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第九章 ウォーカーへの依頼
十月六日の夕刻。
シュルツ博士が、居住棟のブラウン博士の部屋を訪れた。ノックの音に応じて、ブラウンがドアを開いた。
「やあ、シュルツ博士。ここに来るなんて、珍しいね。」
ブラウンはシュルツを中に招き入れ、ドアを閉じた。シュルツは、上機嫌のようだった。
「例の遺伝子設計図が完成しましたよ。ブラウン博士の天才的頭脳を持ったタッツェルベルムの設計図です。それからこっちが、タッツェルベルム二世の他のタイプのディスクです。」
そう言って、シュルツはデータの入ったディスクを五枚、ブラウンに手渡した。ディスクを受け取りながら、ブラウンも微笑んだ。
「随分早かったね。ありがとう、シュルツ博士。」
シュルツ博士の性格上、物事に没頭してしまうことはブラウンも承知していたが、ここまで早く設計図が完成するとは予想外だった。シュルツが、ディスクを見つめながら言った。
「メモを付けてありますが、念のために言うと、1と書いてあるディスクが水掻きタイプの設計データ、2がキャッチ細胞の無い通常肌タイプで、3が新陳代謝の低い食料の少なくてすむタイプの設計データ・・・まあこいつは各機能も低いですけど・・・。で、4がピット器官の替わりに、こうもりのような音波感応型の器官を持たせたタイプで、この5と書いてあるディスクが、今回設計した人間の脳みそを持ったタイプの設計データです。」
そう言った後、彼はブラウンの方を見て言った。
「それで、この新しく設計した方の人間頭脳タイプの方の件ですが、タッツェルベルム二世達の遺伝子解析が完了していないので、二世達が持っている欠点は・・・もし欠点があるとしてですが・・・、その遺伝子設計図にはその欠点がそのまま内包されていますよ。」
ブラウンも、そのディスクに目を落として答えた。
「了解した。まあ、実際にはこの設計図は使われないのだから、問題はないだろう。とにかく、ここまで急いで仕上げてくれるとは思わなかった。本当にありがとう。早速、これを本国の陸軍上層部に送るよ。」
二人はしばらく雑談を交わしてから、もう一度礼を言ってシュルツ博士をドアまで送った。ブラウンは、五枚のディスクを机の引き出しに入れた。それらのディスクが、本国の陸軍に送られることは無かった。
翌日ブラウンは、ウォーカーの研究室を訪れた。二人は、研究室の隅にあるウォーカーのチーフ専用個室に入った。ブラウンが、挨拶代わりに軽く尋ねた。
「君とスタッフの調子はどうだね。」
ウォーカーが、ストレートに答えた。
「開店休業状態ですよ。シュルツ博士の新しい設計図ができるまでは、実質的にやることがありませんから。ここの研究員達は、今は自分達の研究テーマに没頭している所です。」
その答えを予期していたかのように、ブラウンは言った。
「それは、ちょうど良かった。実は、君に頼みたいことがあるのだが。」
「構いませんよ。時間はありますから。」
とウォーカーが言うと、ブラウンはポケットから一枚のディスクを取り出した。そのディスクには、"5"と言うナンバーが書かれていた。
「ここに、タッツェルベルムの遺伝子設計図が入っている。この前のとは別のタイプだ。タッツェルベルム二世の幾つかのバージョンの設計図を、以前にシュルツ博士に作ってもらったのだが、その内の一体分だ。水際作戦用の、手足に水掻きの付いている水に強いタイプの設計図でね。陸軍上層部からの指示で、その個体の遺伝子組み替えをすることとなった。実際にこれを培養するかどうかは、まったく未定なんだがね。軍としては、いつでも培養に移せる状態にしておきたいそうだ。ほとんど、前のタッツェルベルム二世と同じ配列だから、そう手間はかからないと思う。どうかな?」
ウォーカーは、そのディスクを受け取って言った。
「良いですよ、喜んでやりましょう。」
ブラウンは、一言付け加えた。
「ああ、それとね、これは一応軍からの機密事項依頼なので、君自身にやってほしいのだが。スタッフにも秘密にしておいてほしいそうだ、何故かは知らんがね・・・。軍のお偉方の考えることは、よく分からん。今さら一体や二体増やしたところで、秘密も何も無いような気もするがね。」
ウォーカーは笑った。
「確かに、軍隊って言う所はよく分かりませんね。大丈夫、研究上の守秘義務は守りますよ。」
それから一週間後、ブラウンはウォーカーから、保管ケースに入った組み替え完了済みの改変遺伝子を受け取った。ブラウンの秘めた計画は半分が完了し、あとは実行を待つのみだった。