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第四十一章 ジョンの子どもたち

 ジョンには、六人の子どもが与えられた。彼は、自分の子ども達に惜しみない愛情を注いだ。今までずっと一人ぼっちだった彼に、新しい家族が出来たことは無上の喜びだった。
 彼は愛情だけでなく、彼が蓄えた知識や知恵、技術、経験も、すべて子ども達に分け与えた。中でも、人間の事…彼等に害を加える事も、彼等に見つかる事も、絶対避けなければならない事…を徹底的に教え込んだ。
 日常の教育の中で、山の中で狩りの仕方を教えるのと、本を読んで聞かせるのと、その双方がジョンにとって最大の楽しみだった。子ども達は、遺伝子が改変されることも無いように見受けられ、ジョンとまったく同じ容姿を保ち、ジョンと同じ高い能力を発揮した。

 生後一ヶ月ほど経ったところで、ジョンは彼ら一人一人に名前を付けた。ギリシャ神話、聖書、歴史上の人物等から名前を拝借した。六人の名前は、それぞれ、クロノス、ヨシュア、ソロモン、シーザー、アインシュタイン、ゲバラ。6人とも同じ遺伝子を持ち、見た目もそっくりだったが、ジョンは彼らをきちんと識別し、名前を呼び分けた。
 彼等はすくすくと成長し、ジョンの授ける知識を貪欲に吸収し、動物の狩りの技術を習得し、人間の目から自身を守るためのあらゆる手段を会得した。子ども達は、畏敬の念をこめて、彼等の親を「グレートジョン」と呼んだ。

 翌年の夏には、彼等六人の子ども…つまりジョンの孫…が二十九人も生まれ、群れの総数は、三十六人に達した。ジョンの子どもたちは、ジョンが自分達にしてくれたように、自分の子ども達にも惜しみない愛情を注ぎ、知識を授け、生きていく術を教え始めた。

 正にその夏に、悲劇は起こった。まだ生まれて間もない幼い子ども達の内の一人が、狩りの練習中にいつの間にか群れから遠く離れてしまった。子どもの親であるゲバラは、必死にその子どもの跡を追った。しかし、子どもが迷った地域に…不幸な事に…偶然人間のハンターがいた。

 幼い子どもは、風上にいたため狩猟者に気が付かなかった。ハンターは、そのフサフサの毛皮を持つ小動物を見逃さなかった。彼はライフルの照準をきっちり合わせると、躊躇わずに引き金を引いた。山間に銃声が響き、まだ堅い外皮を持たないタッツェルベルムの幼体は、たった一発の銃弾でその場に崩れ落ちた。
 ゲバラは、銃声のする方向に必死で走った。彼の人並みはずれた視力は、遥か前方に血を流して倒れている子どもを即座に見つけた。と同時に、その子どもにライフルを持ったハンターが近づこうとしているのも確認した。ゲバラは、怒りに我を忘れてハンターに飛びかかった。
 ハンターがライフルを構える間もなく、ゲバラは致命的な一撃を狩猟者の頭部に与えた。貧弱な人間の首の骨は、いとも簡単に折れ、その場に倒れた。その後、彼はすぐに踵を返し、血を流して倒れている自分の子どものところへ駆け寄った。
 ゲバラは、自分の子どもを抱えた。呼吸も停止し、脈も無かった。即死だった。死んでいるのは、明らかだった。彼は、周囲にまだいるかもしれない人間の事などを忘れ、大声で叫び、そして泣いた。

 仲間のハンター達が、倒れている狩猟者の元にやってくる頃には、ゲバラは自分の子どもの死体を抱えて、その場を去っていた。

 その後すぐに、ジョンとその一族…今は一人減って三十五人になった…が全員洞窟に集まった。ゲバラは、自分の子どもの死体を両手に抱えながら、経緯を説明した。ジョンは、深いため息をついた。
「とうとう人間を殺してしまったのか…やっかいなことになった。」
ゲバラは、自分の不満を口にした。
「人間が先に子どもを殺したのです、グレートジョン!まだ、名前も与えていない小さい子どもをです!人間の法律にも、正当防衛と言うものがあるでしょう。」
ジョンは手を上げて、ゲバラを制した。
「分かっている。分かっている、ゲバラ。しかし、人間は我々の事を知らない。彼は、単に動物だと思い、狩猟の獲物だと思って撃っただけだ。」
一息ついて、ジョンは続けた。

「しかし、これからは違うぞ、ゲバラよ。人間を殺してしまった事で、我々の存在が明らかになった。ここにいるのが我々だと確信して、我々を狩ると言う目的のために、強力な兵器を持った兵隊達が、ここへ大挙して押し寄せてくる。」
ゲバラは、感情を露にして言った。
「では、戦いましょう、グレートジョン!人間はあまりに弱く、我々は人間なんかよりも遥かに強い!」
ジョンは再び、ゲバラを制した。
「人間の事を、何も分かっていない。人間の歴史から何を学んだのだ、ゲバラ。彼等は自分の目的を達成するためには、何だってする。どんな汚い事もするし、残忍な兵器を使用する事すら厭わない。彼等は何十億人もいて、一方で我々はたった三十五名だ。人間が本気になれば、我々は絶滅する他に道は無い。我々一人一人が、例え人間より高い能力を有していようとも、我々が有限である事に変わりは無いのだ、ゲバラよ。地獄に落とされた天使と同じように、もし我々も高慢になれば、我々の行く末には破滅しかない。多くの希少生物が人間に滅ぼされたように、我々も滅ぼされるだろう。」

 一同は押し黙り、しばし沈黙が訪れた。そして、沈黙の後、ジョンが決断を下した。
「人間に手を出してしまった以上、我々がここに留まる事は危険だ。この山を捨て、遠くへ逃れよう。全員で行動するのは危険だ。二手に分かれよう。私とソロモンとアインシュタイン、ヨシュアのグループは北へ。シーザーとクロノス、ゲバラのグループは南へ迎え。一方が人間に見つかって例え全滅しても、もう一方のグループが生き残れる可能性を残しておこう。すぐ出発だ。足跡、匂い、獲物の残骸など、あらゆる痕跡を残さぬよう、最新の注意を払ってくれ」
ジョンの子ども達はうなずいて、ジョンの決断に従った。その夜、ジョン達のグループ十七名は北へ、シーザー達のグループ十八名は南へ出立した。