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第一部:第三章 新兵達の訓練

14.ヒスパニアの山賊

20名のローマの隊商が、13頭の馬と10台の荷馬車を伴いジローナを出発した。彼らは、アウグストゥスが30年ほど前に設立したルシタニア属州の州都エメリタ・アウグスタに、商品を運んでいる。まだ他のローマやギリシャの商人達の手垢が付いていない、比較的新しい都市だった頃に取引を始めた彼らの商売は、順調に右肩上がりを続けていた。
カエサルがこの地のルシタニ族らを討伐した後、アウグストゥス治世下でヒスパニア全域がローマ支配下に入ってからは、この地もローマのあんてい安寧と秩序を享受している。
隊商は、通常であれば海岸線沿いの整備されたローマの街道を通り、タッラコを抜けてエメリタ・アウグスタに向かう。しかし、今回は交通の要所である都市サルマンティカでも取引を行うため、ジローナから内陸部に道を折れてピレネー山脈の南側の道を進んだ。

快晴下、ローマの隊商は順調に旅を続けていた。ジローナを出てから、5日目の事である。一行の前に、馬に乗った数名とそれに続く荷車を伴う徒歩の15名ないし20名ほどの一団が、ゆっくり向かってきた。ローマ隊商の隊長は、別の隊商がやってくるのだと思い、道を避けるため馬車の荷列を右に避けるように商人達に指示し、挨拶の準備をした。先方の一団が近づいてくると、隊長は違和感を覚えた。次の瞬間、先方の一団が一斉に剣を抜いた。隊長は、咄嗟に叫ぶ。
「盗賊だ!応戦用意!」
20名の隊商のうち、8名がこういう時のための傭兵である。2名の騎兵と6名の剣士の計8名。傭兵達は、すぐさま剣を抜いて臨戦態勢に入った。長旅の商人達も、緊急時のために剣を携行している。彼らも、すぐに剣を抜いた。こちらは20名、敵もだいたいその程度の人数。こちらには、経験を積んだ傭兵もいるし、強者の騎士もいる。隊商のリーダーは、勝負は五分五分以上と踏んだ。
が、次の瞬間、後方で喊声が起こった。隊長が振り返ると、山から20人ほどの盗賊が駆け降りてくる。前後、挟みうちとなってしまった。罠だ。40対20。彼らは、盗賊の頭領の掛け声と共に一気に襲いかかってきた。傭兵と商人も荷馬車から降りて構え、騎兵の一人が盗賊の前に立ちはだかり、もう一人の騎兵は後方の救援のためにそちらに駆けつけて、山から駆け降りてきた盗賊に切り込んだ。傭兵も商人も盗賊集団に必死に応戦したが、多勢に無勢。一人また一人と倒されていく。腕にまったく自信の無い会計担当の商人は、盗賊に見つからないように荷馬車の影に隠れながら移動し、戦いの場からこっそりと逃げて山の木々の間に隠れた。
彼の耳に、次々と悲鳴が聞こえてくる。彼には、顔を出してそれを見る勇気は無かった。ただひたすら、盗賊に見つからない事だけを祈った。最後まで抵抗していた隊長と騎兵の声も途絶えると、盗賊たちの勝利の雄叫びが上がった。その後、馬や荷馬車の音が遠ざかり、周囲には静寂が訪れた。

どのくらいの時が経ったろうか。山中に隠れていた商人は、木々の間から恐る恐る顔を覗かせる。商品とお金を積んだ10台の荷馬車と13頭の馬は、全て消え去っていた。ただ、隊長や傭兵達、そして仲間の商人達の無残な死体だけが横たわっていた。ただ一人生き残った商人は、盗賊がまた戻って来るのを恐れ、盗賊たちが去っていったのと反対の方向へ駆け足で逃げ去った。

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