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第一部:第三章 新兵達の訓練

16.新兵達の生活

訓練後、新兵達は各々にあてがわれた兵舎に戻った。彼らは、日頃は使用されていない旧い2つの兵舎の12の部屋に8名ずつ分散させられて、それぞれが指定された部屋に寝床を設けた。今回は、アントニウスやフリウスとは別の部屋割りとなった。
食事は、部屋ごとの自炊である。訓練が終わると、パンやベーコン、豆や芋や野菜などが翌朝の分と共に、部屋ごとに支給される。その食材を、各部屋で調理して食事を取る。軍団では、この食材の供給システムだけはしっかりと保たれていた。食材の供給が疎かになると、軍団兵の不満が蓄積して抗議のストライキや反乱にさえ発展することが、ローマ軍団の歴史において度々あったからだ。たかが食事、されど食事である。
割り当てられた部屋に、料理の得意な者が一人でもいれば良いが、そうでない部屋は悲しい夕飯時を過ごさねばならない。不味い味に耐えねばならないのだ。クロディウスは家の手伝いをしていたので多少の料理の心得はあるし、部屋には料理人の息子も一人いたので、食事の味はそこそこ良かった。悲惨なのはアントニウスの部屋で、誰も料理の経験がなかったため、みんなで完成させたスープが、伝説の「スパルタ兵の黒いごった煮」みたいなスープになってしまった。
「不味かったが他に食べる物がないので、無理に喉に押し込んだ。」
と、今朝アントニウスがクロディウスに溢していた。
「頼むから、レシピを教えてくれ!」
としきりに頼むので、クロディウスは、簡単な調理の仕方や、塩や胡椒やハーブの分量を教えた。今夜は、アントニウスも少しはましな食事にありつけていることだろう。
夕飯を終えると、基地内のテルマエで汗を流すのだが、新兵達の順番は当然先輩軍団兵達の後で、軍団内で最後の入浴である。本当は、疲れ切っていて今すぐにでも寝たいのだが、一日中の大汗で雑巾のようになった臭いのまま寝る訳にもいかない。加えて、規律を重んじる軍団において悪臭は教官にどやされること必至なので、新兵達は洗濯物を干したり、無駄話をしたりしながら入浴までの時間を潰した。その時間が、一日で唯一の余暇の時間とも言えた。
寝床は固い木製のベッドに、軍団支給の2枚の毛布が敷かれているだけなので、とても硬くて眠れない。物資担当係に申し出て藁や干し草を購入することは可能だったが、日中は申請する時間が無かったので、皆が次の休息日を待たなければならなかった。それまでは各自、毛布の下に着替え用の衣服や布などを敷き詰めて、背嚢を枕にして床を整えた。
テルマエで入浴を終えた新兵達は、兵舎に戻ると全員があっという間に深い眠りに落ちた。

翌朝、日の出と共に、新兵達は副教官達に叩き起こされ、すぐさま着替えて食事の支度を始める。簡単な朝食を取り終え、各自それぞれの洗面や排泄を終えて準備を整えると、昨日と同じように広場に整列した。広場に整列する前に、アントニウスにお礼を言われた。
「昨夜は、ようやくまともな食事にありつけたよ。ありがとな。」
教官は、昨日と同じ訓練を命じた。整列と行進、整列と行進、整列と行進。午前中、これをひたすら繰り返す。短い昼の休憩時は、広場に座ったまま、塩パンや干し芋や干し肉などを水で胃に流し込む、午後は、再び整列と行進。それを夕暮れまで繰り返す。
夜、炊事し、洗濯物を干し、風呂に入り、寝る。翌朝も同じだった。整列と行進、整列と行進、整列と行進・・・。新兵達の足の裏は何度も剥けて、ローマを旅立った頃よりはだいぶり厚くなってはいたが、まだたくさんの血豆の痕が残っている。そして、そこに日々の訓練による新たな血豆が加わることになった。
行進も4日目ともなると、新兵の誰もが気が付いていた。ウェトゥリウス教官は、自分達と同じだけ行進していることを。口先だけでなく、新兵と同じだけ歩き続けている。しかも、誰よりも良い姿勢で。新兵達は、教官に対して単なる畏怖を超えて、畏敬の念を感じるようになっていた。口先だけではないと。実力もあり、そして行動する男だと。支援部隊を退役した高齢とは思えない、たいへんな体力の持ち主であると。そして、実は一度も新兵に暴力を振るっていないと。

そんな行進の訓練が、5日間も続いた。新兵達はヘトヘトになっていたが、整列時には、もはやフラフラになることはなかった。5日目の行進訓練を終えた夕方、ウェトゥリウス教官が一同に告げた。
「新兵ども!お前たちの整列や行進も、ようやく敵に笑われない程度にはまともになった!今日で、この整列と行進の訓練を終える!明日は、お前たちをこの籠の中から出して、外の空気を吸わしてやろう!」
新兵達は、大声で答えた。
「ありがとうございます、教官殿!」
その日の訓練は終わった。

それぞれの部屋に戻った新兵達は、ほっと安堵した。クロディウスの部屋の一人が、足の裏の血豆を見せながら言った。
「ようやく、この行進も終わりか!よかった!足の裏が限界だったんだ。」
「実は、俺もなんだ!」
と、別の者も脚を揉みながら言った。するとまた、別の誰かが言う。
「やっと、戦闘訓練の開始かな?」
そんな会話を交わしながら、手分けして夕飯の調理を始める。8名全員が、手際よく短時間で美味しく調理できる料理の心得を身に付け始めていた。



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