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第三十八章 報 告

 二〇二八年四月、ホワイト博士、ビンセント博士、キングスレー大尉、ロイ曹長、ローランド伍長の五名は、ペンタゴンのヘンリー・リチャードソン少将の元に呼び出された。前回リハビリ中だったビンセントとローランドは、ここに来るのは、今回が初めてだった。鉄かぶと島の最終脱出時の生き残り組が、全員呼ばれた事になる。
 ヘンリー少将は、前回と変わらずオーク製の机の向こうに座っていた。表情は以前会った時と同様、硬い表情をしていた。
「キングスレー大尉、ロイ曹長、ローランド伍長、ホワイト博士、ビンセント博士、ようこそペンタゴンへ。」
彼は形式的な挨拶を述べると、四人に向かって用意された椅子に座るように合図した。彼らは、指示に従って座った。
「余計な話は抜きにして、本題に入ろう。君たちの報告書は、すべて目を通した。まずはキングスレー大尉、任務達成ご苦労だった。それから、ホワイト博士、ビンセント博士もご苦労様だった。奴が…名前はジョンだったかな…が、少なくとも生きている事は確認できた訳だ。さて…。」
そこで一旦ヘンリー少将は言葉を止め、キングスレーの方に顔を向けた。
「大尉、君のチームが持ち帰ったタッツェルベルムの遺体を、専門チームに調べさせた。数日前、その報告が上がってきて、それで君たちをまた呼んだわけだが…。驚くべき報告だったよ。あの死んだタッツェルベルムは、妊娠・出産した形跡がある。」
それを聴いた一同は、驚きを隠せなかった。
しかし、キングスレーには思い当たる節がないではなかった。洞窟の奥では、確かに何かの気配を感じた。新たな情報を得た今、改めて考えると、あそこにはタッツェルベルムの幼体がいたのかもしれない。そして、圧倒的に不利な状況下に"暴れん坊 "が姿を現したのも、幼体から注意を自分に向けさせるための陽動作戦だったのかもしれない。野鳥は我が子を守るため、傷ついた擬態行動で、捕食者の前に姿を現すことがある。タッツェルベルムは、自ら "囮"になる道を選んだに違いない。
ヘンリー少将は、続けて言った。
「調査員を例の現地の洞窟に送ったが、そこはもぬけの空だった。しかし、明らかに数体のタッツェルベルムがいた形跡があった。タッツェルベルムの幼体の毛も、残っていた。少なくとも四体はいたようだ。奴は、犬のように多産らしい。」
そこでヘンリー少将は、次にホワイト博士の方に顔を向けた。
「我々が恐れていた事が、実際に起こってしまった。彼等は特定のアミノ酸を作り出し、繁殖を促がすホルモンを分泌したようだ。」
ホワイト博士は、頷く事しかできなかった。少将は、再びキングスレーの方に向き直った。
「生き残った数体のタッツェルベルム達が、どこへ行ったかは不明だ。環境適応能力が異常に高い奴等の事だ、何処でも生き延びていく事だろう。彼等の成長のスピード、繁殖力の高さから判断すると、数年もしたら鼠算式にたいへんな数に増殖するだろう。我々は、彼らを秘密裏にハンティングする大規模な特殊部隊を編成する事にした。対タッツェルベルム専門に徹底教育された部隊だ。キングスレー大尉には、急造の部隊を率いてもらったが、これからのハンティング部隊は、速やかに彼らを狩り出すだろう。」
キングスレーは、その予想については疑問だった。いかに、タッツェルベルムの専門知識を学ぼうとも、彼らの高い戦闘能力は体験したものでないと理解できないし、現場でも対処できないと確信している。彼等は、人間以上に臨機応変に行動する。高い能力と本能のなせる業だ。しかし、タッツェルベルムに関する任務を解かれた彼にとって、それはもはや関係の無い次元の話だった。後は、タッツェルベルムを狩りに出た兵士達が、狩られないように祈るのみだ。

 ヘンリー少将は、今度はホワイトとビンセントに言った。
「さて、君たちの前から姿を消したジョンだが、その後、一件の目撃情報もない。ただの一件もだ。奴は、相当に用心深く頭の良い奴だ。まあ、いずれ奴も我々の専門部隊によって見つけられる事だろう。」
ホワイトは、敢えて少将に対して口を開いた。
「ジョンを、放っておいていただく事はできませんか?彼が人を襲う事は無いと思います。彼自身が、そう確約しました。」
少将は、ホワイトの目をじっと見た。
「君の気持ちは分かる。報告書の通りだとすれば、彼は自ら人を襲う事はないだろう。しかし事はそんなに単純ではない。」
少将は続けた。
「もし、ジョンの気持ちが変わったら?ジョンに対抗するには、軍隊並みの強力な武器が必要だ。民間人の誰が、そんな武器を持っている?ジョンがもし間違って猟師に撃たれ、正当防衛で彼がその猟師を殺したら?もし、どこかでジョンが死んで、その遺体を誰かが発見して、遺伝子に手が加えられた後が判明したら?何より、ジョンに多くの子供が生まれ、その子孫が繁殖したら?ジョンは平和主義者でも、その子供たちが果たして安全と言い切れるか?」
ホワイトには、答える事ができなかった。
「残念ながら、速やかにジョンは見つけ出し、捕まえなければならない。アジアのタッツェルベルムも、このアメリカのタッツェルベルムも、早急に我々のチームが狩り出すだろう。君たちの今回の件での尽力は、心より感謝する。君たちは、本日限りでこのタッツェルベルムの件から任を解かれ、君たちの通常の業務に戻っていただく。ただし、オブザーバーとしての意見を求める場合があるので、その際は協力してもらいたい。」
一同はうなづいた。こうして、ヘンリー少将と、鉄かぶと島生き残りメンバーの短い会談は終わった。彼等は全員、新たな守秘義務制約の書類にサインさせられた。この後、陸軍のタッツェルベルム狩りの秘密特殊作戦が開始される事になる。

 オブザーバーと言う名称は残ったものの、実質的にホワイト、ビンセント、キングスレー、ロイ、ローランドの5名は、この件から外された。否、五人にとっては外されたと言うよりは、解放されたと言う意識の方が強かった。それほど今回の件は、五人の心と魂に重く圧し掛かっていた。しかし、本当に解放されたとは言えない事は…五人とも口には出さなかったが…十分承知していた。あまりにも多くの仲間の命が失われていたからだ。五人は、ペンタゴンを出るとそれぞれ短い挨拶を交わして、それぞれの道に向った。