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第四十五章 ベルムの急襲
ベルム達は、冷たい水が流れるトリニティ川を下り、二月十日にヒューストン郊外へ到着した。彼等は、2ヶ月にも及ぶ真冬の困難な行軍で、疲弊しきった体力の回復を待った。驚異的な回復力のおかげで、2日後には体力を取り戻した。
ゲバラは一行が休んでいる間に、夜間、国際宇宙センター地域のNDP本部周辺まで赴き、偵察を敢行した。
ゲバラは、シーザーとクロノスと協議の後、作戦の概略を一同に伝えた。
「我々は、明後日、NDP本部を急襲する。施設の周辺に張り巡らされた塀の上には、鉄条網が巻かれてあり、また定間隔に赤外線センサーと監視カメラも設置されている。我々なら塀を乗り越える事は非常にたやすいが、すぐに警備員に気付かれてしまうだろう。そこで、今夜から地下を掘って百メートルほどの簡易トンネルを作る。周囲の地質も調べたが、我々全員の能力を動員すれば、二晩もあれば十分に掘れるはずだ」。
その後の説明部分を、シーザーが引き継いだ。
「問題は、本部そのものへの侵入だ。警備員は拳銃を携帯しているが、これは大丈夫だろう。正門のいる警備員は拳銃よりも強力な小銃を持っているが、正門から本館まで2キロ以上の距離があるので、我々が健やかに本館を掌握すれば、この問題もクリアーできるだろう。
難しいのは、ID確認や指紋や音声や虹彩や静脈等の各種の複合照合・認証のシステムの通過だ。一度、閉じられてしまった鋼鉄の扉は、我々の強靭な力を持ってしても絶対に開けられない。我々は、照合をパスできる複数の人間を確保する必要がある。そこで、チームを三チームに分ける。全員が本部に突入した後、クロノスをリーダーとする四名のチームで入口の警戒と広報センターの確保に当たる。私の四名のチームが、警備センターの制圧と確保に当たる。そして、ゲバラをリーダーとする七名のチームが、人間側の必要人員の確保と十三階以上の制圧に当たる。もし、すべての作戦が成功したら、広報センターの設備や人員を介して、世界に私たちのメッセージを伝える。これが作戦の概略だ。詳細は、それぞれのリーダーと相談してくれ」。
次に、クロノスがこう付け加えた。
「今回の作戦で最も重要なのは、スピードだ。作戦実行に時間がかかればかかるほど、作戦の成功率は低くなる。各自、速やかに行動できるよう、リーダーの指示にきっちり従ってくれ」。
そして、最後にゲバラがこう締め括った。
「一同、肝に銘じておいてほしいが、我々は決して殺戮部隊では無い。今回の作戦では、人間は一人も殺さない。警備員のピストルの銃弾は、甘んじて受けよう。我々の外皮は、ピストルの弾に耐え得るはずだ。人間に対しては、紳士的に振舞おう!我々がここで全滅するのが宿命だとしても、最後まで気高い意志を貫き、人間に我々の尊厳ある魂の訴えを伝えるのだ!」
この演説は、若いベルム達の気持ちを高揚させた。
二〇三〇年二月十五日深夜、ベルム達は国際宇宙センターの外壁周辺の林間に終結した。林から外壁までは、約五十メートル。簡易トンネルは完成していて、センターの五十メートル内部の芝生まで続いている。日中、警備員に気が付かれないように、最後の穴はまだ開けていなかった。その外壁から本館までの距離、約五百メートル。夜間の警備員が二名、本館の入り口に張り付いている。彼等に気が付かれないように、静かにかつ速やかに入り口まで辿り着かなければならない。スピード、スピード!スピードが全て。
ゲバラは、林間に掘られた狭いトンネルの入り口から、モグラのように潜り込んでいった。続いてクロノスがトンネルに入り、次々と若いベルム達がトンネルに入っていった。しんがりをシーザーが務め、最後にトンネルに入った。
宇宙センターの芝生から、静かにゲバラが頭を突き出した。彼のピット器官は、夜間でもしっかり見ることが出来た。彼は、周囲に異常が無いのを確認すると、即座に穴から這い出た。五百メートル向こうの本館入口の二名の警備員は、まったく気が付いていない。ゲバラは、クロノスに穴から出てくるように合図した。クロノスに続いて、続々と穴からベルム達が這い出し、最後のシーザーも出てきた。十五人全員が一斉に走ると、警備員に気が付かれる恐れがあるので、まずはゲバラとクロノスが音も立てずに這うように走り出した。
本館の裏に到着したゲバラとクロノスは、静かに二人の警備員の背後から忍び寄り、そして一気に飛び掛って羽交い絞めにし、手足の動きと口を封じた。ゲバラが仲間に合図を送ると、残りの十三人のベルム達があっという間に、しかも静かに、本館の入り口に到着した。
二人の警備員の目は、恐怖で見開かれていた。人生において、未だかつて見たことの無い恐ろしい形相のモンスターが、突如として何の前触れも無く彼等の前にたくさん現れたのだ。驚く事は、それだけではなかった。そのモンスターが、言葉を発したのである。
「抵抗しようなどと、思ってもみるな。人間と我々とでは、力の差が有り過ぎるんでな…」。
ゲバラは、入り口のシステムを即座に理解した。IDカードによる入管システムだった。シーザーは、警備員の胸の入管カードを外し、IDカードリーダーにカードを押し当てた。扉が、静かに開いた。全員が、速やかに内部に侵入する。クロノスのチーム四人と、警備員二人を一階の広報センターに残し、残りの十一名はエレベーターを使わずに、階段へ向かった。
一瞬の間をおいて、館内に警報が鳴り響いた。警備センターの警備員が、入口の異常事態に気がついたらしい。三階の警備センターから、銃を携えた五名の夜勤警備員が出てこようとしていた。ほぼ同時に、ベルム達は階段を登りきり三階に達した。警備員達は、この本部の開設以来、一度も防犯上の危機に瀕した事が無く、完全に油断していて、入口の警備員同様に混乱していた。
警備員達が銃を構えるより早く、ベルム達は警備室へ到達し、五名の警備員を瞬時に制圧した。警備員の中から無作為に一人を選び、ゲバラは彼を抱えて、チームの七人と共に再び階段へ走った。シーザーのチーム四人は、制圧した警備員四人と共に三階の警備センターに留まった。
ゲバラ達七人は、疾風のように階段を駆け上った。泊り込みで作業していた技術者やスタッフの何人かが、警報を聞いてあちこちの部屋のドアから顔を出していたが、ベルム達の恐ろしい姿を見るなり、誰もが即座に顔を引っ込めてドアをロックしてしまった。
十階までのすべての金属製の扉は、IDカードで開いた。しかし、送受信センターのある十一階の扉は、IDカードでは開かなかった。暗証番号が必要だった。
入口の侵入からここまでかかった時間は、五分弱。警報を聞いた正門の警備員達が、火器を用意し、こちらへ向かっている最中だろう。ゲバラは、抱えてきた警備員をその場で放した。警備員は、周囲を見た事も無い形相をしたモンスターに囲まれ、完全に平常心を失っていた。ゲバラは、息を切らしながらも静かに言った。
「暗証番号を押せ。」
相手がテロリストや強盗だったら、彼も抵抗や説得を試みたかもしれない。しかし、今、目の前にいるのはまったく理解不能な相手だった。彼は腰が抜け、立てなかった。手だけをキーボタンの方へ伸ばそうとしたが、手が異様に震えている。ゲバラが言った。
「押せないなら、番号を言え!」
警備員は思考力が完全に麻痺し、守秘事項であるにも関わらず、素直に番号を教えてしまった。
「五四七一…。」
ゲバラは、IDカードをリーダーに押し当て、その番号を押した。扉は開いた。十一階のその扉にベルムを一人残して、再び警備員を担ぎ上げ、六人は更に上の階へ向かった。
十二階はスムーズにパスしたが、最機密である送受信システムのある十三階の扉は開かなかった。装置の形状からして、虹彩認証タイプのようである。ゲバラは、再び警備員を解放した。
「おまえの目をそこの装置に当てろ。」
警備員は、震える声で言った。
「こ、ここの扉は、私の目では開かない…。レベルA入室認証者しか、この先は行けない…。」
「誰ならここを開けられる?」
警備員は応えた。
「この扉の向こうで、夜間作業しているスタッフや技術者達だ…」。
ここで、ゲバラは初めて声を荒げた。
「笑えない冗談だな!こちら側に、誰か開けられる人間はいないのか!」
警備員はその屈強な身体つきにも関わらず、幼児のように怯えていた。
「五階の宿泊ルームに、何人か交代要員が泊まっていると思う…。」
ゲバラは、仲間の中の三人に、五階へと行かせる事にした。
「誰でも良い!手当たり次第、人間を連れて来い!」
三人のベルムは、勢い良く階段を降りて行った。
五階の宿泊ルームのドアは、すべて内側からロックされていたが、不幸にもドア枠は鉄製だったがドア自体は木製だった。ドアは、軽々とベルムに破壊された。三人のベルムは、それぞれ一人ずつひ弱な人間を抱え、再び階段を駆け上った。
十三階に新たに連れて来られた三人の顔は、先の警備員同様に引きつっている。ゲバラは言った。
「誰の虹彩で開く?できれば自発的にやってほしい。痛い目に合わせたくはないのだが?」
そう言って、ゲバラは彼の鋭い爪を彼等に見せつけた。ゲバラは、実際にその強力な武器を使う気など微塵も無かったが、初めて会う人間はそんな彼の心情を理解しようはずもなく、脅しの効果は満点だった。
一人の男が恐る恐る立ち上がり、虹彩認証装置に近づいて目を当てた。金属製の分厚い扉は、静かに開いた。十三階から十五階までは抵抗する者は一人も無く、ベルム達はNDP本部を完全に掌握した。NDP本部全館の制圧にかかった時間は、わずか十分ほどだった。