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第一部:第三章 新兵達の訓練

23.軍団の装備

翌朝から、また厳しい戦闘訓練が開始された。来る日も来る日も、型の練習や打ち込み、対戦を行う。新兵達も、ようやく木刀や盾をそれなりに使いこなせるようになってきた。切り、突き、流しの型も様になってきた。
連日、木刀と盾による戦闘訓練は続いたが、それに新たな武器の訓練も開始された。まずは、ピールムと呼ばれる投げ槍。的に向かって、いかに正確に投げられるかを競う。投げ槍だけでなく、長槍の練習ももちろん行った。
また、弓などの使い方も教わった。軍団歩兵は弓兵ではないので、実際にそれらの投擲武器を使う事はないが、いざという時には使えるようにしておくためだ。
ピールム、槍、投石器、弓・・・覚えて身に付けるべき事は山ほどあった。新兵達は、連日それらの特訓を行った。
各人が携行する小型の武器だけではなく、集団で扱う大型の兵器の授業もあった。サソリと言われる軽量投射機、バリエスタと呼ばれる二連発式の投射機、オナゲルと呼ばれるカタパルト投石器、破城槌と呼ばれる攻城機械等々、様々な兵器の扱い方を学んだ。
基地郊外にて、オナゲルの実演を見せられた新兵達は、その破壊力の大きさに度肝を抜かれた。カタパルトから発射された巨石の破壊力は凄まじく、鎧も兜も一切役立たないことは明らかである。どんな巨漢の兵士でも、直撃を受ければ50パッスース以上吹き飛んで、ペシャンコかバラバラになるのは必至。
武器を持たぬ白兵戦の戦闘訓練も開始された。槍や剣を失った接近戦で、身一つで戦う肉弾戦の訓練である。投げ技、締め技、蹴りや突きなど、実戦を想定して、連日訓練が行われた。防具は付けていたものの、誰もが体中が痣だらけになっていた。全員が、手の指から足先まで体中、満身創痍である。

そして、遂に木刀でなく、新兵達に本物の剣と短剣が手渡された。ウェトゥリウス教官が言う。
「これは本物のマインツ剣とプーギオー(※短剣)だ!各々、鞘から抜いて、手に取ってみよ!」
クロディウスは、鞘から出した剣を握ってみた。柄は動物の骨で出来ていて、握りやすい形状に加工されていた。鍔と柄頭は木製で、手に持ったバランスがとても良い。木刀よりもかなり軽く、より楽に振り回せる。マインツ剣を鞘に戻し、今度はプーギオーを抜いた。予備の短剣である。これもよく出来ている。鍛冶屋の見習いのクロディウスは数々の刃物を見てきたので、この剣の良さは分かる。流石、ローマ軍に採用されるだけの剣である、と彼は思った。ウェトゥリウス教官は、続けた。
「良く聴け!これらは木刀と違う!使い方を誤れば、それは即、仲間の大怪我や死につながる!剣の取り扱いについては、教官の言う事に絶対従え!」
「はい、教官殿!」
副教官は、マインツ剣やプーギオーの取り扱い方法やメンテナンス方法を厳しく教えた。その夜から、新兵達は夕食と入浴の合間に、自分の物となった大事な2本の剣をピカピカに磨いたり研いだりするのが日課となった。

このような戦闘や兵器を扱う訓練は、1ヶ月以上続いた。最初の訓練を開始してから2ヶ月、ローマを出発してからは3ヶ月が経過していた。月もオクトーベル月に代わり、秋が近づいている。

オクトーベル月の第5日目の朝、整列する新兵達の前に、荷車12台が並べられた。そこには、新品の兜、甲冑、盾、軍靴が積まれていた。1台につき軍装品1式8名分ずつである。ウェトゥリウス教官が、いつもの大声で告げる。
「今日は、諸君に軍団兵の装備品を授与する!兜と甲冑と盾と軍靴だ。着用せよ!」
「はい、教官殿!」
新兵達は、喜び勇んで荷車に駆け寄った。それぞれ自分の軍装品を確保し、着用し始めた。自分で装備が難しい背中のバックル留めは、仲間に手伝ってもらう。
クロディウスは、組み立て式の甲冑を懐かしく思った。ヌム親方の工房が、組み立て式甲冑の修理を請け負っていたので、クロディウスも頻繁にその補修を手伝っていたからである。この新兵達の中では、間違いなく彼が最もこの甲冑に詳しいだろう。 兜は、木刀訓練時に被っていた旧式のモンテフォルティーノ型兜ではなく、新型のコールス型兜だった。これも、ヌム工房でよく見た兜である。
盾は、第Ⅳ軍団の文様が入った美しい方形盾だった。表面は、朱色の上に白い4つの羽や黄色い2つの角などの文様で彩られていた。中央部は鉄で、縁は真鍮で補強され、裏表共に薄い革が貼られていた。裏には、水平の握りが取り付けられている。これだけしっかり作られているのに、訓練で使用した柳製の楕円盾よりも軽かった。行軍の際に持ち運ぶ、盾収納用の革袋も一緒に支給された。
カリガと呼ばれる軍靴は、今までの訓練用に支給された簡易な軍靴とは違った。足の裏に鋲が打ってあり、土の地面もしっかりと捉える。軍靴の底、中敷き、上部はそれぞれ革の紐で、しっかりと足に固定される。このような履物がローマを出発する時にあったら、旅がどんなにか楽だったろうかとクロディウスは思う。
ウェトゥリウス教官が言う。
「本日から、全装備を着用の上、訓練を行う!」
「はい、教官殿!」

その日の訓練は、正規の盾を使用した行進訓練が行われる事となった。副教官が、説明を行う。
「本日は、テストゥードー(※亀甲隊形)行進を行う!盾で頭上、前方、左右を防御し前進する。これは攻城時に、城壁の上からの投石や矢に有効な防御方法である!」
副教官は、96名を24名ずつの4分隊に分けた。
分隊の前方の6名が盾を前方に構え、その後方3列の左右3名ずつが、やや内側に入って横に盾を構える。その内側の12名が、盾を上に向けて頭上を防護する。こうして24個の盾で、24名をすっぽりと覆うのである。亀のような防御方法なので亀甲隊形と呼ばれた。
4つの亀達が、前に進む。さんざん行進訓練をしてきた新兵達であったが、初めて身に付けた新品の軍装のせいか、初めての隊形のせいか、どの分隊も次第に間隔が空いたりして、きちんと整わなかった。教官達の檄が飛ぶ。
「隙間が空いたら、矢を射られるぞ!間を空けるな!」
何度も亀甲隊形訓練は、繰り返された。昼食を挟んで、午後もそれは繰り返された。既に2ヶ月も訓練を続けている新兵達だったので、当初よりは飲み込みも早くなっている。午後半ばには、亀甲隊形も揃うようになってきた。
例のごとく、この特訓も新兵達の身に沁み込むまで3日間連続で行われた。

3日目の訓練が終わったのち、ウェトゥリウス教官が皆に告げた。
「明日より、また楽しいピクニックとキャンプだ!今回は、正式軍装着用の上、1週間の基地外行軍を行う。テント生活となるので、部屋毎に炊事用具や必需品を携行すること。各自、必要な品は背嚢に入れて持参せよ。食材は軍団で用意する。テントや陣営構築用資材は、荷車に載せ、6頭の驢馬に牽かせる。良いな!」
「はい、教官殿!」


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