JOLLYBOY'S NEWS JOLLYBOY TIMES
 Vol.14 1998年12月号

入口 >トップメニュー >NEWS >現ページ

メリークリスマス!

「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。(マタイによる福音書1章23節)


健康シリーズ ・2  「水について考えてみませんか?」

 人間の体は、6兆もの細胞で構成されています。そして勝手に細胞分裂したり増殖することなく、脳は脳の細胞として、心臓は心臓の細胞として、肝臓は肝臓の細胞としてきちんとそれぞれの役割を果たしているのです。どんなにお金と技術をつぎ込んでも、人間は6兆の細胞のうちたった1個の細胞でさえ無から造り出すことはできません。この奇跡とも言える体は、恒常性が働いて本来健康に生きられるようになっています。ところが、何故か病気になるのです。人間は、食べる、飲む、呼吸するなどによって、自分の体を成長させ、維持させます。ところがその外部から体の中へ入ってくるものが、無害なものばかりとは限りません。人にとって有害な細菌、有毒な化学物質なども、体へ入ってくるのです。それは様々な形、「飲料」「食物」「空気」として。

人の水分

 中でも、水の影響は大きい。人の体は、約70%が水です。日々、飲み物や食べ物から大量の水分を採っています。もしこの水が悪ければ、体全体が悪くなっていくのも当然です。こんな例えはどうでしょう?「ある人がやっと家を建てました。でもこの家は欠陥住宅で、土台が貧弱な上、柱の組み方もいい加減なのですが、建て主には知らされていません。1年目にドアが開かなくなりました。そこで、ドアを直してもらいました。2年目に壁に大きなヒビが入りました。そこで、壁を塗り直してもらいました」。でも、この家の根本的な欠陥は何一つ直っていないのです。この家の建て主は、延々と家を直していかねばならないでしょう。私達の体も、日々悪い水を飲み続け、もしくは悪い食物を食べ続け、汚れた空気を吸い続け、自然でない状態の体質になっているのではないでしょうか。それで「ぜんそく」だの、「鼻炎」だの、「アトピー」だのと、症状が現れる度に医者に通っているのではないでしょうか?でも、本質的な体質は何一つ変わっていない(むしろ悪化している)から、延々と症状が続くのではないでしょうか?…と、中学以来慢性鼻炎の私は最近感じているのです。そこで、まず私達の体の大部分を占める「水」について考えてみたいのです。



「今私達が飲んでいる水」

 今、全国の多くの川の汚染が進行しています(みそ汁一杯ぐらい流し台で捨てても罪悪感はないかもしれませんが、魚が住めるようになるためには、このみそ汁一杯に対して風呂桶4杯分物ものきれいな水が必要なのです)。かく言う私の住む街の川も、全国で1,2位を争うほどの汚さです。現在の河川には、洗剤に使われる窒素やリン等が多量に流入して、藻類が大繁殖しています。この藻類からジオスミンという化学物質(2-メチルイソボルネオール)が排出され、カビ臭くなります。浄水場で、このカビ臭を除去するため、大量の塩素を使います。それで、カルキ臭が強くなります。また、原水中のフミン酸等の有機物が、この塩素に反応して発ガン性物質のトリハロメタンを生成します。私達は、日々この危険な水を飲んでいるのです。人間が汚した川によって、人間自身が害を受けているのです。
 では、私達の体に良い水とは、どんなものなのでしょうか?それを、どう手に入れればよいのでしょうか?来月は、これを考えようと思います。

*注:現在の河川には、窒素やリン以外にも、今話題のダイオキシンやその他様々な汚染物質が流れ込んでいる。そしてそれらは、最終的に川や海に住む魚に蓄積され、それを食べる人間にフィードバックされるのである。これは、日本だけでなく今や世界中の問題となっている。








役に立たない雑学シリーズ・その2

「クリスマスの雑学」

12月と言えば、クリスマス。今回は、このクリスマスについての雑学あれこれ!

クリスマスツリー

・クリスマスって何?=12月25日クリスマスは、イエス・キリストの誕生日でしょ?と、言われるかもしれませんが、キリストが何月何日に生まれたのかは、実は分かっていないのです。初期キリスト教徒たちは、1月1日、1月6日、3月27日などにキリストの降誕を祝っていましたが、教会としてクリスマスを祝うことはありませんでした。では、なぜ12月25日にクリスマスをするようになったのでしょう?昔、北欧を中心とするヨーロッパでは、この日は「冬至を祝う祭り」だったのです。この日を境に、太陽が出ている時間がどんどん長くなっていくのです。かつてのローマ帝国でも、この日に「征服されることなき太陽の誕生日」として祭りが行われていました。この時代のキリスト教徒たちは、この太陽を偶像化した祭りに対して、我々を照らす本当の義なる太陽である「イエス・キリスト」の誕生を祝いました。西暦336年以前のことだそうです。

・クリスマスの言葉の意味は?=クリスマスは、英語でキリスト(Christ)とミサ(mass)の意味です。イヴの晩から25日の早朝にかけて、ある教派では真夜中、夜明け前、夜明け後の3回お祈りを捧げるしきたりになっていて、このお祈りが教派によって名前や形を変え、現代に受け継がれています。冬から春へ、夜から昼へ、闇から光へ、つまり罪の奴隷下からイエスによる救い、生命の再生を祈る思いがこめられているのです。余談ですが、町中のバーゲンセールで「X'mas」という札を見ますが、あれは間違いです(もし、Christmassの省略形なら、「C'mas」です)。Xはギリシャ語のキリスト(クリストス)の第一字を用いた書き方で、省略形ではありません。よって、「Xmas」が正解。

・ツリーは何故もみの木なの?=寒さの厳しいヨーロッパでは、一年中緑の葉をたたえるもみの木などの常緑樹に、生命力を重ね合わせていたのでしょう。室内に持ち込んだもみの木に、春の息吹に見立てた飾りを施して(*豊饒の願いや悪魔払いの意味もあった)ツリーとする習慣がドイツ文化圏で起こったと言われ、現在知られる最も古い例は、16世紀初めのL.クラーナハの銅板画に描かれたものだそうです。その習慣とキリスト教が結びついて、クリスマスツリーが生まれたと言われます。また単なる伝説の域を出ませんが、次のような説があります。マルチン・ルターが夜、森を歩いていて、ふと空を見上げると満点の星が木々の間から見えました。そこで帰ってから、この感動を伝えるためにもみの木に星飾りを付けたというものです。尚、ツリーのてっぺんにある大きな星は、東方の博士たちを馬小屋まで導いた星を現しています。ちなみに、クリスマスに飾られるヒイラギは、キリストがかぶった茨の冠と赤い血をイメージしています。

・プレゼントの交換はどうしてするの?=クリスマスに、プレゼントを交換した経験を持っている方は多いと思います。東方の三博士がイエスの誕生を祝い、贈り物をしたのが起源のようです。以後、私欲を捨てて貧しい人やあわれな人に施しをするという意味を持つようになりました。またセント(聖)ニコラウス(サンタクロースのモデルになった人)が、貧しい三姉妹を助けるために姉妹の靴下に黄金の袋をそっと投げ込んだという話から、サンタクロースと靴下の伝説が生まれたとも言われています。



JOLLYBOYの本当にあった話・第二話

「ゴキブリ達の挽歌その2」

「横切る」

 僕は今ベッドで寝ている。しかし、十年以上前に畳に布団を敷いて寝ている時代があった。ある夜の、ウトウトしている入眠時のことであった。なんか離れたところで"ガサゴソ"と音がする。「やっぱ、ゴキブリの音なんだろうなあぁ。」と思いつつも、眠る直前だったので無視を決め込むことにした。まだ、音がする。"ガサガサ"。「おい、待てよ。なんか近づいてくるなあ。やだな。」でも、眠いので放っておく。"ガサガサ"。「どんどん、近づいてくるなあ。」"ガサガサ"。「おい、耳元だぞ!?」。次の瞬間、その"ゴキ"は私の顔を横断して反対側へ去っていった。でも、僕は眠かったので「まあ、いっか」と思って、そのまま寝てしまいました。

ゴキブリ ゴキブリ ゴキブリ ゴキブリ ゴキブリ ゴキブリ ゴキブリ 

「食べる」

 僕のゴキブリ嫌いを、輪をかけて倍増してターボをつけて加速してくれた出来事。ある週末に友人と二人で、東京の某所の大衆酒場へ飲みに行った(あえて名前は伏せよう。出したい衝動にかられるが…)。それぞれ、料理を注文する。僕は、その頃「肉じゃが」が大好きだったので、当然注文した。そして、他の料理と一緒に「肉じゃが」がくる。さて、半分以上食べて"いやぁぁぁぁぁぁーな物体"を発見してしまった。箸でつまんでみると、明らかに「虫の足」が…。超嫌な予感がしつつ、茶碗の底にあったジャガイモをどかしてみる。「どっっっっひぇぇぇぇ!!」。そう、お分かりでしょう。そこには、「ゴキ」の体が…。友人も、当然「うげっ!」である。すぐに、店のおばさんを呼んだ。すると、おばさんは落ち着いた様子で「あら、新しい肉じゃがと取り替えましょうか?」と言うが、僕は「勘弁してよ。同じ鍋で煮込んでるんでしょ!」と反論。結局そのおばさんは一言も謝らず、去っていった。値引きもなかった(もっと、強気で言うべきだったかな?)。そして僕は、しばらくの期間「肉じゃが」を食べる気にはなれなかった。う~ん、店の名前を公表したい…。


ビークル&アウトドアー

ヴィヴィオ・Tトップ ヴィヴィオ・Tトップ

 駅へ行く通勤途中のとある駐車場に、とても珍しい軽自動車が停まっている。上の写真の、「ヴィヴィオ・Tトップ」である。たった3千台しか作られなかった特別限定販売車であり、町中でお目にかかるのは至難の業である。ポルシェを見つけるより困難なのだ(世の中にほとんど無い)。以下の文章はカルトカーを扱った本からの抜粋である。「もう、そりゃ、カッコわるいのなんの。だいたい、どっちが前だが後ろだか、はっきりしない。(中略)いまの日本のなかで、まちがいなくいちばんカッコ悪いクルマである…」。しかし、そう書くこの筆者はこの車が好きなのだそうだ。かく言う私も、この車が好きだ。この車はすごい。これでも、オープンカーなのだ。カプチーノのように屋根が3分割できて、リアウィンドウもくるりと回転して収納する。しかも、なんと4人乗り!リアには荷物スペースもきちんとある。おまけに、エアコン、パワステ、パワーウィンドウ、電動リモコンミラーがついて、カプチーノより、20万円も安いのだ!この素晴らしくカッコ悪い車は、販売五ヶ月で2001台が売れたそうだ。もし、カプチーノがこの世のなかったら、買ってたかもしれない一台である。


今月号の引用・参考文献:
公害摘発最前線           田尻 宗昭 著 (岩波新書)
私の公害闘争            宇井  純 著 (潮 新書)
恐るべき公害       庄司 光・宮本 憲一 著 (岩波新書)
瀬戸内海汚染            星野 芳郎 著 (岩波新書)
水と緑と土 伝統を捨てた社会の行方  富山 和子著 (中公新書)
都市が滅ぼした川 多摩川の自然史   加藤 仙 著 (中公新書)
メディファイル 31号           (ディアゴスチーニ)
メトロガイドクリスマス           (日刊工業新聞社)
世界大百科事典               (日立デジタル平凡社)
大 辞 泉                 (小 学 館)
カルトカーがぜったい!   下野 康志 著 (マガジンハウス)



聖書の言葉

神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物すべてを支配せよ。」(創世記1章27,28節)