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第一部:第三章 新兵達の訓練

21.戦闘訓練

アウグストゥス月の最終日、教官は「明日は軍団の給与支払い式」であると新兵達に伝え、「新兵達の訓練は休みとする」ので兵舎の清掃等の業務に充てるよう指示をした。
そして翌日、セプテンブル月の第1日。軍団内は朝から慌ただしく、軍団兵は第一種軍装、つまり軍団の正装で、隊ごとに整列して南門から続々と出て行った。その後、号令や歓声が聴こえた。新兵は、基地から出ることを禁じられていたので、その様子を見ることができない。
清掃を終えた新兵達は、空になった基地内で手持ち無沙汰で、散歩したり寝床で横になったりしている。クロディウスは、久々にフリウスやアントニウスと会った。フリウスが言う。
「軍団の給与支払い式って何なの?」
アントニウスが、それに答えた。
「知らないのか?4ヶ月毎に一度、給与支払い時に行われる閲兵式だよ。戦闘でもない限り、軍団全員が全部揃う事ってなかなか無いだろ?だからこの閲兵式を通して、軍団兵を鼓舞したり、軍団の統一意識感を高めるんだよ。」
「へえ。アントニウスは、そんな事まで知っているんだね。」
と、クロディウスは感心した。
「まあな。次の軍団給与支払い式には、俺達もいよいよ参列だぜ。」
「次の閲兵式は、いつ?」
とフリウスが尋ねると、アントニウスは答えた。
「ヤーヌアーリウス月の第1日だな。4ヶ月後だ。」

軍団給与支払い式の翌日、セプテンブル月の第2日、また通常の新兵訓練に戻る。整列する新兵達の前に、何やら色んな種類の大量の道具が積まれている。ウェトゥリウス教官が、新兵に言う。
「お前達は、これから武器を使用した先頭の訓練を行う!お前たちは、武器の使い方も戦い方も知らない、ひよっ子だ!本物の軍団兵になりたければ、この訓練を乗り越えよ!」
教官の訓示が終わると、副教官が説明を始める。
「そこの体格の良いお前、前に出てここに来い!」
そう言われたのは、アントニウスだった。副教官の前までアントニウスが出ると、副教官は彼に、革製の円盤状の防具を装着し始めた。胸、肩、肘、股間、膝、脛にそれぞれ装着する。
「良いか!これからの戦闘訓練は、大怪我をする可能性がある。骨折はもとより、死に至る場合もある!過去、多くの軍団兵が、訓練で命を落としている。真剣に注意を聴き、気を緩めることなく訓練を行うように!」
「はい、教官殿!」
その後、アントニウスはと柳で作られた楕円形の盾と木刀を持たされた。そして、頭だけは、旧式ではあるが鉄製の兜を被らされた。
「これらは、本物の剣や盾ではない!しかしこれが扱えないようでは、本物を扱うことなどままならぬ!これから、盾の持ち方と木刀の持ち方を教える。よく見ておけ!」
副教官も右手に木刀を持ち、その握り方、特に木刀を持つ位置や指の配置をよく見せた。
「この通り持ってみよ!」
アントニウスは、副教官の言う通りに木刀を握る。
「よし、次は盾の持ち方だ。敵との戦闘の間、盾は左腕だけで支えねばならない。手だけで支え、敵の強烈な攻撃を受けるのは無理だ。このように、腕全体で盾を支える!」
彼は、左腕を柳の盾の裏側のバンドに通して、その先の木製の握りを手で掴んだ。
「この通り、持ってみよ!」
アントニウスは、盾も副教官が言う通りに左腕で盾を支えた。
「よし、列に戻れ。」
彼は、新兵の列に戻った。
「では、全員防具を装着して、木刀と盾を持て。一人で装着困難な防具は、お互いに協力せよ。防具に緩みがあってはならない。怪我の元だ!」
全員が、荷車に積んである木刀と防具と盾と兜を取りに行く。そして、防具を身に付け、肩や肘など自分で装着が難しい部分の防具は、お互い協力して身に付けた。最後に兜を被った後、盾を持って、木刀を構える。
クロディウスは、木刀の重さに驚いた。ずっしりと重い。こんな物を自由に正確に振り回せるとは、とても思えない。この木刀の一振りが、兜を被っていない頭部を直撃したら即死だろう。副教官が、命じる。
「全員向き合え!そして、盾を頭の上に構えよ!」
全員がそうした。
「次に木刀を振り上げよ!」
全員がそうした。
「その木刀を、そっと盾の上に振り下ろしてみよ!」
全員がそうした。木刀が盾に当たる鈍い音が、周囲に響き渡たった。クロディウスは、その衝撃にも驚いた。ただそっと振り下ろしただけなのに、その木刀の衝撃は、盾越しにも関わらず、腕の骨の髄にまで響いた。副隊長は、説明する。
「これで、木刀の衝撃の威力が分かったと思う。木刀を正確に操れなければ、味方や自分を危険に晒す。ましてや、本物の剣なら尚更である!また、本物の戦闘では、敵は渾身の力で剣を振り下ろしてくる。盾を使いこなせねば、死は免れない。これから毎日、この木刀と盾を使いこなす訓練を行う。」
「はい、教官殿!」
その日は丸一日、木刀を振るい、盾を構える、その繰り返しの訓練となった。午前中は、耐えていた者達も、午後には腕が上がらなくなり、木刀も盾も上げられなくなった。それでも、教官達の叱咤は続き、訓練は続けられた。陣営設営で腕も鍛えられたはずだったが、木刀を一日中振り続けるのは更に過酷だった。その夜の入浴では、クロディウス達は腕をよく揉み解した。

翌日も、ひたすら木刀を振り、盾を構える訓練が続いた。

3日目に、教官は高さ8ペデースの柱を12本、倉庫から持って来させた。それを広場に倒れないように2ペデース埋めさせ、地上に6ペデースが出るように設置させた。その板の上に、盾を縛り付ける。
「この柱を敵と思い、木刀を振り下ろせ!交替で行う!それ以外の者は、木刀振りと盾防御の練習を続けよ!」
「はい、教官!」
その日は終日、新兵達は交替で木の柱の盾に向かって木刀を打ち込み続けた。

4日目も、柱への打ち込み練習が続けられた。

5日目には、2名1組での対戦訓練が始まった。お互い相対して、相手の振り下ろす木刀に合わせて盾を構えて防ぐ。お互いがこれを、ひたすら繰り返す。最初は攻撃と防御に慣れるため力を入れないように、副教官は指示した。ボコボコと木刀が盾に当たる音が、延々と続く。
皆が慣れてくるのを見計らって、副教官が告げる。
「木刀を振り下ろす力を、少しずつ強くせよ!」
盾に当たる木刀の音が、次第に大きくなっていく。相手が木刀を振り下ろす度に、クロディウスの盾を持った左腕が痺れた。盾の柳の木は3層構造になっていたが、木刀の衝撃を受け止めるには十分ではない。衝撃を受け止める度に腕が痛む。せめてクッション代わりの分厚い革が欲しい、とクロディウスは思った。副教官が、大声で注意を喚起する。
「気を抜けば、大怪我をするぞ!全員、気を引き締めよ!」
「はい、教官殿!」
それをしばらく続けた後、副教官が告げる。
「よし、全員、渾身の力を込めて木刀を振り下ろせ!」
「はい、教官殿!」
今までで最大の衝撃音が、広場に響き渡った。次の瞬間、悲鳴が聞こえた。
「ぐあぁ!」
全員がそちらの方を振り返ると、新兵が一人倒れていた。クロディウスが見ると、倒れたのはアントニウスの相手方だった。体格が良くて力の強いアントニウスの渾身の一振りを、相手方が盾で持ち堪えられなかったらしい。木刀はその盾を弾いてすり抜けて、兜と肩の防具の間の鎖骨を直撃したのだ。
アントニウスは、すぐに倒れた相手方の体を支えた。副教官も倒れた新兵に駆け寄って、怪我の具合を見た。
「鎖骨は折れていないようだが、今日の訓練は無理だ。お前、彼を病院へ運べ!」
副教官は、そうアントニウスに指示を与えた。彼は倒れた相手方に肩を貸して、基地の北側にある病院に向かった。
その後、ウェトゥリウス教官が一同に告げた。
「よいか、今のが実戦で、あれが本物の剣だったら、彼は死んでいた!訓練では、一瞬たりとも気を抜くな!」
「はい、教官殿!」

その夜、食事が終わってから、クロディウスは病院に向かった。軍団兵は、一般のローマ市民が受けられないような高度な医療を、基地内の病院で受けることができた。
病院はとても立派な建物で司令部の2倍の面積があり、一度に百人以上収容できるスペースもある。クロディウスは、初めて病院の中に入った。アントニウスが椅子に座っていて、目の前の病床には怪我をした相手方が寝ている。クロディウスは、アントニウスにそっと声をかけた。
「彼の様子はどう?」
「ひどい打撲だ。」
肩は腫れあがり、薬草に浸した布があてがわれて包帯が巻かれている。アントニウスが、続けて言う。
「さっきまで苦痛に顔を歪めていて、とても眠れる状態ではなかったけど、医者の薬が効いてきてようやく寝たところだ。」
クロディウスは、アントニウスを慰める言葉を探していた。
「今日は、たいへんだったね。」
アントニウスが、答えた。
「毎日の訓練はきついし、筋肉痛や山ほどの血豆も辛いけど、仲間を傷つけるほど辛いものはない。」
いつも自信満々のアントニウスが、これほど落ち込んでいるのを見たことはなかった。クロディウスは口には出さなかったが、将来、仲間の誰かは、いつか実戦で死ぬのだろう。それは、クロディウス自身かもしれないし、アントニウスかもしれないし、今寝ている彼かもしれない。訓練のケガで済んでいる内は、まだ幸いだと思った。しかし、口に出した言葉は全く別のものだった。
「そうだね。悲しい事だけど、故意じゃないし仕方なかったのさ。」
アントニウスは、床に横たわる怪我人を見つめながら言った。
「俺は、陣営設営ではお前たちの分隊に負けたから、戦闘訓練ではもっと認められたいと思ったんだ。良い所を、教官達に見せようと力んでしまった・・・相手の力量を考える余裕が無かった。」
「そっか。」
クロディウスがそう答えると、その後、二人は黙った。しばらくして、二人は静かに病院を出て兵舎に戻った。

翌日も戦闘訓練は続いた。今までの単調な木刀の振り下ろしや盾の防御だけでなく、色々な木刀や盾の使い方のバリエーションを教官達は教えた。切り、突き、流し、それぞれの型を教え込んだ。戦闘訓練は、計7日間連続続いた。


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