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第一部:第三章 新兵達の訓練

15.新兵訓練開始

タッラコの軍団基地に到着した翌日は、事務手続きや兵舎部屋の割り当てや物品の支給、担当係からの諸規則説明などで、新兵達は一日を終えた。そして基地到着2日目に、訓練が開始される。
朝食を終えたばかりの早朝。基地内南側の将官宿舎の前の広場。軍団歩兵隊の整列場所でもある。そこに新兵96名が、軍団支給の短衣と軍靴を着用し整列している。皆が同じ薄茶色の衣服を纏ったおかげで、マルス広場でバラバラの衣服で集まっていた時よりは、多少軍団兵らしく見えた。しかし、まだ武具は一切身に付けていない。
士官クラスの兵士3名が将官宿舎から出て来て、彼らの正面に立ち止まった。3名の中央にいる、最も高齢と思われる士官が大声で言う。
「新兵ども!私が、貴様らの教官を務めるウェトゥリウス・ゲメルスだ!この第Ⅳ軍団の司令官に、お前達の指導教官として正式に雇われた士官だ!私がこれからお前たちを鍛え、一人前の軍団兵にする!お前達は、まだ兵士ではない!人間ですらなく、ゴミ以下の存在だ!ただ飯を食らうだけの、軍団のお荷物だ!」
彼の声は今まで聞いたどの軍団兵の声よりも大きく、威圧感を感じさせる。加えて、教官の顔には戦闘で負ったと思われる数々の刀傷や矢傷の痕が残っていて、それがより一層、新兵達を緊張させた。
「この私はラテン市民権しか持っていなかったが、アクィタニア属州の支援部隊兵として戦い、幾度も死線を掻い潜って生き残り、支援部隊百人隊長として軍務を貫徹し、その報酬としてローマ市民権を得たのだ!
貴様らひよっ子どもが、ローマ市民とは傍ら痛い!お前たちにローマ市民権を持つ資格があるのか、この私が試してやる!これから毎日、この私がお前達を鍛える!この訓練に耐えられないようなら、どの道、戦場で早々に命を落とすであろう!その訓練についてこられた者だけを、本物のローマ市民として認め、そしてローマ軍団兵として扱ってやろう!」
その時、偶然に烏が教官の演説と合わせるように「アァ~」と鳴いた。あまりに過度の緊張状態にあった新兵の一人が、予期せぬカラスの鳴き声に反応して耐えきれず、ほんの一瞬笑ってしまった。ウェトゥリウス教官は、それを見逃さなかった。教官は、笑った新兵の前まで歩み寄ると、顔をギリギリまで近づけて言った。
「新兵、私の訓示に何かおかしいところがあったか?」
新兵は答える。
「いえ、ございません、教官殿!」
「では、私の顔の傷がおかしいのか?」
「違います、教官殿!」
「では、何故笑った?」
「烏の声です、教官殿!」
10代の新兵は、極度の緊張のあまり今にも泣きだしそうだった。
「お前は、戦場で烏が鳴くと笑うのか?笑い声で敵に知られて、矢を射られたいと言う訳か?」
「射られたくありません、教官殿!」
「よし!烏の声で二度と笑わぬよう、烏の鳴き声で全員腕立て伏せ100回!」
ウェトゥリウスの左右に立っている副教官の掛け声に合わせて、96名全員の腕立て伏せが始まった。
「1!」と教官の声。一度、腕を曲げるごとに「アァ~!」と叫ぶ新兵達。 「2!」「アァ~!」「3!」「アァ~!」「4!」「アァ~!」
96人の烏の鳴き真似は100回続いた。その腕立て伏せを皮切りに、整列と行進の訓練が始まった。
「貴様らの整列や行進は、お遊びか!?それで、ローマ軍団兵のつもりか!?敵がお前たちの行進を見て、大笑いするぞ!」
新兵達は、大声で答えた。
「はい、教官殿!」
何時間も、整列と行進の訓練が続いた。昼時の僅かな休憩と食事後も、ひたすら整列と行進が続いた。朝から10時間以上、整列と行進が続いた。新兵達も、今日1日で何10ローママイル歩いたか分からない。まさか1ヶ月に及ばんとする長い行軍を終えた直後に、また行進をすることになるとは思わなかった。
日が沈むころ、全員がヘトヘトになってようやく訓練は終わった。自分達の事で精一杯で多くの新兵達は気にも留めなかったが、その行進の間中、ずっと教官のウェトゥリウスが新兵達の横を休まず歩き続けて大声で叱咤し続けるのに、クロディウスは気が付いていた。

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