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第三十七章 対 峙

 パトリック巡査を連絡係としてパトカーに残し、マテュー巡査長とホワイト、ビンセントの三名は、廃墟となっているワンダフル・マートの入り口に到着した。
 入り口は数枚の板で止められ、鎖でぐるぐる巻きにされ、錠で止められていた。入り口を壊すと大きな音を立てざるを得ないので、別の進入口を探す事にした。時間は午後四時を廻っている。早くしないと、冬の太陽はもうすぐ沈んでしまう。
ホワイトが歩きながら、巡査長に言った。
「そのショットガンの威力は、どのくらいですか?」
マテューが答えた。
「君らのその"タッツェル何とか"が、どんなに堅い皮膚を持っていようとも、短距離ならこのショットガンでイチコロだよ。安心なさい。」
しかし、ホワイトとビンセントは一抹の不安を抱えていた。鉄かぶと島で兵隊達ですらてこずった相手である…たった一人の警官のショットガンだけで、果たして対処できるのだろうか?しかも今回探しているジョンは、鉄かぶと島のタッツェルベルム達よりも遥かに知能の高いタッツェルベルムなのである。

 外壁に沿って進んでいくと、一ヶ所内部に入れそうな場所を発見した。まずマテューがそこから中に入り、周囲をざっと確認した後、ビンセントに中に入るよう指示した。続いて、ホワイトも中に入った。マテューが、小さな声で言った。
「この先は、音に気を付けてくれよ。」
とは言うものの、廃墟の中は崩れ落ちた壁やガラスの破片が一杯で、一同が進むたびに、バリバリ、メリメリと言う音を立てた。もしジョンがここにいたら、とっくに彼らの侵入に気が付いている事だろう。下手をすれば、もう逃げ出してしまったかもしれない。

 マテューは、廃墟奥の"元警備室"や"従業員用の部屋跡"に立ち入って調べた。そこで彼は、ビデオ映像に映っていたのと同タイプの、ボロボロのフード付きスタッフジャンパーを見つけた。埃の上を、最近誰かが歩いた跡も見つけた。マテューには、妙な形の足跡が何の動物のものか理解できなかったが、ホワイトとビンセントには、すぐにそれがタッツェルベルムのものであることを理解した。ホワイトが言った。
「巡査長の言う通り、彼はここにいたようね。」
ビンセントが付け加えた。
「もしくは、今も"いる"かだ。」
続けてマテューは言った。
「さて、この階はすべて調べた。次は、地下の駐車場に行くが、君たちの心構えは良いか?」
二人は言った。
「大丈夫です。行きましょう。」

 三人は、階段を下りて、地下の駐車場に降りていった。地下ではあるが、天井に近い部分に採光用の窓があって、夕陽の弱い光が駐車場に差し込んでいた。マテューが言った。
「見なさい。床の土埃があちこちで乱れている。明らかに、最近誰かが歩いた跡だ。」
ホワイトがその場にしゃがんで床を調べたが、土埃に付いた跡もやはりタッツェルベルムの足跡だった。ホワイトがその足跡を指差すと、ビンセントも頷いた。マテューが、また言った。
「見ろ。ここには、食肉の空きパックや缶詰の空き缶が転がっている。埃が積もっていないから、最近のものだろう。真新しい雑誌や本もあるぞ。動物が本を読むか?君達のその"タッツェル何とか"は、本当に動物なのか?」
マテューは、また別の物を発見した。
「テレビもあるぞ、携帯用のタイプの…。電源もないのに、何に使うんだ?」
そう言って、マテューは試しにテレビのスイッチをオンにした。すると、テレビの画面が発光し、音声が発せられた。彼は、すぐにテレビのスイッチをオフにした。
「なんてこった。着くのか!奴は、テレビも見るのか!?」
ビンセントが言った。
「そのために、電池も盗んだのですね。」

 時計は四時半を回り、駐車場に差し込む光もかなり弱くなっていた。三人は、駐車場をくまなく調べたが、タッツェルベルムの隠れる事のできるような場所はどこにも無い。マテューは、遂に駐車場に端にあるマンホールの所まで来た。
「埃があちこち乱れていて、足跡もたくさんある。錆びたマンホールにも、尖った物で引っ掻いたような跡が付いている。奴がここから出入りしていたのは、ほぼ間違いない。」
そう言って、彼はマンホールの蓋を外し、懐中電灯で中を照らした。
「大丈夫。ここには、いないようだ。」
マテューは、パトカーで待つパトリックに、胸の無線マイクで連絡を取った。
「パトリック。これからマンホールから、下水に降りる。」
パトリックが答えた。
「了解。」
それから、彼は懐中電灯とショットガンをビンセントに渡した。
「私が最初に下に下りるから、上から照らしててくれ。それから下に降りたら、しゃべったり、音を立てたりしないように。」
マテューは、音を立てないように慎重に鉄梯子を下っていた。次にホワイトが降り、最後にビンセントが懐中電灯を左手に持ったまま降りた。
 下水道の中は、左右に狭い歩道部分があり、中央を悪臭を発する汚水が流れていた。ビンセントがマテューにショットガンを返すと、マテューが下水道の中を進み始めた。懐中電灯で前方を照らすのは、ビンセントの役目になった。
 マテューは両手でショットガンを構え、慎重に前進した。今まで、この学者先生方に偉そうな態度を取られたが、このような状況ではいかに警官の方が勇敢で役に立つかを教えてやる絶好のチャンスだ…そう思って、いつもより勇敢さを誇張するような態度と足取りになっていた。

 下水道の中は真っ暗で、懐中電灯の明かり以外は何も無く、電灯が照らし出す先だけが視認できた。下水道は、やがて分岐点に達した。マテューは、立ち止まった。彼は、黙ったままショットガンをビンセントに手渡す。そして、ポケットから折りたたんだ地図を出して広げだした。
と、その瞬間である。水飛沫をあげ下水の中から何かが飛び出し、そのままマテュー巡査長の背後に回った。マテューは体勢を整える間も無く、そのままその何者かに羽交い絞めにされた。その何者かは、言葉を発した。
「銃を置け。」
ビンセントは言われる通り、ショットガンを下においた。もう一方の片手に持っていた懐中電灯を恐る恐る、声の方に向けた。そこに映し出された姿を見て、ビンセントとホワイトは、それが探していたタッツェルベルムだと理解した。タッツェルベルムは言った。
「懐中電灯を消せ。」
ビンセントは、言われる通り懐中電灯を消した。下水道の中は、一切の光が無い真っ暗闇となった。タッツェルベルムの低い重々しい声が、下水道の中に響いた。
「あなた方には私が見えないかもしれないが、私にはあなた方がはっきりと良く見えている。誰も傷つけるつもりはない。無駄な抵抗はするな。」
ホワイトとビンセントは、突然の出来事に、言葉を発する事ができなかった。
「なぜここに来た?私は自分の存在を誰にも気づかれないように過ごしてきたつもりだ。お前達は、誰だ?」

ホワイトは、やっと口を開いた。
「私はカレン…カレン・ホワイト。彼はビンセント。そして、あなたが捕まえているのがマテュー。」
マテューが苦しそうな呻き声をあげた。ホワイトが続けた。
「お願い。彼を放してあげて。」
暗闇の中に、返事がこだました。
「駄目だ。話を聞いてからだ。一体、なぜここに来た?」
「あなたを探してここに来たのよ、ジョン!」
ホワイトがそう答えると、下水道の中に一瞬沈黙が訪れた。
「なぜ、私の名前を知っている?」
メグに"ジョン"と名づけられたタッツェルベルムは、静かに聞き返した。ホワイトが言った。
「わたしは、メグちゃんの友達なの!」
「メグの友達?」
「そう!メグちゃんは、あなたの無事を願っているの!私はメグちゃんと、あなたを傷つけないと約束したの!」

再び沈黙が訪れる。ジョンは考えているようだった。しばらくして返事が返ってきた。
「あなたが言っている事は、"嘘"だ。私を傷つけるつもりが無いなら、なぜ"銃"を持ってきた?」
ホワイトは、返す言葉が無かった。ビンセントが、変わりに答えた。
「私達は、君が桁外れの能力を持っている事を知っているので、用心のために銃を持ってきたのだ!」
ジョンは、その台詞に興味をもったようだ。
「私が桁外れの能力を持っていると、どうして君が知っている?君らは一体何者なのだ?」
ビンセントは言った。
「それに答える事はできない。」
ジョンが空かさず応酬した。
「もし答えなければ、このマテューと言う奴の息の根を止めるぞ!」
ホワイトが制止した。
「待って!誰も傷つけないと約束したじゃないの!」
ジョンが答えた。
「気が変わった。私には、『自分が何者で、どこから来たのか』を知る権利がある。」
今度は、ホワイトがしばし考えて沈黙した。
「分かったわ。確かに、あなたにはそれを知る権利があるわね。話すから、マテューに危害を与えないで。」
「分かった。危害を加えない。」
そう、ジョンは約束した。

 ホワイトは、頭の中で何から話すべきかをまとめていた。それらの整理が付くと、話し始めた。
「要点をまとめて話すわ。あなたは、アメリカ合衆国陸軍の秘密研究の過程で生まれたの。長年の遺伝子研究によって、生物の最強の部分を寄せ集めて生物兵器を生み出す研究がされていたのよ、アジアの南方の島で。」
「猛禽類のような視力、兎のような聴力、犬のような嗅覚、蛇が持つピット器官、虎のような牙や爪、ピューマのような脚力、ゴリラのような腕力、俊敏に閉じるヒトデの数倍の堅さを持ったキャッチ細胞の外皮、野生動物の数倍の治癒力、極限状況下を生き残る高度の環境適応能力、そして犬やイルカと同等かそれ以上の知能、そう言ったありとあらゆる能力を詰め込まれたの。最強の生物兵器とするために。」
ジョンには、その内容はかなりショックなものだったようで、動揺が声にも現れていた。
「私は、生物兵器なのか?最強の?」
再び沈黙が訪れた。ジョンが、ゆっくりと言った。
「以前新聞で、私と似た容姿の生物が、マレーシアで発見された記事を読んだ。あれは、私の仲間なのか?」
ホワイトが答えた。
「まだ断定はできないけれど、恐らくそうよ…。」
ジョンは、質問を続けた。
「イルカや犬と同程度の知能と言ったな…。イルカや犬は、しゃべったりしない。何故、私は人間と同じようにしゃべるのだ。」
「それは…。」
ホワイトは、問題の核心を突かれて一瞬返答に詰まった。しかし、意を決して彼女は言った。
「それは、あなたが唯一無二の特別な存在だからよ。あなたの脳は、ブラウン博士の遺伝子を継承しているの!ブラウン博士は、メグちゃんの父親よ!」

 この回答は、ジョンを更に動揺させた。今まで悩み続けていた問題に、すべて答えが与えられただけでなく、その答えの内容が、予想を遥かに超えるショッキングな物だったからだ。短時間の間に、消化しきれない情報がもたらされた結果だ。ホワイトは、ジョンの動揺を即座に察知した。
「ジョン。あなたのような存在は、他にはいないの!唯一無二の存在なの。私達と一緒に行きましょう。そうすれば、メグちゃんも喜ぶわ!」
ジョンは、しばし考えた挙句にこう断言した。
「いや。私は行かない。行ったところで、私は隔離されて研究の材料になって突付きまわされるか、隠蔽のため殺されるかのどちらかだろう。その点については、かつてメグが私に言ったことがまったく正しい。本当に、メグは素晴らしく頭の良い子だ。」
そして、一瞬言葉を詰まらせてから続けた。
「私は、メグの記憶の中で、可愛い子犬のような容姿で生き続けたいと思う。」
それから、ジョンの声は急に穏やかな声に変わった。
「それにね、私の姿は誰が見てもモンスターだ。例え万が一研究から開放されて、世の中で生活するチャンスが与えられたとしても、世の中が私を受け入れないだろう。」
次の瞬間、ドサッと言う物音がした。ジョンが言った。
「今、マテューを解放した。気を失っているようだが、命に別状は無い。」
そしてジョンが立ち去るような足音がした。ホワイトが、慌てて叫んだ。
「待って、どこに行くの!」
ジョンが、静かに応えた。
「ここを去るよ。まぁ無理かもしれないが、お偉方に私を探さないように進言してくれないか?誰かが追ってきたら、私も戦わざるを得ない。私の戦闘能力は、君達の方が詳しいだろう?私は、誰も傷つけたくないんだ。誰かを傷つけたら、メグが悲しむからね。それから、マテューさんの事は申し訳ない。あんな事を言ったが、初めから殺すつもりはなかった。」
ホワイトが言った。
「わかってたわ。」
ジョンが言った。
「本当の事を教えてくれてありがとう、ホワイトさん。」

 ホワイトは、自分の頬を涙が流れ落ちているのに気が付かなかった。ジョンは、続けて言った。
「そうだ…。もし知っていたら教えてほしい。私の寿命はどれくらいかな?」
ホワイトは、ジョンに対して嘘を付く事ができない、否、嘘を付いてはいけないと感じた。
「恐らく四十年。長くても五十年だと思う。」
「"驚異的な新陳代謝"と"成長速度"の代償と言う訳だね…。ありがとう。メグには、私は死んだと伝えてくれ。」
ホワイトが言った。
「これから、どこへ行くつもりなの?」
ジョンが、静かに答えた。
「私にも分からないよ。さようなら。」
これがホワイトとジョンの交わした最後の言葉だった。足音は遠ざかり、ビンセントが懐中電灯のスイッチを入れた時、下水道の中にジョンの姿はどこにも無かった。