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第四十九章 エピローグ

 ジョン達一行は、山中のある地点で立ち止まった。
「さあ、到着した」。
周りに建物らしき物は、一つも無い。メグは、ジョンに顔を向けた。
「建物が何もないわ?洞窟も無いようだし…」。
ジョンは、笑った。
「私達は石器時代の類人猿じゃないよ…。それにわざわざ、人間の目に触れるような場所に住んだりはしないよ」。

 ジョンは、仲間のベルムに合図を送った。すると、静かな音と共に山腹の斜面が数十メートル四方まるごと動き出した。メグは、驚いた。そこに生えている樹木や下生えも一緒に移動していた。高さ5メートル、幅8メートルほどの大きな入口が出現した。先入観とは恐ろしい物である。一般に、ベルム達は野蛮で、穴熊のように小さな穴や洞窟に潜むものと思われていたから、山の中に秘密基地のような立派な建造物があるとは誰も予想していなかった。
 二度驚いた事に、入口から内部をのぞくと、近代建築技術を使った立派な構造になっていた。ジョンは、メグに右手を差し出した。
「ようこそ、わが全種族の故郷の町、ブラウン・タウンへ」。
「ブラウン・タウン?」
「メグ、あなたのファミリーネームですよ」。
メグは、ゆっくりと中へ入った。内部は、入口の間口からは想像できないくらい更に広かった。高さ十メートル以上はあると思われる高い天井。天井には、電球のような設備があり、柔らかな光で満たされている。どこまでも続くかと思われる幅の広い道路に、立ち並ぶ有機的で美しいデザインの棟続きの建築物。あちこちの部屋の窓から、無数と思われるほどのベルムがこちらを見つめている。彼等に向かって、ジョンが叫んだ。
「諸君!未だかつて、今日ほどうれしい事があったろうか!みんな聞いてくれ!ここにいるのは、この街の名前にもなっている、あの伝説のメグ・ブラウン、その人だ!」
彼がそう言うと、一斉に歓声が上がった。

 その後、メグはあちこちで歓迎を受けた。山を彫り抜いて作った巨大な街は、いったいどこまで続いているのだろう。どんなに歩いても、町の果てに辿り着かない。

 ある家の前まで来ると、ジョンは仲間に解散を命じた。ジョンは、その家のドアを開けた。そこはジョンの家のようだが、他の家々と変わらない、何の変哲もない家であった。メグの思考を察知してか、ジョンが言った
「ここでは、私に対しての特別待遇は、何も無いんだよ。ただ、グレート・ジョンに対する最上の敬意がある。私は、それで十分だ。さあ、中へ入った、入った」。

 メグは、また驚いた。部屋の中は、まるでガウディが設計したような美しさがあり、見た事も無い意匠の製品がたくさんあった。ジョンは、嬉しそうに言った。
「驚いただろ?私達が洞窟か何かに住んでいると思ってた?まあ、ある意味、正真正銘の洞窟だけどね。」
メグは言った。
「いいえ。ゲバラから、ここでの生活は文化的なものだと聞かされていたわ…。でもこれほどまでとは思わなかったわ」。
ゲバラは、ここの文化を説明した。
「この町がここまで発展するのに、三十年以上かかったんだよ。もちろんそれなりの努力はしたけれど、私達は天才の頭脳と地上最強の能力を持っているからね。
 ここには、色んな製品を作る工場があるし、動力源のエネルギーは、太陽光、太陽熱、風力、水力、地熱、温度差発電、様々なものを組み合わせている。ウランや石油は使わない。町の建築には、代用が不可能な物のみ金属やコンクリートを使うが、基本的に土で作ったレンガや山の木を使っている。伐採した木々の分は、必ず植林しているよ。現在の地球の自然は混乱しているが、我々は人間に変わってサークル・オブ・ライフを取り返したいと考え、実行している。地球の自然秩序が戻るには、何百年もかかるかもしれないがね。可能だと思うよ」。
ジョンはそう言いながら、室内奥の階段を登り始めた。
「ここでは特別待遇は無いと言ったが、一つだけ特別に作ってもらったものがある」。
そう言って、階段上の少し広いフロアに辿り着くと、壁のスイッチを押した。すると、町の斜面ごと開く入口と同様に、ゆっくりと地面と思われる壁が開いた。そこに、幅二メートル高さ三メートルの四角い窓が出現した。つまり、山の斜面が開いたのである。その向こうには、山々が広がっている。
「こっちへ来てみて」。
メグも、階段を上がっていった。階段上のフロアの向こうには、美しい山並の光景が広がっていた。ジョンは、窓を開けた。メグは、手すりにつかまって窓の外を眺めた。
「美しい景色ね…。ずっとドームで生活していたから、こんな風景を見るのは新鮮だわ」。
「ここは、私のお気に入りの場所なんだ。仲間が人間に殺されたり、逆に仲間が人間を殺したりした時は、悲しみを癒すためにここで夕陽を眺めるんだ」。
その風景の美しさの前に、二人はしばし沈黙した。

 次に口を開いたのは、ジョンだった。
「ゲバラを助けてくれたようだね…ありがとう」。
「当然の事をしたまでよ。あなたの他の子供達は、今どこにいるの?」
「アラスカ、カナダ、アメリカ、そして中南米に散らばって、ここと同じような町を築いているよ。こう言う町が、既にこのアメリカ大陸に百以上あるんだ。我々の今の人口の総数を聞いたら、きっと腰を抜かすと思うよ。我々は多産で、しかも繁殖が早いからね。まあその分、寿命も短いわけだけど…」。

 それから、二人は失われた四十年間の埋め合わせをするかのように、今までの積もり積もった様々な話をした。メグは、自分の研究についても語った。
「私の大学と大学院の主任教授は、あのカレン・ホワイト博士よ。彼女から色んな事を学んだわ。学問だけでなく、人生や、人としての生き方なども。存命中の父の話も、たくさんしてもらったわ…。」。
ジョンは、その名前を懐かしく思った。
「カレン・ホワイト博士か…。彼女に会ったのは、下水管の中だったな。彼女は、元気かな?」
メグは答えた。

「七十歳を過ぎていて、もう研究の道からは引退したわ。本当は、緑の溢れる場所で余生を過ごしたかったそうだけど、もちろんそれはかなわぬ夢。今は、LAシティ・ドームで"ドーム外生活困窮者"の救済活動のボランティアをしているわ。でも、当局の監視と圧力がかなり厳しいみたい」。
「彼女は、私に真実を教えてくれた。私もそろそろ四十歳。君達の年齢で言うと、八十歳か九十歳と言ったところかな…もう老人だよ。あの時、ホワイト博士の言った事が正しいなら、もうそろそろこの世とおさらばだな…。」

 また、しばし沈黙が訪れた。山脈の向こうに太陽が沈もうとしていた。
「私もそろそろ五十歳に近づいているわ。約四十年ぶりに会うから、皺が増えてびっくりしたでしょ?」
ジョンは、メグの顔を見つめて言った。
「いや。全然変わっていないよ。それを言うなら、僕の方がずっと変わった。最初にあった時は、私は子犬にみたいに可愛かったろ?」
「ええ、とってもキュートだったわ!」と、メグは微笑んだ。
「でも、今は、人間から見たら、私の姿はまるでモンスターだ。まあ、自分ではけっこう気に入っているのだけどね…」。
そう言って、ジョンも微笑んだ。メグは言った。
「いいえ、外見は重要ではないわ。私は、この四十年間に身なりは立派なのに、自分の保身や利益しか考えていない醜い人間達の姿を、いやと言うほど見てきたわ。あなたは立派よ。自分の一族に理性と知性と知恵と、それに品格すら与え、辛抱強く人間と共存する道を子孫に教えたわ。新しい文明さえ築きつつあるわ。それにあなたも父の遺伝子を引き継いでると言う意味で、私とあなたは血のつながった家族であるとも言えるわ!」。
ジョンは、遠くを見つけた。
「ありがとう。そんな風に言ってくれて、すごくうれしいよ」。
ジョンは、続けて言った。
「私達は、人間より遥かに高い能力を持っている。でもね、最近、本質は人間なのだと痛感させられるんだ。時に憎しみが湧き、怒りに我を忘れる事もある。"完全"とは程遠い存在だ。多くの間違いも犯した。人間を殺した事もある。容姿は随分と違うが、我々は罪深い人間と何ら変わりない」。
ジョンは、こう言う話をメグとできる事がとても嬉しかった。
「不思議な事に、我々は同一の遺伝子を引き継ぐはずなのに、世代間の気質の差や、能力の個体差がどんどん顕著になっている。DNAの塩基配列は、人知を超えたバックアップ機能を持っているんだと思うよ。でなければ、我々は生まれてくる事すらできなかったはずだ。結局のところ人間の科学はね、生命の神秘の僅かな表面を、ちょっと撫でただけなんだな…。
 それにね、メグには信じられないかもしれないが、インフルエンザや風邪程度で死ぬ仲間もいるんだよ。遺伝子は、間違いなく少しずつ変化している。遺伝子改変による個体差は、自然界に存在する微量の放射能や宇宙から降り注ぐ放射線の影響なのかもしれない。もしくは、自然界はバランスを欠いた強大な力を淘汰する作用を持っているのかもしれないな…」。
メグは頷いた。
「それを言うなら、人間こそ淘汰されるべき存在かもしれないわね。自分の手に余った強大な力を振り回し、地球を死滅させつつあるわ…」。

 窓の外には、美しい山脈の夕陽の光景が広がっていた。ジョンがつぶやいた。
「この風景が、あと何回見れるのだろう」。
メグが静かに言った。
「先の事を心配しすぎないで。大切なのは、今日一日を精一杯生きる事よ」。
ジョンが同意した。
「そうだね」。
夕陽は山の向こうに沈み、辺りは暗くなり、そして窓はゆっくりと閉じられた。