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第三十五章 捜 索

 マテュー巡査長が軍の守秘義務誓約書にサインさせられて、三日が経過した。マテュー巡査長とパトリック巡査は、警察の会議室のテーブルの上に地図を広げていた。時間はすでに、午後二時を廻っている。
パトリックが言った。
「巡査長。一体全体、こそ泥を捕まえる事と、あの学者達が探している動物との間に何の関係があるんですか?」
マテューがうんざりしたような顔で、パトリックの顔をじっと見た。
「知らぬが花だ、巡査。私は、知ってしまってえらく後悔している。その話しは、二度とするな。君のためだ、いいな?」
パトリックは、巡査長があまりにイラついた表情を見せたのでたじろいだ。
「分かりました…。」
マテューは、再び地図の方に向き直った。
「そろそろ、あの先生方がお出でになるころだ。この地図で、色々と説明せにゃならん。君は、余計な口を挟まんで良いからな、パトリック。」

 程なくして、カレン・ホワイトとマイケル・ビンセントが、警察署にやって来た。形式的な挨拶を済ました後、四人は市内の地図を開いたテーブルを囲んで座った。マテューが、最初に発言した。
「例のこそ泥は、市内各地の店で同じような盗みをしているようです。被害が少ないから誰も気が付かなかったか、万引きかと思ったのでしょう。各店に通達を出したら、長期休業して店を開けていない店でも缶詰や電池の被害が報告されました。おそらく奴の仕業でしょう。」
「電池?何故?」
と、ビンセントが反応した。それを無視して、マテューが続けた。
「あのボロボロのジャンバーのフードを被った男の目撃例は、市内では一件もない。先日の被害にあった小売店の周囲を調査したら、マンホールを開いたらしき新しい傷跡が、道路に残っていましてね…。市の水道局に問い合わせたが、一年以上あそこのマンホールは開けられていない。と言う事は、あのジャンパー男は、下水道のマンホールから市内に出入りしていたと考えられる。」
「マンホール…。」
と、今度はホワイトが反応した。マテューは、二人の博士の顔を見てから説明を続けた。
「水道局に調査を依頼して、最近開かれた形跡のあるマンホールを調べてもらった。結果は、人通りの少ない郊外のマンホールに、開かれた形跡の新しい傷がある事が判明しました。それらの位置は、この地図上に赤丸で印を付けてあります。」
ホワイトとビンセントは、その印を目算で数えた。概算で二十ヶ所と言ったところ。マテューは、その赤い丸印を指差しながら行った。
「それらのマンホールの位置は、被害にあった小売店の位置とほぼ一致します。奴は狡猾です。盗みに入る店は、夜間は閉店している店で、防犯ベルや防犯カメラの設置してない小さな店ばかりです。先日の防犯カメラは最近設置したばかりで、奴も気が付かず油断していたのでしょう。」

 マテューは、そこで一旦息をついた。ホワイトとビンセントが、彼の説明の先を待っている。
「さて、奴の潜伏先はどこか?我々は、水道局の下水道網の地図から、可能性のある場所をいくつか探った。市内には、何十軒もの廃屋や、潰れた町工場、立ち入り禁止の工事現場がある。その中で、奴が潜伏している可能性の高い場所はここです。」
そう言って、彼は地図の一点を指し示した。市内の中心から外れた郊外の地域だった。ビンセントが、その指し示された地図の一点を見た。
「地図上では、そこには何もありませんが?」
マテューは、答えを予期していたように応えた。
「地図上では更地になっていますが、実は二年前に大規模なチェーン・ストアが倒産して、現在も建物自体はそのまま野ざらしになっています。」
次に、ホワイトが質問した。
「市内にはたくさんの廃屋があるのに、何故その倒産したストアにいると判断されたのですか?」
マテューは、ホワイトに向き直って言った。
「簡単な事です。先日の防犯ビデオ映像を覚えていますか?彼が後を向いた映像が数フレーム映っていて、それを解析した結果、ジャンパーの背中に"ワンダフル・マート"と言うロゴがプリントされている事が判明しました。実は、二年前に潰れたストアと言うのが、"ワンダフル・マート"と言う名前なのです。おそらく奴は、廃墟にあったスタッフ・ジャンパーを着ているのでしょう。」
 ホワイトとビンセントは押し黙り、顔を見合わせた。ジョンは、僅かな期間に生存適応を果たしているようだった。親も教師も同類も周囲にいないのに、まったく見知らぬ土地で、たった一人で、誰にも気が付かれぬように、過酷な環境を生き抜いているらしかった。その知能といい、適応能力と言い、実に驚くべき事である。博士二人が押し黙っているので、マテューが言った。
「これから、ワンダフル・マートへ行ってみましょう。」

 マテュー以下計四名の乗ったパトカーは、サイレンを消し、静かにワンダフル・マートの駐車場へと滑り込んでいった。潰れたストアは廃墟と化していたが、それでもまだ屋根や壁等を保持していた。
 マテュー巡査長は、静かにパトカーを降り、また静かにドアを閉めた。パトリック巡査と、ホワイトとビンセントもそれにならった。マテューは、パトカーのトランクからショットガンを取り出し、パトリック巡査に言った。
「パトリック、ここで連絡を待て。私は、博士方二人と中を調べてくる。」
「了解。」
彼がそう答えると、マテュー、ホワイト、ビンセントの三名は、ワンダフル・マートの入り口へ向って歩いていった。