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第二十一章 タッツェルベルム達の処分

 1月15日の朝、島に残っていたのは僅か十五名だった。研究所内はガランとしていて、値の張る高価な設備はまったく残っていなかった。研究室の机や椅子、食堂のテーブルや椅子等は例外で、かなり使い込んであって古く、輸送費の方が高くつく事からそのまま残されていた。厨房の調理用具も同様で、料理人が大切にしている料理道具以外の大半がそこに放置されたままだった。キングスレー少尉の部下のピーター二等兵とローランド二等兵が、厨房でその日の朝食を作っていた。
 各研究チームのチーフ達の持ち物は、極僅かなものに限られていた。スーツケースに入る以外の持ち物は、既に先の人員輸送船に詰まれて本国に送られた。長年過ごした個室・・・今は空っぽの部屋・・・で、彼らは毛布や寝袋に包まれて一夜を過ごした。朝8時を過ぎる頃、みな起き出して来て、ゾロゾロと食堂に集まってきた。空っぽになった食堂は、寂れた観光地の開店前のレストランのようである。最初に食堂に入って来たのは、マイケル・ビンセント博士だった。
「おはよう、ピーター。おはよう、ローランド。」
「おはようございます、ビンセント博士。」
ピーターとローランドは、ビンセントの使い捨てアルミ皿に彼等の調理した料理を載せていった。その後、ダン一等兵とクリスチャン二等兵が島のパトロールから戻ってきた。その後、ほぼ全員が食堂にやってきて、アルミ皿を持って列に並んだ。最後にやって来たのが、カレン・ホワイト博士だった。列の前には、サム・シュルツ博士が並んでいた。
「おはよう、ホワイト博士。」
「おはようございます、シュルツ博士。」
「タッツェルベルムに餌をあげてきたのかい?」
「ええ、睡眠薬入りのをね。今、食べている最中よ。一時間もすると、熟睡すると思うわ。そしたら・・・。」
ホワイトは、シュルツから目を逸らせた。
「うん、分かってるよ。たいへんだね・・・。」
シュルツは、ホワイトを労わり同情するような口調で言った。

 一同は、食べることが課せられた労働でもあるかのように黙々と食べ、朝食の時間を静かに過ごした。

 研究体管理・育成室のガラスで区切られた通称"育児室"の中で、タッツェルベルム達は朝の餌を食べていた。彼等のリーダーの暴れん坊が、餌の異変に気が付いた。タッツェルベルムの特別に研ぎ澄まされた嗅覚や味覚により、今日の朝の餌がいつものとどこか違うことに気が付いたのだ。彼は途中で食べる事を止め、仲間にも食べないように一声吠えた。しかし、大食漢の太っちょは全部食べ終わってしまい、仲間の大半も半分以上食べてしまっていた。
 タッツェルベルム達が異変を感じ取ったのは、実は今日が最初ではなかった。ガラスの向こうの物がどんどん運び出され、ついには机と椅子しかなくなった。そして、今まで世話をしてくれた人も、昨日でいなくなってしまった。今日は、たった一人しか姿を見せていない。彼等の研ぎ澄まされた感覚と本能が、彼等自身に異常さを訴えかけていた。今日は、何か良くないことが起きるかもしれない・・・。彼は、群れのリーダーとして、警戒心を保ち続けた。しかし五分もすると、餌を全部食べた太っちょが最初に寝入ってしまった。十分もすると、怖がり、チビ、プルプルも寝入った。続いてチョコマカと、ノッポもうつらうつらとしてきた。暴れん坊は、吠えて二匹を寝させないようにしていたが、遂に二匹も寝入ってしまった。暴れん坊はかなり粘ったが、三十分もすると彼も遂に寝てしまった。

 食堂での朝食を済ませると、テーブルの隅に、所長のスチュアートとブラウン博士、ホワイト博士、ビンセント博士、そしてキングスレー少尉の五名が集まった。スチュアートが言った。
「ビンセント博士、細胞と育成中の幼体の処理は?」
ビンセントは、静かに答えた。
「幼体は、昨年末に化学毒で・・・。その後、焼却処分にしました。保存してあった細胞は、五日前に全部廃棄しました。」
ホワイトは、順調に育っていた九体の幼体達を思い起こした。体全体がフサフサの毛で覆われた、子犬のような可愛い幼体達だった。スチュアートが、今度はホワイトの方に向き直った。
「ホワイト博士の方は?」
「今朝、彼らに睡眠薬入りの餌を与えました。これから、DL64化学合成毒を注射します。巨大な象でも数秒で死ぬ、強力な毒です。」
スチュアートは頷いた。
「その後、焼却処分にしなきゃならんな・・・。少尉の部下に、何人か手伝ってもらえるかな?」
キングスレー少尉が答えた。
「建物に爆薬を仕掛けなきゃならないのであまり人手は避けませんが、ピーターとクリスチャンの二名を行かせましょう。」
「ありがとう、少尉。」
とスチュアートが礼を言うと、ブラウンも言った。
「私も付き添います。最後まで見届ける義務がありますから。」
この打ち合わせが終わると、各々、準備のため席を立った。

 ブラウンとホワイト以外の四名、スチュアートとシュルツとウォーカーとビンセントは、キーファー一等兵とローランド二等兵に付き添われ、島の西側の砂浜に誘導された。研究所を爆破するため、広場近辺も危険になるためだった。キーファーとローランドは、砂浜の端の木々の下に大型の軍用テントを設営して、全員の手荷物を運んでそこに入れた。
 キングスレー少尉とノートン伍長、ロックウェル上等兵、ダン一等兵、ロイ一等兵の五名は、研究施設、及び付帯施設の爆破準備作業に取り掛かった。キングスレーが言った。
「建物を完全に破壊するため、これから爆薬をセットする。今回使用する爆薬は、炎や煙は比較的少ないが強力な破壊力のある、P7型爆薬を使う。付近を航行中の漁船などに、怪しまれないためだ。設置個所は、予め綿密に計画してあるので、ノートン伍長の指示に従ってくれ。」

 ブラウン博士とホワイト博士、ピーター二等兵、クリスチャン二等兵の四名は、強力な化学毒の入った注射器をボックスに詰めて、育児室に向かった。建物内にはすでになんの保安設備もなく、もはや暗証番号も虹彩や指紋や静脈の照合も必要なかった。そもそも電源設備自体が、数日前にすでに撤去されていたのである。兵士のパトロールが、唯一の保安設備の代わりの役目を果たしていた。
 ドアを押し開いたり、スライドさせたりしながら、一同は研究室の奥へと進んだ。研究体管理・育成室のドアのみが唯一、鍵で閉じられていた。ホワイトは鍵を開け、部屋の奥へと進んだ。ガラスの向こうの育児室の中では、七体のタッツェルベルム達が寝入っていた。彼女は、育児室のドアの鍵も開けた。最初にホワイトが育児室に入り、続いてブラウン、ピーター、クリスチャンも中に入った。ホワイトはボックスを下に起き、注射器を取り出した。
 ホワイトは、寝入っている彼らに神経を集中するあまり、部屋の隅の餌箱内の餌が半分以上残っているのに気が付かなかった。まず一本目を、最も手前にいた太っちょに注射した。かれは、一秒もたたないうちにぐったりした。続いて、その隣の怖がりとチビにも注射した。彼らも、すぐにぐったりとなった。そして4体目のプルプルに注射しようとした時、異変が起こった。針が皮膚を貫通した途端、プルプルが大きな悲鳴を上げたのだ。部屋の一同に緊張が走る。二人の兵士は、腰のホルスターの軍用拳銃に手をかけた。しかし、他のタッツェルベルムが起きる様子は無かった。プルプルも、すぐにぐったりした。一同はホッとし、兵士も拳銃から手を離した。
 とその瞬間、奥から暴れん坊が飛び出して、ピーター二等兵に飛び掛った。ピーターは暴れん坊の一撃で、その場に崩れ落ちた。クリスチャン二等兵が拳銃を抜こうとしたが、暴れん坊の左手がピーターの顔面を一撃で叩き潰した。ブラウンがピーターの拳銃に手を伸ばそうとしたその瞬間、今度は暴れん坊の右手がブラウンの頭を吹き飛ばした。ブラウンの頭は胴体から離れて、床の上に転がった。
 ホワイトは、一瞬の出来事に顔面蒼白になり、声を出せなかった。暴れん坊はホワイトをじっと見つめたが、彼女には手を出さず、ノッポとチョコマカを叩き起こして部屋から連れ出した。部屋から出る時、暴れん坊は悲しげな目をホワイトに向けて、小さな唸り声を上げた。
 生き残った三体のタッツェルベルムが視界から消えて、しばらくしてからようやくホワイトは声を出すことができ、大声で叫んだ。兵士達が育児室に駆けつけた時、彼らがそこで見たものは、タッツェルベルムの四体の死体と、変形した三つの人間の死体と、青ざめてそこに座り込んでいるホワイト博士の姿だった。