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第三十九章 ジョンの新しい生活
ジョンは、ペンシルバニア州のヨーク市を出てから南下を続けた。日中はひたすら身を隠し、夜間は人目に付かないように移動をする。そんな毎日を繰り返していた。
夜間の"買い出し"行動は続けられた。夜間閉店の店に侵入し、わずかな食料と雑誌を盗む。ヨーク市での失敗を教訓に、防犯設備や防犯カメラには一層慎重になっていた。顔を帽子とフードでしっかりと隠し、防犯カメラが例え彼をとらえても、彼だと分からないように心がけた。ジャンパーやズボンも、定期的に着替えた。足跡を残さないため、無理をして靴も履いた。
夜間の読書は、ジョンにとっての相変わらずの娯楽だった。ジョンの知識は、日増しに増えていった。天才ブラウン博士の頭脳を引き継いだジョンである。売店で売っている程度の雑誌や本のレベルでは、もはや彼の知的欲求を満足させる事は不可能になっていた。
ジョンは危険を冒し、小さな街の図書館に侵入する決意をした。図書館は、防犯カメラや警報装置が設置されているため、相当な危険が伴う行動である事は確実だった。彼は、短時間で図書館から多数の本を盗み出すため、必要なもしくは読みたい本のリストをまとめた。
初日の夜は、裏口の鍵の形状等をチェックし、またどんな警備システムかの見当を付けた。そして、2日目にその計画を実行した。リストに従って、本を大きな麻袋に次々と詰める。ジョンの夜間行動能力はずば抜けて高く、計画を5分以内で完了させた。図書館に設置された対人センサーが反応し、警備会社の人間が車で駆けつけた頃には、ジョンの姿は既に図書館にはなかった。
こうして、ジョンは大きな宝物を手に入れた。量子論や相対性理論、超ひも理論などの物理学の本から、詩人の詩集やエッセイに至るまで様々な分野の本、数百冊の本を手に入れたのだった。これで、しばらく彼の知的欲求が不満に陥る事はないだろう。当面は、日々の糧の心配をすれば良い。後は、誰にも見つからないこと。
やがてジョンはカンバーランド市の東を通り、アパラチア山脈に入った。山の中は、食べ物の宝庫だった。大自然の中で、彼よりも能力の高い野生生物は存在しない。彼の手にかかれば、ハンティングは容易だった。哺乳類の肉から鳥類の卵まで、日常の糧に困る事はなかった。
そして、うれしい事に街中よりも自由に行動できた。山に踏み入ってくるハンターや登山者には気を付けていたが、ジョンの聴力、嗅覚、視力やピット器官をもってすれば、ハンター達がどんなに静かに近づこうとも、彼の方が遥かに早く先に気が付き、危険から逃れる事ができた。
十分な食料を得、夜間は携帯式の電灯で本を読む。電池も、街中にいる間にたくさん集めた(まあ、はっきり言うと全て盗んだのだが)。山の中なので、手に入れられる"知識"の量には限界があったが、一方でジョンの"知能"はあっという間にブラウン博士のような"天才的な博士レベル"へ到達した。"知能 "が"知識"を遥かに凌駕していた。近いうちに、彼はまた図書館やブックストアーに侵入する事になるだろう。
冬は去り、春が訪れた。彼は、慎重に南下を続けた。特段、慌てて移動する必要も無かった。目指すべき目的地があるわけでもなかった。特定の場所に居続ける方が見つかる確率が高いため、ジョンは移動を続けているに過ぎない。
ある日、突然ジョンの体に変化が訪れた。何の不調か分からないが、あまり動けなくなった。実際のところ動く気も薄れ、好きな読書も避けるようになった。一日の移動距離も、短くなった。一週間ほどすると、今度は逆に食欲が旺盛になった。異常と言えるほどの量の獲物をハンティングし、貪るように食べた。
数週間して、ジョンは彼自身が妊娠した事を悟った。また、体内で異常な速度で、子供達が成長しているのも感じ取っていた。彼は、しばらく移動できないと判断し、人目に付きづらい洞窟を見つけ、そこを当面の住居とする事を決めた (そのため一頭の凶暴な熊と対決する破目になったが…結果は言うまでも無い…可哀想な熊は彼の当面の食料となった)。
季節はどんどん暖かくなり、森の中には緑が溢れた。ジョンは、"図鑑の知識"と"野生の本能"の両方をバランス良く働かせながら、どの植物が食用で、どれが毒で、どれが薬になるかの知識も蓄えていった。お腹の中の子供は、すくすくと育っているようだった。
春も終わり、暑い夏がやって来た。どんな過酷な環境でも耐えられる能力を持つジョンだが、暑いものは暑いと感じた。そこで、もう少し涼しい高度の高い場所に新しい洞窟を見つけて、そこに移り住んだ。
夏を過ぎ、秋を迎えた。森の気温は、次第に下がっていった。ジョンは再び山を下り、最初の洞窟に居を戻した。そして、秋も深まりつつあった頃、ジョンは遂に出産した。