」
「ぜひ、格闘の訓練のご指導よろしくお願いいたします、フラウィスさん。」
「私は、アントニウス・クレメンス。軍団4年目で、22歳。得意なのは、剣術だ。通称名は、野犴(やかん=ジャッカル)。今度、剣術みっちり教えてやるよ。」
「ありがとうございます、アントニウスさん。よろしくお願いいたします!」
「僕は、ドミティウス・ゲルマヌス。3年目の、21歳だ。通称名は、禿鷹。得意なのは・・・そうだな、弓だ。何故か、よく的に当たるんだな、これが。まあ、弓が上手くても歩兵隊ではたいして活躍の場は無いけど、サソリやバリエスタでは役に立つと思うよ。」
「私は、訓練ではあんまり当たりませんでした、ドミティウスさん!」
再び一同が笑った。
「私は、ユリウス・デクリウス。20歳で、3年目だ。通称、紅鶴(フラミンゴ)。ラテン語やギリシャ語の読み書きは苦手だから、教えてくれな!そしたら、代わりにお洒落の仕方を教えてやる!」
「ありがとうございます、ローマではお洒落の余裕なんて無かったので、よろしくお願いいたします、ユリウスさん!」
そして、最後の紹介がファビウスだった。
「改めて自己紹介するけど、俺はファビウス・アウソ、2年目の19歳。君の1年先輩で、2歳年上だ。通称名は、梟。」
「よろしくお願いいたします、ファビウスさん。なぜ、梟なんですか?」
梟のファビウスは答えた。
「それは、先輩たちに聞いてくれ!」
すると、三度目の笑いが起こった。ファビウスは、このチームのムードメーカーでもあるようだ。クロディウスには、先ほどから引っかかっていた疑問をぶつける事にした。
「一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「分からない事は、今のうちにどんどん聞いておくと良い。先輩になってから、後輩に答えられないと恥ずかしいからな。」
カッシウスがそう言うと、安心してクロディウスは質問した。
「何故、みんな通称名って言うか、あだ名があるのですか?」
カッシウスが答えた。
「軍団兵って、同じ名前が多いんだよ。例えば、この部屋にもユリウスが2人もいるだろ?で、この百人隊だけでも、7人もユリウスがいるんだ。実際、第Ⅳ軍団内はユリウスだらけだよ。あっちにユリウス、こっちにユリウス。」
そこで、一同がまた笑った。
「アントニウスもそう。軍団は、アントニウスだらけ。この百人隊には、既に3人のアントニウスがいるが、今日また1人増えた。ドミティウスとか、フラウィスとか他にも、とにかく軍団内は、同じ名前だらけなんだよ。
そうなると、実戦の指示の際に混乱するだろ?識別するのに家族名や士族名まで呼ばなければいけなくなる。『おい、ドミティウス・ゲルマヌスにアントニウス・クレメンス!』って言うより、『おい、禿鷹!野犴!』の方が早いだろ?」
「なるほど!」
と、クロディウスは納得した。一年先輩のファビウスが言う。
「クロディウスは、あだ名、あるのかい?」
クロディウスは、少し考えてから答えた。
「そう言えば一時期、『熊を背負う男』って呼ばれていました。」
「ほう?何で?」とファビウス。
「ローマからここへの行軍の際、体調不良の仲間の背嚢も背負ったら、二つの背嚢のせいで、背中に熊を背負っているように見えたそうです。」
「なるほどな・・・。じゃあ、クロディウスは今日から『熊』な!」
と、烏のユリウスが言った。また、一同に笑いが起こった。この十人隊は、上下関係はしっかりしているが、相互の信頼感がとても良いように感じられる。熊となったクロディウスは、質問を続けた。
「百人隊長達にも、通称名はあるんですか?」
「もちろん、あるとも。」
と、穴熊のフラウィスが言った。
「マルキウス隊長のあだ名は、怒れる『雄牛』。ウァレリウス副隊長のあだ名は、風に立つ『獅子』。ロンギヌス旗手のあだ名は、森林の『狼』。三人とも凄く強くて、怒らせたら怖いぞ。あっ、間違っても、隊長達はあだ名で呼ぶなよ!全部、士官になる前のあだ名だからな。」
全員が笑う。カッシウスが、言った。
「質問はもう終わりかな、熊のクロディウス?」
クロディウスは迷ったが、もう一つ質問することにした。
「なんで、ここはヒスパニアなのに、この第Ⅳ軍団はヒスパーナじゃなくて、マケドニカなのですか?」
カッシウスが答えた。
「なるほど、面白い質問だ。この第Ⅳ軍団はユリウス・カエサルが作った軍団で、カエサルと共にポンペイウスを破ったことあるも栄誉ある軍団なんだ。戦役後は、マケドニアに駐留していたから、マケドニカと呼ばれたって訳だ。
ちなみにヒスパニア人で作った第Ⅸ軍団ヒスパーナは、確かパンノニア辺りに駐留しているんじゃなかったかな?マケドニカはヒスパニアに、ヒスパーナはパンノニアに。」
一同が笑い、ファビウスが言う。
「確かに、名前と配属地が全く合ってないすね!まだ質問ある?」
クロディウスは答えた。
「実は、もう一つ前から気になっていたことがあるんですけど・・・。」
梟のファビウスが、それに反応する。
まだ、あるんかい!質問、多いな!」
即座に、穴熊のフラウィスが突っ込む。
「そう言うファビウスも、昨年来たばかりの頃は、質問だらけだったぞ。」
「えっ、そうでしたっけ?」
再びの笑い声の後、フラウィスが言う。
「で、質問って何だい?」
「何故、ローマ軍団の百人隊は、何故百人じゃなくて80人なのですか?」
「突飛容姿もない質問だな。考えたこともない。」
フラウィスに代わって、カッシウスが答えた。
「知らないかもしれないが、そもそも共和政時代のローマ軍団の百人隊は60人だったんだよ。それまでは、ローマ市民には兵役の義務があったんだ。まあ、百年も前の話しだけどね。執政官マリウスの頃に、軍団の編成方法ががらりと変わったんだ」。
カッシウスには、幅広い学識があるようだった。思い出す風でもなく、普通にすらすらと言葉が出てくる。
「それまでの市民軍団兵から、職業軍人軍団兵に変わったんだよ。我々のように、給料をもらう軍団兵にね。それだけでなく、60人だった百人隊は80人になったんだ。
きっと共和政の頃のローマ人は、60までしか数えられなかったんだな。で、今の政治体制になって、ローマ人も80まで数えられるようになったんだろう。将来、政治体制がもっと変わったら、きっといつかローマ人も100まで数えられるようになるんじゃないか?」
このカッシウスの説明には、さらに大きな笑い声が起こった。この鳩と呼ばれる十人隊長は、ユーモアのセンスもあるようだ。そして、笑い声の中で夕飯を終えた。
夕飯の片付けを終えると、その後は入浴や各自の余暇時間となった。若い1番戦列歩兵隊の入浴時間は、先輩ベテラン兵の後。入浴順番は、最後である。しかし、新兵訓練の時よりは、早い時間に入浴することができた。
クロディウスは、入浴までの余暇の時間を利用して、書き物をする事にした。新兵訓練時には、時間的にも心理的にも余裕が無かったのだが、ようやく羊皮紙とペンとインクを取り出すことができた。先日の休息日に、物品担当者を通じて購入しておいた筆記具である。彼が羊皮紙に書き始めると、紅鶴の方のユリウスと梟のファビウスが興味深そうにやって来た。
「何を書いているんだい?」
ユリウスの問いに、クロディウスは答えた。
「今日聞いた先輩方の名前や通称名とか、得意な事とか書き留めておこうと思って。色々多すぎて、一遍には覚えられないので・・・。」
「真面目か!」
とファビウスは突っ込んだ。
「しかし、まあ、上手く書くものだな。俺も、書き方教わっても良いかな?」
とユリウスが言うと、ファビウスも言った。
「俺も習いたいな。」
「喜んでお教えいたします、ユリウスさん、ファビウスさん!羊皮紙も多めに買ってありますし。」
こうして、クロディウスによる夜間語学講座が開始された。その後、入浴して就寝し、テント組配属の第一日目が終わった。


→次のエピソードへ進む