ベルム達の夜明け入口 >トップメニュー >ネット小説 >ベルム達の夜明け >現ページ

第四十四章 真冬の行軍

 シーザー、クロノス、ゲバラの一行十五名は、アパラチア山脈を降りて、すぐに南の平野に向かうような愚かな行動を取らなかった。そんな愚挙を犯せば、即座に特殊部隊に狩られる事は明らかだった。
 彼等は、西の山岳及び丘陵地帯を抜け、メンフィスの南方を通過し、ミシシッピ川を渡り、リトルロック郊外から再び丘陵地帯に入り、ダラス郊外のトリニティ川を下って、ヒューストン近郊へと侵入するルートを策定した。
 南に移動して来たとは言っても、北緯三十五度の高度の山岳地帯の冬の寒さはベルム達にも相当こたえた。一同は一つの目的のために、ひたすら厳しい冬の行軍に耐えた。新雪や泥地に足跡を残さないように配慮し、獲物の残骸は土に埋め、匂いの痕跡を残さないように極力川の移動も併用した。リュックに詰めた大量の書籍も、長い行軍の邪魔となるため処分する事にした。読書の好きなベルム達にとって、知的好奇心を満たす大量の本を土に埋めると言う行為は、冬の行軍よりも辛いものとなった。十五名は、それぞれ本の入った自分のリュックやバッグを、掘った穴に一人ずつ入れていった。それは、一つの宗教儀式の様でさえあった。宇宙の真理を巡る科学の書、地球の歴史、哲学や神学の書物、優れた文学や詩、そして最新工学やコンピューター・プログラムの本に至るまで、すべての書物をそこで廃棄した。

 ヒューストンまでの千キロを超える道程を、痕跡を残さないように一日数十キロと言うハイペースで移動するのは、ベルム達にとって辛い試練だった。しかも目的地には、何一つ希望が無く、待っているのは恐らく"死"だけであるのは明らかだった。
 行程の半分ほどに差し掛かった頃のある夜、ゲバラは身の危険を冒して、単身で小さな町の図書館にひそかに侵入し、一冊の本を盗み出した。ゲバラには、その本はそこまでして盗み出す価値のあるものに思えた。本のタイトルは、「NDP本部観光案内」。観光客用に書かれた、ニューダイダロスプロジェクト本部のツアー案内書だった。ゲバラはこの本を熟読し、計画をシーザーやクロノスと練った。

 次の夕刻、仮宿の洞窟の中…たまたまそこを根城にしていた熊には悲しい運命が待っていたが…で、ゲバラは仲間にNDPの概略について語り聴かせた。
「これから我々が向かうNDP本部について説明しておく。まずNDPについて、今一度、皆に説明しておこう。NDPとは、人類初の恒星間有人探査であるニュー・ダイダロス・プロジェクトの事だ。日本と言う国で、一般に"シリウス人"と呼ばれている種族の遺跡が発見された。この発見によって、アメリカでシリウスへの使節派遣の検討が始まった。こうして、NDPがスタートした。しかし、NDPは大国アメリカと雖も一国ではなし得ないほどの莫大な資金を必要とし、世界各国を巻き込む人類史上、最大規模の事業となった」。
「そして、今から四年前の二〇二七年九月一日、スーパーコンピューターとロボットを乗せた核融合帆船エンタープライズ号が、遂にシリウス星系へ出発した。これが、NDPの現在までの概略だ」。
ゲバラはそこで一息つき、自分の言葉が仲間達に確実に咀嚼され、消化されるのを待った。
「続いて、NDP本部についての説明をしよう。NDP本部は、広大なヒューストン国際宇宙センターの一角にある施設だ。十五階建ての建物で、マスコミへ情報を提供する広報センター、エンタープライズ号との交信をするための施設、そして事務センター、主にこの三つから成り立っていて、部署の数は五十以上にも分かれている。
 その中で最も重要な本部の機能は、エンタープライズ号との交信だ。現在、世界中でエンタープライズ号との交信を確実に行なえる施設は、このNDPしかない。エンタープライズ号は、太陽系を遥かに離れた人類未踏の星域に到達している。船からの微かな電波を確実に捕らえて、ノイズを除去し、増幅し、情報を再現し、世界のマスコミに提供する。また地球からの情報…つまり地球の情報や最新プログラムを、確実に船に送り出す。これらを行なうには、莫大な予算と精密かつ最新の設備、そしてエネルギーを必要するが、それができるのは、このNDP施設だけだ。残念ながら…これは人類にとって残念だと言う意味だが、この設備の代替設備は世界のどこにも無い。
 このように最重要の施設だから、テロへの警戒も厳しく、軍事施設並みの警備体制が敷かれている。NDPに特別に許可されたジャーナリストやツァー客へのチェックも、相当に厳しい。政府のお墨付きを得た者か、余程の著名人でない限り、入管はほぼ不可能だ。まず、一般人では入れないだろう。当然、我々は入れてもらえないだろうな…」。
その言葉に、若いベルム達の何人かがくすりと笑った。そう言った後で、ゲバラは「NDP観光案内」の中のNDP施設鳥瞰図を広げて、一同に見せた。
「これが、そのNDPの施設の概略図だ。本部の北方、数キロの位置に円状に並べられた、十二基もの半径二百メートルもの巨大なパラボラアンテナが、エンタープライズ号との交信をするためのアンテナだ。巨大なパラボラアンテナを複数用いることで、半径数キロメートルものパラボラアンテナに匹敵する高性能を発揮している。これは、ただ単にエンタープライズ号と交信をすると言う目的のためだけに作られ、常に船の方角を追尾するように設定されている。世界で最も高価なアンテナと言っても過言ではないだろう。
 しかし、我々のターゲットはこれではない。爆薬一つ持たない我々十五人では、アンテナ一基を破壊するどころか、せいぜいケーブル一本の切断が関の山だ。それでは、すぐに修理されて終わりだ。何の効果も無い」。
彼は、鳥瞰図の次のページをめくった。
「これが、NDP本部そのものの図だ。残念ながら、内部の見取り図は防犯上の観点から記載されていない。説明によれば、地下には発電設備。一階と二階に世界のマスコミ向けの、巨大な広報センターがある。三階は、警備センターや庶務センター。四階と五階は、食堂や簡易宿泊施設や貯蔵庫、各種付属設備がある。六階から十階までは事務センター。十一階から十五階までが、エンタープライズ号との送受信を行なう設備とセンターがある。ツァー客が入れるのは、この十一階と十二階をぶち抜いて作った、巨大なデモンストレーション用の送受信の巨大な送受信モニタールームまでだ。十三階以上が、本当の意味で重要な設備が置かれた機密スペースだ。我々が目指すのは、この十三階から十五階だ。ここを占拠し、必要とあれば、人類史上最も高価かつ精緻な唯一無二の設備を破壊する。つまり人類最高の叡智のシンボルを破壊する」。
彼はそう言って、本を閉じた。
「さあ、明日からまた行進の再開だ。ゆっくり休んでくれ」。
一同は、速やかに就寝した。