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第三十四章 静かなる包囲網

 ベースキャンプに朝が訪れると、キングスレーはすぐに行動に移った。伍長のローランドとケニー一等兵、バリー一等兵をキャンプに連絡係として残し、他の九名がタッツェルベルム狩りに赴くことになっていた。残された三名の内、タッツェルベルムの実戦能力を実際に知らないケニーとバリーの二名は、明らかに不満そうだった。その彼らに、キングスレーは言った。
「君たちは、このベース基地を守ってくれ。奴が危険を察知して、奴の方から先に仕掛けてくる可能性もある。」
それからキングスレーは、ハンティング部隊を三チーム、三人ずつに分けた。
大尉のキングスレーのチームには、伍長のジャッキーと上等兵のジム。曹長のロイのチームには、兵長のトニーと上等兵のルーク。軍曹のロッドのチームには、上等兵のホーマーとミキモトを配した。キングスレーは。一同に言った。
「諸君。これから、奴が棲息していると考えられる十キロ四方を探索する。探索には、数日かそれ以上要するかもしれない。昨夜、諸君に詳細を伝えたように、タッツェルベルムの能力は野生動物の最高の部分を集めたものに等しい。視覚、聴覚、嗅覚それぞれが、非常に鋭い。おそらく我々が奴を見つけるより早く、奴の方がこちらに気づく可能性の方が高い。」
そこで一旦、キングスレーは言葉を止め、迷彩塗料を塗った一同の顔を見回した。
「こちらは必ず風下から探索行動を行う。風向きが変わった場合の指示には、迅速に従ってもらう。不注意な足音や木々の葉擦れの音には、くれぐれも気をつけてくれ。君たちのうち四名は中東地域での特殊作戦の実戦にも参加していると聞いているが、今回の密林での作戦は勝手が違う。一方で、諸君が過酷な密林での戦闘訓練も受けている事は、重々承知している。その成果を、ここでいかんなく発揮してほしい。では、出発だ。」

 三つのチームは、それぞれ距離をおいて左右に展開し、変則的なダイヤモンド隊形で密林の中に、静かに踏み入って行った。
音を立てず、木々の葉を揺らす事もなく、九名のハンターは密林の中を一歩一歩静かに前進した。場所によっては、たった一メートル進むのに一分もかけた。銃器はすべて、布製のストラップで止められ、金具はすべて外されていた。音を立てないための配慮だった。また、省スペースでも十分な威力が発揮できるように、短銃心かつサイレンサー付きの、名前すらまだ決定されていない新開発の短機関銃が陸軍によって提供された。彼らは、それを名前がまだ付いていないと言う意味で"Xガン"と呼んだ。弾丸の威力は、二百メートル以内であれば、確実にタッツェルベルムの外皮を貫く性能だと言う。
 各種装備も特殊な物だった。微かな声帯の振動を拾う特殊な高性能マイク、同様に骨伝導の特殊な内耳用高性能イヤホン、コンパクトかつ省電力の最新のナイトビジョン、正確な距離の測定が可能な双眼鏡、兵士同士の位置を精密に確定するGPS発信・受信機等々。
 時間は、一時間、二時間と経過していき、陽も次第に高くなっていった。山の斜面の上からは緩やかに風が吹き降ろしていたが、まったく涼しくはなかった。密林には、様々な種類の鳥や動物の鳴き声が響いていた。

 時計が十一時を廻ったところで、ロッドのチームがその場に停止し、水分の補給を行い、エネルギー補給のための携帯糧食を胃に流し込んだ。その間、残りの二チームが周囲の警戒に当たった。それから五分毎に、残りの二チームが交替して、同様に水分とエネルギーの補給を行った。すべて無音で行われた。仮にこの場所に観光客のバードウォッチャーがいたとしても、よもやそこに兵隊が九名もいようとは予想も付かなかったに違いない。十一時十五分、一行は再び出発した。

 時計は、十二時、一時と過ぎて行った。陽は高々と昇り、暑さも最高潮に達しようとしていた。この地域は海岸線から、三十キロ程度しか離れていないこともあり、湿度も高くかなり蒸し暑かった。歴戦の兵士達でも、汗はかいた。汗は首を伝って、迷彩色のアーミーシャツの中に流れ込んでいった。時計が二時を廻ろうとする頃、変化があった。
 咽喉に巻かれた特殊マイクを使って、ロッド軍装が報告してきた。キングスレーは、やはり骨伝導特殊イヤホンでその報告を聞いた。
「キャプテン、足跡を発見しました。」
ロッドは、その足跡が昨夜の報告で見た足跡とまったく同じ物である事を確認した。キングスレーが、声帯振動マイクで応えた。
「了解。これからロッドのチームが先頭に立て。」
左翼を受け持っていたロッドのチームがセンターを受け持つため、キングスレーのチームが静かに左翼へ展開し、右翼のロイのチームが間を詰めた。ロッドは足跡を慎重に辿りながら、静かに前進した。十五分ほど進むと、再びロッドから連絡が入った。
「キャプテン。この先、足跡が右に曲がっています。このまま進むと谷底の方向に向って、風上になってしまいます。」
「それはまずいな…。そこで停止して、指示を待て。」
キングスレーはそう指示を出すと、ベースキャンプに連絡を取った。
「ローランド、この辺一体の最新の天気の情報は?」
ベースキャンプのローランド伍長が応えた。
「風向きは一定していますが、夕方には雨が降る確率がかなり高いようです。」
「了解。」
キングスレーは思案した。熱帯の激しいスコールが来れば、足跡は流されてしまい、追跡は困難になる。しかし、そのまま前進すれば風上に廻ってしまう。決断しなければならない。
「ロッド、聞いての通りあと数時間で雨が降る。足跡が消えてしまう前に、奴のねぐらを見つけ出したい。日が暮れたら、もっと面倒なことになる。奴に見つかる確率は高くなるが、前進する。各チームは、チーム間の距離を半分に詰めよ。」
「了解。」
ロッドとロイはそう応じて、再び前進を始めた。

 九名のハンター達は、自分の使命を全うするため、黙々と静かに前進を続けた。右へ折れた足跡は、次第に谷底方向へと向きを変えていた。しばらく進むと、一行は確実に風上に出てしまった。警戒心が強い動物なら、異変に気が付くだろう。

 熱帯のスコールが近づいているのか、風が強くなってきた。空が、次第に暗くなってきた。豪雨になったら、探索は困難なものとなる。時計が二時四十五分を廻った時、ロッドから連絡が入った。
「キャプテン、ビンゴです!足跡が、百メートルほど向こうの山の斜面の洞窟の入り口で終わっているようです。」
「了解。全員がそこに到着するまで待て。」
前回は奴にしてやられたが、今回の"運"はこちらにあるようだ…キングスレーはそう思った。警戒心を維持しつつも、足早にロッド達のいる方へ向かった。