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第四十六章 夜明け前の緊張

 施設の正門の夜勤警備員達は、ベルム達の心配をよそに、実は僅か四名しかいなかった。正門以外の門は、すべて夜間は監視カメラに切り替えられ、警備センターでモニターされていた。日中は三十名以上いる監視員や警備員も、経費削減のため、夜間は、正門、本館入口、警備センターの計三ヶ所に計十一名しかおらず、後はカメラやセンサーによる監視で補っていた。これは、十五名しかいないベルム達にとって、うれしい誤算だった。
 本館の警報アラームが鳴ると、正門の夜間警備員四名は、二名を正門の警備に残し、残り二名が小銃を携えてランドローバーに乗り込んだ。ベルム達が速攻で警備センターを手中に収めたため、正門の警備員達は、本館内部で何が起こっているのかまったく理解できないでいた。

 ランドローバーが本館入口に着いた頃には、ベルム達の電光石火作戦はほぼすべて完了していた。ベルム達の優秀な頭脳は、館内の必要最低限のシステムの掌握に努めていた。一方、本館入口に辿り着いた哀れな二名の警備員は、これからどう対処すれば良いのかまったく分からなかった。取り合えず、警備員は正門と無線連絡を取った。
「今、本館入口に到着した。入口の警備員の姿は見えない。館内は、とても静かだ。次の行動の指示を待つ」。
しばらくして、正門から返事が返ってきた。
「本館の警備センターとの連絡が取れないので、内部で何が起こっているか不明だ。現在、警備会社本部と連絡を取っている最中で、対処の指示を持っているところだ。今しばし、そこで待機のこと」。
「了解」。
この人間達の後手後手の対応が、ベルム達に有利な時間をもたらした。この合い間に、館内のベルム達は、広報センターの対マスコミ用機材のマニュアルを読み、警備センターの警備システムのマニュアルを読み進めていた。残りのベルム達は、本館全体の配置図や設備を、手分けして探り、理解し、まとめていた。天才科学者ブラウンと同じ知能を持ち、しかも長年困難な状況で統率された十五名のベルムにとって、これらはたやすい事であった。

 ゲバラは、館内の人間を一人残らず、一階の広報センターロビーに集めた。夜勤の技術者やスタッフ、警備員、交代要員として宿泊していた人員など、総計四十五名がそこに集められた。
ゲバラは思った。
「たかが一隻のスターシップと交信するだけのために、こんなに大勢の人間が、深夜にも関わらずこんな所で働いているなんて、馬鹿げていやしないか?一方で、仕事も食べ物も与えられず、屋根も無い所で毛布も無く寝ている人間が、世界中に大勢いる。見も知らぬ星の宇宙人よりも、同胞の命の方が大切ではないのか?人間とは、愚かなものだ…」。

 その愚かな人間達は、相も変わらず右往左往していた。本館入口の二人の警備員に、正門から無線連絡が入った。
「警備会社本部から、たった今連絡が入った。事態を分析すると、本館内部に侵入した者達の正体は不明だが、その迅速かつ巧妙な行動から、高度に訓練を受けたテロリスト集団か、もしくはプロフェッショナルな犯罪集団の可能性が高い。警備会社が対処できる範囲を超えているので、警察に連絡した。SWATの出動も要請されていると思う。今しばし、そこで待機せよ」。
そんな訳で、二人は寒い星明りの下、また待たされる事となった。片割れが言った。
「俺達、本当に何もしなくて良いのか?警備員だろ?」
相方が応えた。
「本部が待てと言っているのだから、余計な事はせず待っていよう…」。
彼等は、ハリウッド映画に出てくる元傭兵のような屈強な人間でなく、実際のところ練習以外では小銃を撃った事すら無いのだ。

 こうしてズルズルと対処への時間が引き伸ばされている間に、ベルム達は本館の主要なシステムもほぼ掌握し始めていた。十五名のベルム達は、生まれて初めてデジタル無線機と言う物を手にしたが、全員が五分後には使い方をマスターし、離れた場所でお互い連絡を取り合った。通信傍受を警戒し、デジタル暗号送受信モードを使って対話した。
 ベルム達は、最新鋭のNDP本部の各種機材に夢中になり、自分達の置かれている危機的な状況をしばし忘れるほどだった。それほどまでに、彼等の知的欲求と探究心は高かったのである。

 ベルム達がNDP本部を掌握後二十分もしてから、ようやく市警のパトカーが数台駆けつけた。本館入口に待機していた警備員二名は、ようやく警察へ任を引き継ぎ、正門へと戻った。彼等は、ホッと胸を撫で下ろした。
 市警察は到着したと言うものの、SWATの到着はまだだった。彼等は、NDP本部の見取り図を取り寄せ、大急ぎで、突入方法、人質の安全確保、並びに施設の制圧方法を考えている最中なのだろう。市警察は、正門の警備員達から中の情報を聞き出そうとしていたが、何ら役に立つ情報を得られなかった。しかも最悪な事に、警備のシステムは敵の手中にあり、恐らく警察の行動はすべてモニターされていると予想された。
 警備会社や警察がもたついている間に、ベルム達は心的に優位に立てた。人間の作ったシステムを理解し、操作した。本館の外の様子も、カメラやセンサーで容易にモニターできた。パトカーが何台やって来て、警官は何人いて、どんな武器を持っているのか、瞬時に分かった。電話の通話は、警備センターを介して行なわれるので、初期の通話も全部モニターし、SWATが介入してくる情報も手に入れた。

 ゲバラは、一階の広報センターに降りてきた。ホールには、恐怖で顔面が蒼白になった人間達四十五名が固まっていた。その人間達の周りには、クロノスのチーム三名が鋭い爪を見せながら歯を剥きだして立っていた。クロノスはと言うと、広報センターのマスコミ配信マニュアルと格闘している最中だった。ゲバラは、人間を威嚇している仲間の肩を叩いた。
「示威行為は、その位で十分だろう…」。
ゲバラは、人間の方に振り返って言った。
「さて、NDPの優秀なる諸君!」
人間達は、その大声に一瞬びくついた。
「まず最初に、ぜひ言っておきたい事がある。ここまでの諸君への非礼は、心より陳謝する。たいへんな恐怖と困惑を覚えたいに違いない。我々は数百人の仲間と共に、ここを制圧した。だが、安心してほしい。諸君を傷付けるつもりは毛頭無い」。
ゲバラは、人質にあえて"数百人の仲間"と言う虚偽の情報を与えた。彼等のくすぶっているかもしれない最後の抵抗心をへし折るためである。
 ゲバラは、人質を見回した。なぜこのモンスターが、人間の言葉を発するのか、そもそもこの異形の者達は何なのか?人間達の心にそんな疑問が浮かんでいる事が、手に取るように分かった。そこでゲバラは言った。
「一体、私達は何者なのか?どこから来たのか?諸君は、そう考えているに違いない。それを説明するのは、少々難しい。例のシリウス人でもなければ、地中から這い出てきたモンスターでもない」。
ゲバラは、人質の中の一人の年配の技術者に顔を向けた。
「一言で説明するならば、我々は、君達のような人間の技術者が、遺伝子工学を駆使して生み出した地球史上最強の生物だ」。
顔面蒼白の人間達の顔が、更に色を失うのが一目で分かった。
「我々は、本日、ここで世界へメッセージを送る。そして、そのメッセージが単なる茶番劇として有耶無耶の内に闇に葬り去られないように…諸君には残念な事だが…、世界の叡智と巨費を集めて作られたこのNDPの設備に対して、我々の爪跡をちょっぴり残させていただく。念のために言っておくが、破壊すると言っても、野蛮な兵器を使うわけではない。我々は、爆薬は一ミリグラムも持っていない。現在、仲間が、どのハードウェアを破壊し、どのプラグラムを消去すれば良いか、分厚いマニュアルと格闘している最中だ。諸君は、すべての任務が完了したら、即座に解放する。諸君が抵抗したいと思うといけないので、念のため我々の能力をお見せてしておく」。
彼はそう言うと、側にあった椅子を一脚手に取り、金属製の脚を軽々と捻じ曲げ、そっと床に戻した。ゲバラがそんなデモンストレーションを行なうまでもなく、警備員を含めた四十五名の人質の戦意はとっくに喪失していた。

 後はクロノスにその場を任せ、ゲバラは三階の警備センターへ赴いた。シーザー達のチームが、マニュアルを見ながら機器を操作していた。
「シーザー、外の様子は?」
シーザーは、モニターと通信をチェックしながら言った。
「警察は、本館の裏にもパトカーを配置した。ざっと、百名以上の警官が建物を取り囲んでいる。拳銃はともかく、ショットガンは厄介だな…。近距離だと、さすがに致命傷になる。SWATは、まだ到着していない。警察は、SWATが到着してから、突入作戦を開始する腹積もりのようだ」。
それを聞いたゲバラは、静かに頷いた。
「時間が無いな…。何か進展があったら、無線で連絡してくれ」。
そう言って警備センターを後にし、十三階の送受信センターへ向かった。

 送受信センターでは、ゲバラのチームの六名が必死に機器とプログラムの解明に取り組んでいた。
「状況は?」
ゲバラがそう尋ねと、手前の一人が答えた。
「まず、エンタープライズ号との通信は、すべての操作の実行時に遮断する予定です。これで、船とのデータのやり取りは不可能になります」。
「送受信設備そのものの破壊の方はどうだ?」
「ハードウェアの方は、何とかなりそうですが、ソフトウェアの方は問題です。さすがに、世界最高峰のプログラムです。メインプログラムそのものは、短時間で我々がどうこうできるものではありません。それと、毎日のプログラムやバックアップデータが、遠隔地のデータ管理施設に送られているので、ここのプログラムを破壊しても、数日あればバックアッププログラムで再稼動できるでしょう」。
「対処方法は?」
「まず、データ施設への通信プログラムを書き換え、通信回路のメイン・モジュール基盤も破壊し、設備が復旧するまでは、オンラインでは復旧できないようにします。
 続いて、十二基の巨大アンテナの船の追尾システムのサブ・プログラムを書き換えると同時に、主要回路のメインモジュールハードウェアを破壊します。これで、メインプログラムの復旧が終わっても、サブ・プログラムの問題に気がつくまで、時間を稼げるでしょう。それにプラスして、メインプログラムを起動すると、必ず偽装プログラムや冗長プログラムに接続するようにソフトの一部を書き換えます。これらの問題にすべて気がつき、それらのエラーを駆逐し、同時にハードウェアの復旧を終えるまで、システム復旧にかなり時間がかかるでしょう」
ゲバラは、渋い顔をした。
「不十分だな…。それだけだと、総力を上げれば、復旧は数週間で完了してしまう。物理的な破壊が必要なようだな」。
「もう一つ、方法があります。より直接的な方法ですが」。
「どんな?」
「地下に、緊急時用の発電設備があり、そこに数千ガロンの燃料が保管されています。それを使えば、ほぼ完璧に施設を破壊できます。スプリンクラーや警報のプログラムは、容易に停止できます。消防隊に消火される前に、まず十三階から十五階までの内部設備を最初に焼いてしまうのが、最善の策だと思います」。
「分かった。早速、地下室へ行って作業を開始してくれ」。
その時、警備センターのシーザーから無線連絡が入った。
「SWATが到着した」。
「了解。今、下へ行く」。
人間との最終決戦は、間近に迫っていた。