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第一部:第三章 新兵達の訓練

24.再びの行軍

翌朝、ピカピカに磨かれた兜と甲冑を身に纏い、背嚢を背負い、革袋に入れた盾とピールムと長槍を肩に担いだ新兵達が、整然と整列している。それは、正に軍団兵そのものだった。ウェトゥリウス教官と副教官を先頭に、新兵の部隊は基地を出発した。90人の背後に、6人に牽かれた6頭の驢馬と荷馬車が続き、更にしんがりを努める副教官一人が続く。

正規軍装に加えて、背嚢や盾や槍の重さも加わり、行軍は辛いものとなった。尤もこの軍団の訓練で、辛くないもなど過去に一つとして無かったが。クロディウスは、かつての長旅を共にしてくれた百人隊長の、最後の言葉を思い出していた。

「訓練が始まると、諸君らは知るであろう。この1ヶ月間の行軍が天国に思えるほど、軍団の訓練が厳しいことを。」

確かにその通りである。あの1ヶ月に及ぶ長旅の行軍は、当時は体力の限界を超えたと思われるほど辛かった。しかし、その後の訓練の日々はもっと辛いものであった。そして今は、あの長旅の時よりも遥かに重い荷物を持って行軍しているのである。気になったのは、肩の痛みだった。歩く度に鉄製の甲冑が肩に擦れて、なおかつ背嚢や盾や槍の重みが加わっているので、肩の痛みが尋常でないのである。昼食休憩時に聞くと、皆も同じ意見であった。
そこで痛みを軽減するために、背嚢から厚めの短衣をもう一着取り出して重ね着する事にした。これは良いアイディアで、午後の行軍は少々ではあるが楽になった。

1日目の行軍距離は、30ローママイルだった。しかし、それで終わりではない。宿に泊まる訳ではないのだ。目的地に到着するや否や、陣営の設営を始める。驢馬から設営資材を降ろし、壁を立て、塹壕を掘り、百合を作る。それらを全て2時間以内に成し終えた。その後、新兵達はすぐさま自分達のテントを陣営内に設営し、テント内に寝所をしつらえた。
その夜と朝の分の食材がテント毎に配られ、彼らは調理を始める。今回も、教官達の食事はクロディウス達が担当する事となった。味は、あの夜よりも進化しているはずだ。調理を終えた料理を、教官達の所へ運んでいく。今回の料理に対する教官達の評価は、どうだろうか? ウェトゥリウス教官は、彼らの作った料理を口にして言った。
「うむ、ご苦労。下がって良い。」
クロディウス達は、ほっとした。不味くはなかったようだ。そう言えば、今日は教官達に一度も怒鳴られていなかった。自分達は、上手くやれているのだろうか?
彼らも自分のテントに戻って、食事をした。その日は風呂に入る事ができないので、濡らした布で体を拭いて、無駄口を叩くこともなく早々に寝た。

翌日の朝食後、新兵達は迅速にテントを畳み、陣営を解体し、穴を埋め、資材や円匙やテントを荷車に積み、驢馬と共に出発した。
2日目は、険しい山越えとなり18ローママイル。
3日目は、34ローママイル。
4日目は帰路となり、別ルートで40ローママイル。
5日目は、再び山越えで21ローママイル。 そして6日目は33ローママイル移動し、着いた場所はなんと、連日、陣営構築訓練を行った基地の目と鼻の先の、あの草原だった。

陣営構築を終えると、ウェトゥリウス教官は、いつもの食材に加えて、あの夜のようにチーズと葡萄酒を全員に振る舞い、加えて干し無花果も配った。
ウェトゥリウス教官は、珍しく食事前に訓示を行った。
「諸君らは、2ヶ月半に及ぶ厳しい訓練に、1人の脱落者も出さず良く耐えた。しかし軍団に配属されてからも、諸君らの教練はずっと続く。そして、実戦は訓練以上にもっと辛いであろう。これまでに、身をもって学んだ訓練を忘れてはならない!」
教官は、一同をゆっくり見回した。そこには、ローマから到着したばかりの頃の、細くて弱々しいひよっ子の姿はもはや無い。そこにいたのは、厳しい訓練を乗り越えて体も腕も脚も太くなった、焚火の灯に照らされる頼もしい軍団兵の一団だった。
「今宵、私は諸君らを立派なローマ市民と認め、軍団兵の一員と認める。明日タッラコの基地に戻ったら、諸君らは各隊に配属される。諸君らの上に、ローマの神々のご加護があらんことを!乾杯!」
一同も叫んだ。
「乾杯!」
その夜は、無礼講となった。

翌日の朝食後、新兵達は陣営を畳んで基地に戻った。基地の広場に整列する新兵96人に向かって、ウェトゥリウス教官が言った。
「これにて、新兵訓練を終了とする。以上、解散!」
あまりに素っ気ない一言で、新兵達の訓練は終了した。


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