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第十七章 ホワイト博士の憂鬱

 12月25日。鉄かぶと島の研究所は、クリスマスにも関わらず研究スタッフ達が、夜遅くまで寝る間も惜しんで働いていた。今年中には研究の全データを取りまとめ、来年早々には高価な研究設備を搬出できるようにしておかなければならなかった。
 カレン・ホワイト博士のチームも同様で、そろそろ時計の針が零時を回ろうと言うのに、全スタッフが熱心に仕事に取り組んでいた。ホワイトが、スタッフに告げた。
「みなさん、お疲れ様。明日もまた忙しいから、今日はこの辺にしましょう。切りの良い所で切り上げましょう。」
ホワイトの呼びかけにしたがって、チーム・スタッフが一日の仕事を収束し始めた。
「お疲れ様。」
「また、明日。」
と声をかけながら、一人、また一人と、スタッフ達が部屋を出て行った。時計が零時を指す頃には、部屋には、ホワイト一人きりになった。
 部屋のほとんどの灯りが消され、ホワイトのデスクのライトだけが明るく灯っていた。研究室奥のタッツェルベルム達の育児部屋は真っ暗で、天窓から差す月明かりと星明りが、彼ら七体の顔を一体、一体照らしていた。ホワイトは、自分のデスクの椅子に座りながら、彼らを順番に一体ずつ見つめた。
 タッツェルベルム達の寝顔は、その不気味な外見にも関わらず安らかに見えた。彼らは何の疑問も無く、ホワイト博士とスタッフを信頼しきっているのだ。しかし、その彼らの命を奪わなければならない。そう思うと、彼女の心は暗い遮光幕で覆われるのであった。しかし、彼女の力ではどうすることもできない。

 ふいに部屋のドアをノックする音が聞こえ、ドアが開く音が聞こえた。そこには、アルバート・ブラウン博士が立っていた。
「あら、ブラウン博士。」
ホワイトがそう言うと、ブラウンが答えた。
「やあ、ホワイト博士。ドアの最終ロックがまだだったので、誰かいるのかと思ってね。毎日遅くまで、たいへんだね。」
「私も、もう今日は終えるところですよ。」
ブラウンは部屋に入ってきて、ホワイトの隣のデスクの椅子に座った。
「疲れたでしょう?」
と、ブラウンが言った。
「いえ、今はどこのチームもこんなものでしょう。みんな時間が足りなくて、追い込まれていますから。」
と、ホワイトが答えた。ブラウンが、それを受けて言った。
「そうだね・・・。中には、放心状態の研究員もいるよ。余程、今回の軍の決定がショックだったらしい。みんな、長期間に渡って全精力を傾けていたからね。」
「ええ。うちのスタッフにも、そういう精神状態の人が何人かいますわ。実は、私もちょっと辛いです・・・。毎日、成長した彼らと接していると、特に・・・。」
そう言いながら、ホワイトは育児室で寝ているガラスの向こうのタッツェルベルム達に視線を移した。ブラウンも頷いた。
「彼等のことは、私も本当に残念だ。ここまで成長した彼らを、見放さなくてはならないとは・・・。」
「とても残念です。小さい頃からミルクを上げたり、餌をあげたり、健康をチェックしたり・・・。毎日接していると、情が移りますね・・・。彼らは見た目は不気味ですけど、とても従順で優しい生き物なんです・・・。」
二人は、その後育児室で眠るタッツェルベルム達を、ただ黙って見つめていた。ブラウンは、しばらくしてから言った。
「彼らを苦痛のないように死なせて上あげたい。DL64化学合成毒でいいかな?」
ホワイトは、何も言わずただ頷いた。頬を、一筋の涙が伝っていた。