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「ボディ・スナッチャー」
                      (2012年10月21日記載)

SF/ボディ・スナッチャー [DVD]

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 SFファンなので、小さい頃から色んなSF小説を読んできた。ずっと昔読んだジャック・フィニーの「盗まれた街」もその一つ。しかし、「盗まれた街」との最初の出会いは小説ではなく、テレビで放映された映画「ボディ・スナッチャー/恐怖の街」(1956年)。小学生の時見たそれはモノクロ画面で、鞘豌豆みたいな鞘がでてきたり、内容が良く分からないで見ていた記憶がある。ただ、何となく「恐いな~」と見ていた。あのドン・シーゲル監督なのだけど、当時小学生だった僕はそんな事を知る由もない(笑)。
 ストーリーをざっくり書くと、"隣人達"が"地球外生命体"に入れ替わっていくと言うお話し。

 「盗まれた街」は、その後、何度もリメークされる。1978年の「SF/ボディ・スナッチャー」、1993年の「ボディ・スナッチャーズ」、そして2007年の「インベージョン」。僕はこの4作全部見ているのだけど、結末が解決して終わるパターンと解決しないまま終わるパターンがある。どっちのラストが良いとは、言い難いな・・・。(話し反れるけど、インベージョン見て、ニコール・キッドマンを改めて美人だと認識した)。

ボディ・スナッチャーImaged by JOLLYBOY

 このように「盗まれた街」も、「ゾンビシリーズ」と同様に何度も映画化されている。何でみんなこの設定が好きなんだろうね~。「盗まれた街」と「ゾンビ」に共通しているのは、昨日までの友人や家族が突然他人になってしまうこと!家族(親子や夫婦の関係)と言うのは、人間が社会を営んで行く上での最小の社会単位だから、これが崩壊してしまう恐怖と言うのは根源的なものなのかな…今まで確かだった"自分の居場所"が無くなってしまうのだから。
 「ゾンビ」のページでも書いたんだけど、この映画は「人間とは何ぞや?」と言うのが根本のテーマだと思う。「この人、昨日と姿は同じ、声も同じ…でも、今日は別人にしか感じられない」。色んな比喩が可能かもしれない…突然愛が冷めてしまった男女、国家のプロパガンダによって次第に画一化されていく民衆、宗教的洗脳によって引き裂かれる家族、etc.…人間不信の究極の姿が、この「盗まれた街」と言う気がする。「人間とは何か?」もしくは「人間らしさとは何ぞや?」・・・そんな哲学的な問いかけなのだけど、映画だとその"思弁的・抽象的"な事柄を映像と音声でぐいぐいと"具象的"で"リアル"な恐怖を観客に押し付けてくる。だから、ゾンビも盗まれた街も、共に何度も映画化されるのじゃないかな。


 この物語もゾンビと同様に、派手なSFXがなくとも、脚本力と演出力と演技力で構成できる映画だと思う。舞台化された「盗まれた街」も可能だと思うので、ちょっと見てみたいな