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第四十三章 突然の襲撃

 シーザー、クロノス、ゲバラに率いられた十八名のベルム達は、険しい山間部を南下し、アパラチア山脈の南端付近に近づきつつあった。夏は過ぎ、秋が訪れていた。山の気温は、徐々に低下していた。
 十五人の子供達…つまりジョンの孫達…も立派に成長し、親達と同様に完璧な戦闘力を備えた成体となっていた。

 冬に入る頃、山の食料は減り始め、自然界では無敵を誇るベルム達も、獲物を追って山麓付近まで下らざるを得なかった。山の獲物を狩る際に、若い一匹のベルムに初歩的なミスがあった。獲物追跡時に新雪にいくつかの足跡を残したが、獲物を仕留めた喜びの余り、足跡を消去する事を忘れてしまった。米陸軍の特殊部隊の追跡専門者は、ベルムの残した僅かな痕跡を見逃さなかった。民間のハンターを装った六名編成の部隊は、確実にベルムの群れを追い詰めつつあった。
 ベルム達はその巧妙な追跡に気がつかず、真昼間に山間で特殊部隊の急襲を受けた。彼等兵士が持つ対ベルム用の最新銃器は、確実にベルムの固いキャッチ細胞外皮を貫通した。最後尾の一体のベルムがその銃弾で崩れ落ちると、残りの十七名のベルムは即座に起こった事態を理解し、山中に散らばって反撃に転じた。
 いくら強力な銃を持つ兵士でも、六名対十七名ではさすがに部が悪かった。特殊部隊は、功を焦りすぎ、またベルム達を見失うと言う心配も手伝って、全米に散らばった味方の特殊部隊の到着を待てなかった。夜になると、自分達の方が不利になると言う判断もあった。そして彼等は、ベルムの群れを発見後、直ちに攻撃を仕掛けてしまったのである。
 戦いは熾烈を極めた。特殊部隊兵士達もベルム達も、双方が山間の戦い方を熟知していた。兵士達は、最初の一匹に加えて、もう二匹のベルムを仕留めて倒した。しかし、卓越した知能を持つシーザー、クロノス、ゲバラのリーダー三名は、地形や相手の状況を瞬時に把握し、確実な対戦方法を短時間に編み出し、それを仲間に指示した。三組に分かれ、陽動部隊、囮部隊、樹上からの襲撃部隊に散開し、そして各自が自分の役目を確実に果たした。
 五分後、特殊部隊の兵士達は、突然ベルムの群れに真上から襲われて、自分の身に何が起こったのか理解する間もなく息絶え、山中で全滅した。彼らは、援軍を待つべきであったろう。兵士達は、ベルム達が天才的な頭脳を持っている事までは考慮していなかった。彼等は、その事実をまったく知らされていなかったのである。

 山中には、ベルムの死体が三つと、兵士の六つの死体が残された。ベルム達は、仲間の遺体を丁寧に葬りたかったが、次の兵士達が即座にやってくる可能性が高いと判断し、その場をすぐに立ち去った。
 どれほど逃げ続けたであろうか。太陽は、とっくに沈んでいた。辺りが暗くなっても、ベルム達は走り続けていた。強靭な体力、持久力、回復力を持つベルム達だが、さすがにヘトヘトに疲れて、ゲバラが停止を命じた。シーザーが、息を切らしながら言った。
「みな無事か?」
生き残った十五名のベルム達は、全員遅れる事無くその場まで着いて来た。シーザーが言った。
「十五名になってしまった。家族を、三名も失った…。」
クロノスが続けた。
「ここまで派手に戦って、人間を六名も殺した以上、彼等も必死に追ってくるだろう。どうする?」
彼等の十二名の子供達は、親達の会話をじっと聴いていた。シーザーが言った。
「人間達に居所が知られた以上、我々が生き延びられる確率は低いだろう…。」
クロノスが言った。
「いったい、我々が何をしたと言うのだ?何故こんな酷い仕打ちを受け続けなければならないのだ?私は、今日一日で、子どもを二人も失った!」
シーザーが続けた。
「私も、一人失ったよ…。この怒りを、どこにぶつければ良いのだ?」
今まで黙っていたゲバラが、遂に口を開いた。
「今は、北へ逃げたグレート・ジョンのグループが、人間に見つからずに逃げおおせられる事を願うばかりだ。」
そして、少し間を置いてから言った。
「残念ながら、我々の方は逃げ切れないだろう。人間も馬鹿ではない。我々の所在が明らかになった以上、あらゆる手立てを尽くし、我々を追い詰め、少しずつ狩り続けて、最後の一人が根絶されるまで追い詰めてくるだろう。アメリカの先住民族の歴史は、知っているな?」
ゲバラは、仲間一同を見回してからゆっくり続けた。
「我々には、安住の地は無い。行くべき目的の場所も無い。私は、こう考える。追われて、無残でみすぼらしい死を迎えるよりは、栄誉ある死を迎える方が望ましいと思う。」
シーザーが口をはさんだ。
「人間達と戦うと言う意味か?」
ゲバラは言った。
「いや、そうではない。グレート・ジョンが言うように、僅かな数の人間を殺したところで、何の解決にもならない。そもそも十五名では、まともな戦いにすらならないだろう。そこで…」
一同は、固唾を飲んで次の言葉を待った。
「我々は、人類の叡智のシンボルを破壊しようと思う…。人類を一つにまとめたニュー・ダイダロス・プロジェクトの本拠地である、ヒューストンのNDP本部施設を襲おうと思う。」
一同は、その提案に驚いた。

「我々の目的は、NDP本部の人間を殺す事ではない。人間の科学の粋を集めた至上のプロジェクトの"象徴"を破壊するのだ。そして、我々の抗議の声を全世界に伝えよう。」
彼は例え賛同してくれる仲間がいなくとも、たった一人でもその計画を実行するつもりだった。

 一同は押し黙っていたが、しばらくしてシーザーが尋ねた。
「ゲバラよ、いつからそんな事を考えていたのだ?」
「この夏に、私の子どもがハンターに殺されてからずっとだ…。」
ゲバラは、静かに夜空を見上げた。
仲間は何も言わなかった。今日までに人間の手によって四人の仲間を失い、これからも人間達に確実に狩られていくだろう。ベルム達には、ゲバラの計画に反対する理由は何もなかった。その夜、ベルム達はヒューストンへ向かう計画を立て、翌朝早くに出立した。