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第三十章 洋上の部隊

 2028年も、既に3月に入っていた。キングスレー大尉を隊長として新たに編成された部隊は、ミンダナオ島西方洋上の漁船上にいた。新しい部隊は、キングスレー以下全12名。
 "鉄かぶと島組"はロイ曹長とリハビリから復帰したてのローランド伍長の二人だった。残り九名は、陸軍特殊部隊出身の隊員達だった。今回の任務は非公式潜入任務なので、全員軍服の上に、民間人(※漁師)風のカムフラージュをしていた。彼らが乗っている漁船も、軍用の快速艇をカムフラージュ塗装&偽装したもので、各国の臨検や海賊から逃げ切れる十分な速度を持っていた。
 彼等の任務は唯一つ。マレーシアに潜入して、研究所から逃げ出した獣を確実に抹殺し、速やかにマレーシアを脱出する事である。マレーシア政府にも、周辺の国々にも絶対に知られてはいけない極秘任務だ。

 グリーンベレー出身の隊員達九名は、軍曹の名前がロッド、伍長がジャッキー、兵長がトニー、上等兵がルーク、ジム、ホーマー、ミキモトの四名、一等兵がケニーとバリーの二名。この二人は、比較的最近部隊に加わった者である。特殊任務の部隊という特殊な編成故、経験の浅い兵士達は部隊には存在していなかった。
 彼ら九名の中には、任務とは言え、鉄かぶと島出身の三名があからさまに気に食わない様子の者も少なからずいた。特殊部隊での訓練や経験のレベルでは、明らかに彼ら九名の方が格上だった。そこへ、陸軍の上層部が突然、訳の分からない大尉と若い下士官を二人送ってよこし、彼らに従えと言う。九名の中の古株である歴戦の勇士ロッド軍曹のでさえ、今回の任務ではキングスレー大尉に従わなければならない。

 若い上等兵のジムがキングスレーに、皮肉をこめた質問をぶつけた。
「隊長殿、質問があるんですがね。」
ベテランの兵士であるキングスレーは、彼の語感にこめられた感情を即座に読み取った。そして、ゆっくりとジムの方を向いて答えた。
「何だね?」
ジムは船の床に唾を吐いた後、みんなに聞こえるようにわざと大き目の声で言った。
「今回の任務は、一匹の獣を狩る事だと言う命令を受けていますがね。ハンティングなら、ベテランの猟師が一人か二人いればすむ話しじゃないですか?なんで、たった一頭の動物を狩るのに、"高度な訓練を受けた九人"がこんなくそ暑い南の島に行かなきゃならないんですかね。」
ジムは、敢えて"十二名"ではなく"九名"を強調した。そして続けた。
「隊長は三匹の獣を借り出すのに、多数の部下を失ったと聞いていますが、部隊は武器を持っていて、向こうは丸腰だったんでしょ?何故、逃がした上、全滅しかかったんですかね?」
彼が最後まで言う前に、怒ったローランド伍長が抗議のため立ち上がろうとした。しかし、それよりも前に、軍曹のロッドが言った。
「黙れ、ジム!」
そして、キングスレーの方を向いて言った。
「すみません、大尉。みんなこの暑さで苛立っていますので、お許しください。我々は"獣を狩る"と言う以外、任務の詳細も知らされていないのです。」
キングスレーが、ゆっくりとみんなにしっかり聞こえるように応えた。
「いや、いいんだ、軍曹。みんなには、今回の任務の詳細を知る権利があるし、知っておく必要がある。マレーシア到着以前には言う予定だったが、今話しても格段の問題は無いだろう。」
キングスレーは、一同をゆっくり見回して言った。
「今回、我々が狩るのは普通の動物ではない。軍の研究施設で生まれた軍事作戦用の高機能生物だ。研究所ではタッツェルベルム、訳せば"足のはえた虫"と呼ばれていた。奴は研究所の外では生きられないはずだったが、環境に適応してサバイバルしている。」
「奴は、瞬時に硬化できる外皮を持ち、駆ける速度はチーターのように早い。ゴリラのような腕力と、虎のような鋭い爪と牙を持っている。犬並みの嗅覚や並外れた聴覚を持つだけでなく、ピット器官を持ち、赤外線で夜間でも見る事ができる。奴が水中で行動できる事も、実戦で確認した。そしてもっとも困った事は、知能は頭の良い犬やイルカと同等かそれ以上だと言う事だ。」
彼がそこまで言うと、今までだらだらと聞いていた隊員達は背筋を伸ばした。キングスレーは、ジムに視線を向けた。
「確かに、我々は全滅しかけた。ジム、君は我々の部隊や部下が腑抜けか何かのように感じたようだが、はっきり言っておく。大勢の仲間が死んだアフリカの実戦で生き残った私の部下のビルも、今回奴等との戦闘で生き残る事ができなかった。彼は私の旧い友人の一人でもあり、優秀な兵士だった。生き残った私とロイとローランドの三名も、深い傷をおった。ジム、もし君があの獣を舐めてかかったら、君も同じように死ぬか、重傷を負うことになるだろう。もしそれを忘れそうになったら、私の顔の火傷の痕を思い出すがいい。」
キングスレーが説明を終えると、ジムはうつむいた。そしてそれ以上、余計な質問をする者はいなかった。軍曹のロッドは、船の進行方向の海面をじっと見つめていた。