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第三十二章 上 陸

 キングスレー大尉が率いる十二名の特殊部隊は、マレーシアのカリマンタン島に上陸した。サンダカンの港から数キロ南に下った海岸で、案内係の現地諜報員が彼等を待ち受けていた。
 諜報員の通称名は、クチン。現地語で"猫"と言う意味で、身が軽く、神出鬼没の男と言う触れ込みだった。実際は、現地の旅行ガイドの出で立ちに見えた。クチンは、言った。
「キャプテン・キングスレーですね。お持ちしておりました。」
キングスレーは、出港前にもらった写真の顔と、クチンの実際の顔を照合した。本人に間違いない。念の為、身分証明書の提示を求めた。現地の旅行会社名の身分証明書を持っているはずである。クチンはその証明書を差し出し、キングスレーはそれを確認した。二人は、握手を交わした。
 キングスレーは、船の曳航と繋留をクチン側に任せた。その後、十二名の一行は、クチンの指示に従いマイクロバスに乗り込んだ。乗り込むや否や、バスが走り出した。マイクロバスは、やはり現地の諜報員が運転していた。キングスレーが、クチンに問い尋ねた。
「現状は?」
クチンが応えた。
「奴等の潜伏区域は、だいたいつかめています。ここから三十キロ西に言った所に生息していると思われます。その周辺の村々で、定期的に奴は"狩り"をしているようです。被害の場所はある一定の地域を中心に起こっていますので、おそらくその十キロ四方の地域に奴の棲家があると予測しています。」
キングスレーは言った。
「では、そこの地域に最も潜入しやすい地域に、ベースキャンプを張ろう。」
クチンが、微笑んで言った。
「もう既に、極力村人の人目に付かず、しかも潜入しやすい場所の選定を終えているので、今そこへ向っている所です。」
彼は特段興奮している風でもなく、かと言って無関心と言う訳でもない、ニュートラルな態度を維持していた。このクチンと言う男、こう言った非合法活動にはかなり慣れているらしい。ベテランの諜報員なのだろう。それ以降は、お互い言葉を発することも無く、ひたすらベースキャンプ地へのバスの到着を待った。

 ベースキャンプ地に到着すると、一行は機材をマイクロバスから下ろし、設置を始めた。ベースキャンプ地は、山に踏み入った村人の目に触れぬよう、山林の中に設営された。しかし、キングスレーは"鉄かぶと島"で辛酸を舐めているので、森の木々がキャンプにあまりに近い地は避けたかった。タッツェルベルムは、森を隠れ蓑にしてどこからでも襲ってくる事ができた。彼は、奴のその能力を痛いほど知っていた。
 キングスレーは、キャンプ地の周囲三六〇度を見渡せる開けた地にベースキャンプの設営を命じた。鉄かぶと島の戦闘では無かった各種センサーや地雷を、キャンプの周りに設置し、東西南北に攻撃の拠点を設営した。鉄かぶと島の惨状を知らない九名の特殊部隊員達は、たった一匹の獲物を狩るには「あまりに仰々しい」と感じていたが、船上での一件があったので、皆黙って黙々と指示に従いベースキャンプの設営に勤しんだ。
 連絡係かつ現地案内員である情報員のクチンとバスの運転手は、自分の仕事が一旦終了したので、連絡先の電話番号をキングスレーに渡してキャンプ地を去った。

 ベースキャンプの設営が終わり、日が暮れるとキングスレーは一同を招集した。一同が集まった所で、彼は言った。
「明朝、陽が昇ったら作戦を実行する。これまでの被害状況を見ると、奴は夜間に行動しているが、奴の夜間の能力は桁外れている。夜間の対決は避ける。昼間、奴が身を潜めている所を襲う。」
キングスレーは続けた。
「奴は予想以上に頭の良い奴で、本能的な行動も侮れない。もし彼が周辺の異常に感づいたら、予想も付かぬ行動に出るかもしれないし、地域から逃げ出すかもしれない。火の使用は厳禁とする。狩りが終了するまでは、余計な物音も立てないように心掛けてくれ。また、風向きにも注意してくれ。この場所は風下を選んだが、風向きが変わったら知らせてくれ。」
「それから、念のため、夜間は交替で東西南北すべてに見張りを付ける。センサーの反応だけでなく、何か直感で異変を感じてもすぐに知らせてくれ。」
 この後、ロバート・ロイ曹長がタッツェルベルムの能力、外観や特徴の写真、鉄かぶと島での狡猾な攻撃の方法、明日の装備やスケジュール等の細かな伝達事項等を一同に伝えて、この会議は散会した。

 夜間、交替で見張りが行われたが、キングスレーが心配するようなタッツェルベルムの急襲は無く、無事朝を迎えた。そして、いよいよ特殊部隊によるタッツェルベルム狩りが始まるのだった。