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第四十七章 決 戦

 ゲバラが、警備センターへ着くと、シーザーのチームは皆一様に張りつめていた。SWATが、建物の周囲に展開される様子が、モニターに映し出されていたからである。シーザーが言った。
「おそらく彼等は、外部電源を切断してから、この建物へ突入してくるだろう。自動的に地下の発電機が起動するが、我々を動揺させるつもりだろう。モニターに写らないように気をつけているが、ヘリコプターが上空に待機しているのは間違いない。おそらく一階の入口や裏口、通用口からの突入部隊は陽動で、屋上から侵入してくるつもりだろうな…」。
ゲバラは答えた。
「それは都合が良い。十三階より上は、火の海になる。彼等は、退散せざるを得なくなるだろう。いずれにせよ、時間が無いな…。ここに二人残して、屋上に行って警戒に当たってくれないか。俺は下に行って、マスコミ対策に当たる」。

 ゲバラは、直ちに一階のフロアまで降りた。
「クロノス、どうだ?」
クロノスはマニュアルから目を上げ、ゲバラの方へ向き直った。
「この広報センターのシステムは、直通で世界の各マスコミへニュースや映像を配信できるようになっている。日中だと記者が大勢いるのだが、今はここにいる共同ニュース配信社の当直番の二人だけだ」。
そう言って、クロノスは四十五人の中にいる二人の記者を指さした。ゲバラは、その中の一人を手招きした。
「よし、おまえだ。こっちに来い。ニュースの時間だ。おまえが、テレビで我々をスクープする人類最初の記者だ」。
記者は恐る恐る立ち上がり、ゲバラの方へ歩み寄った。仲間のベルムが、テレビ中継用のカメラをゲバラと記者の方へ向けた。ゲバラが無線で、指示をした。
「十三階のチームを、一時的に三名こっちへ廻してくれ」。
しばらくすると、上から三名のベルムが降りてきた。それを見届け、ゲバラが言った。
「よし、マスコミ用の全回線をつなげ!」
次いで、無線で警備センターに指示した。
「正門との回線を再び開き、本館内と外部のスピーカーの音量を最大限に上げろ!」
すべての用意が整った。クロノスが言った。
「ほとんどすべてのマスコミの報道センターから、優先的配信受信OKのサインが来た」。
ゲバラは頷き、GOのサインを出した。テレビカメラのランプが赤く光った。まず当直の記者がテレビカメラに写り、彼がゆっくりと言った。

「私は、共同ニュース配信社の記者、ケンジ・シロタです。今、我々は、ヒューストンのNDP本部にいます。大事件のニュースを、ライブでお届けします。ここは、本日深夜、我々がベルムと呼ぶ生物によって占拠されました」。
シロタ記者の声は、震えていた。彼は、テレビの向こうにいるたくさんの視聴者の驚愕した表情を想像した。
「ベルムは、アジアの地域で繁殖している事は周知の事実となっていますが、その存在がこの合衆国で確認され、それが皆さんに伝えられるのは今回が初めてです。アジアでは、ベルムは頭は良いが単に危険な生物として認知されていると思いますが、ここにいるベルム達は違います。人間と同様に言葉を解し、高度な知能と知性を備えています」。

 彼が言い終わらないうちに、テレビカメラは右側にパンされた。そこには、ゲバラがいた。
「私が、その言葉をしゃべるベルムだ」。
ゲバラもまた、記者と同様に、テレビの前でどよめく世界中の視聴者の姿が容易に想像できた。
「私は全世界の人々へ、メッセージを送る。まず、私達の生い立ちを語ろう。
 私達は、合衆国陸軍の秘密研究の末に生まれた。最先端の遺伝子工学の結晶で、現在のところ地上で最強の生物だ。この辺は、諸君も新聞記事で知っていると思う。ただ皆さんが知らない事実がある。アジアのベルムなる生物に直接会ったことはないが、アジアにいるベルムがもし言葉を解さないなら、外見が我々に似ていても、それは我々とは似て非なる生物だ。我々は、人類最上の天才に等しい頭脳を有している」。

 おそらく今の言葉が、世界中の視聴者へのショックの駄目押しになったはずだ。驚いていたのは、視聴者だけではなかった。館外の大音量のスピーカーやテレビモニターによって、正門にいる警備員、警官、SWAT隊員達も、自分達が対峙している相手の素性を突然知らされ、大きく動揺した。
「我々は、この地で密かに追われ、殺され、遂にここまで逃げてきた。今、ここに到達した我々の仲間は、僅かになってしまったが、まだここに数百名が残っている」。
これは、情報撹乱のための完全な大嘘だった。カメラは更に右にパンをすると、クロノス、そしてクロノスのチームとゲバラのチームのベルム達計六名が映し出された。しかし、それだけで十分だった。視聴者も警察も、具体的な数はともかく複数のベルムがそこにいると認識した。カメラは、再びゲバラの方に戻された。
「あなた方には、我々が危険なモンスターに見えるかもしれないが、それは誤解だ。我々は、無意味に人間を襲ったりはしない。しかし、武器を持って襲ってくる場合は別だ。彼等は、覚悟をする必要がある。我々は、人間よりも遥かに高い戦闘能力を持っている。何故なら、最初にそう設計されたからだ」。
そう言って、ゲバラは再び四十五名の人質に見せたように、椅子の金属製の脚をいとも簡単に捻じ曲げた。
「我々は、今まで受けた数々の仕打ちへの抗議の印として、この人類の叡智の象徴であるNDP本部に爪跡を残させてもらう。勝手ながら、それはぜひともお赦し願いたい。
 それから、ここにいる人質は、三十分後に全員解放する事を約束する。SWAT部隊が、ヘリで屋上から突入するつもりのようだが、もしこの過程で誰かが死ぬ事があったらそれは我々の責任ではない。我々は、人質を館内のあちこちに分散させている」。
これも駆け引きのための嘘だった…人質は全員そこにいた。ゲバラは続けた。
「我々は人質を三十分後に終結させて、全員、無傷で解放する事を約束する」。
三十分を二度も強調したのは、単に時間を三十分稼ぐためだった。
「最後に、もう一度言う。この北米にいる我々の仲間は、地球上の人間を攻撃しない。私達の仲間を見かけても、放っておいてくれ。君達が手出しをしなければ、こちらからは絶対に危害は加えない。この私が保証する。私からのメッセージは以上だ」。
こうして一方的に、テレビ中継を打ち切った。余計な情報を与えて、こちらのミスからボロを出さないためである。時計は、午前六時を指している。夜明けが近い。

 SWATのチームは、突入できないでいた。第一に内部の状況が分からないのと、第二に敵の位置と人数が不明なのと、同様に人質の位置が不明なのと、そしてベルムが全世界に人質を無事に解放する事を一方的に通告してきたためである。

 ゲバラは、再び仲間のチーム全員に自分の任務に戻るよう指示した。その後、無線で全員に指示を出した。
「六時半に計画を実行する。屋上と地下の見張り各一名と十三~十五階の実行者三名を残して、全員六時二十五分に一階フロアに集合」。

 六時二十五分、五名を除いた計十名のベルムがフロアに集合した。ゲバラは、仲間に言った。
「我々は、無駄死にをしない。建物の配置図を確認したところ、地下の発電設備から、配電ケーブル溝を兼ねた狭い通気口が、数キロ先のアンテナ群の管理小屋に続いている事が判明した。ただし、これは向こうも気が付いていて、出口で待ち伏せ攻撃に遭うかもしれないし、SWATが通気口を既にこちらへ向かっている可能性もある。だから、これは避けた方が良いだろう。
 もう一つは下水管だ。これも、地下発電室に下水用のマンホールがあるが、これは内側から電気的にしか開かないし、例え彼等がこれを知っていても、狭い下水管の汚水の濁流をこちらに向かってくるのは、まず不可能だろう。我々が一旦下水管に入ってしまえば、後は迷路のような下水管網が広がっている。かつて、グレート・ジョンが生延びるために下水網を活用したように、我々もこれを利用しよう。例え彼等が我々の計画に気が付いたとしても、この短時間に、市街の全てのマンホールを彼等が見張る事は無理だろう。」

 時計が六時三十分を指すと、ゲバラは無線で作戦実行を指示した。十三階から十五階にいるメンバーが、宇宙船との交信を遮断し、同時にデータセンターとの通信を途絶し、巨大アンテナ群の宇宙船追尾システムを混乱させ、細々と手を加えた各種プログラムやサブ・プログラムを流し、各種ハードウェア基盤を破壊した。そして、最後の総仕上げにガソリンに火を放った。スプリンクラーと警報のシステムは、すべて遮断したため作動せず、防火扉も閉じられなかった。
 十三階より上階にいたベルムと屋上で見張りに立っていたベルムは、急いで下層階へと降りていった。一階のフロアには、ベルム達が終結した。ゲバラが言った。
「私が囮になって、ぎりぎりまでここで粘って時間を稼ぐ。さあ行け!」
「いや。囮は二人の方が、より真実味が増す。私も残ろう。シーザーがみんなを率いてくれ。時間が逼迫している。議論の余地はない。」
クロノスがそう言うとシーザーは渋々従い、若いベルム達を率いて地下へ去って行った。ゲバラとクロノスは、人質を全員立たせた。
「今までご苦労だった。全員、解放だ。我々に従ってくれ」。

 NDP本部の正門周囲には、マスコミが多数押し寄せていた。外の市警察とSWATのチームは、NDP本館の上階で火災が発生しているのに気が付き、突入の準備をしていた。しかし、その準備をしている最中、NDP本部の入口扉が開いた。複数のSWAT狙撃手が、入口に狙いを定め、指令を待っていた。人質が一人、入口に手を上げて出てきた。入口後方で、ゲバラが叫んだ。
「撃つな!今から、人質を一人ずつ解放する!」
それから小声で、人質に声をかけた。
「よし、できるだけゆっくりと歩け!」
人質はゆっくりと歩き、警察の保護エリアに達した。ゲバラは、もう一人の人質をゆっくりと押し出した。その際に、クロノスはゲバラの後ろで、行ったり来たり移動を繰り返した。複数のベルムが館内にいる様子を演出するためだ。こうして、一人ずつ人質を送り出した。時間は、十五分以上稼いだ。仲間は、もう十分逃げおおせた事だろう。十三階より上の階も、もう十分に焼き尽くせたに違いない。人質は、残り二人となった。ゲバラは、クロノスに言った。
「最後の人質がここから出て行ったら、彼等は一斉に攻撃してくる。その前に、ガソリンに火をつけて、地下室から逃げよう。タイミングを間違うなよ!」

 クロノスは、数千ガロンのガソリンに火を放つための準備をした。ここで引火すれば、二階、三階、そして上階へと順々に引火するように仕組んであった。ゲバラが最後の一人を送り出す準備をした。彼は入口から遠ざかりながら、人質に小声で言った。
「今から十数えたら、後ろを見ずにゆっくりと歩け。いいな、ゆっくりとだぞ!」
最後の人質は、数を数え始めた。クロノスはガソリンに火を放ち、ゲバラと一緒に地下室への階段を下った。人質は、十まで数え終わるとゆっくり歩き始めた。火は、上階へとあっという間に燃え広がっていった。人質が警察の保護下に達すると、SWATは一斉に突入を介した。しかし、裏口や通用口、入口の扉を開けた途端、ものすごい勢いで炎が隊員に襲い掛かり、彼等は即座に撤退せざるを得なかった。代わりに何台もの消防車が、正門からけたたましいサイレンと共にやってきたが、数千ガロンの火の勢いは激しく、沈下はままならなかった。

 太陽は既に昇っていたが、太陽の熱よりも暑い灼熱の炎が、NDP本部周辺を包んでいた。ベルム達の予想を遥かに超える成果だった。
 数時間後、建物の火を消し止めた時、まともに残った設備は一つも無く、全てが焼き尽くされた。そして、火災の跡をどれだけ探しても、ベルムの死骸は一体も発見されなかった。世界中を騒がせた「数百体」のベルム達は、魔法のように忽然と消えてしまっていた。