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「新約聖書映画の歴史」(記:2001年12月)

 さて、今回は前回の"旧約聖書映画の歴史"に引き続いて、"新約聖書映画の歴史"。新約聖書を題材にした映画は、かなり早い時期より作られています。映画が誕生したばかりの1897年、マーク・クロウとエブラハム・アーランジャーというアメリカの二人の演劇プロデューサーが、十字架に架けられるキリストを描いた受難劇をボヘミアで作ったが、この短い作品がキリストを描いた最初の映画と言われています。翌1898年には、R.G.ホラマンとA.G.イーヴスがニューヨークのとあるビルの屋上で撮影したものは、当時としては長尺の約二巻でした。以後フランスでもさかんに作られ、イタリアがこれに続きました。1906年にフランスでヴィクトラン・ジャッセとアリス・ギイが作ったものは、フォンテンブローという場所をゴルゴダの丘に見たてて撮影されたそうです。

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 やがて受難劇だけでなく、キリストの色々な挿話や生涯を描く作品が現れてきました。1908年にフランスで作られた「キリストの生涯」は、最初三巻だったが、14年には七巻の長尺に増大されて好評をはくしたそうです。しかし、特に有名なのは、ハリウッドで反骨の監督として知られていたシドニー・オルコットが、エジプトとパレスチナにロケーションして作った「まぐさ桶から十字架へ」です。1912年に公開されるやたいへんな評判になるが、オルコットが所属していた会社の首脳が、彼がやたらと金と時間を費やすのに腹を立ててクビにしてしまいました。

 生涯を描く他に、宗教的色彩の強い物語の焦点を持った作品も現れてきました。その代表は、「ベンハー」でしょう。ベンハーは、G.L.ウォーレスの原作によるものですが、1899年にその劇がブロードウェイで大ヒットし、アメリカ映画のプロデューサー達は早くからこの映画化権を手に入れたがっていました。その後、前出のオルコット監督が、1907年に原作者に無許可で「ベンハー」を撮り評判になりました(まだ非常に素朴なもので、今となってはキリストが登場したかどうかも定かではない)。しかし彼は、原作者と映画のプロデューサーに起訴され、25,000ドルの罰金を払わされました。「ベンハー」が正式に映画されるのは1926年で、フレッド・ニブロが監督しています。

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 イタリアでは、1912年に世界初の長編映画である「クォ・ヴァディス」が公開されます。原作は、ポーランドの文豪ヘンリック・シェンキヴィチのノーベル文学賞作品で、「主よ、何処へ行きたもうか」という意味です。2時間半の一大スペクタクル巨編です(ここまでに掲げた作品は、非常に古く私自身もまだ見ていません)。ここからは、年代に従って各作品を見てみましょう。

 1929年には、あのセシル・B・デミル監督が「キング・オブ・キングス」を撮っています。キリストの生涯を、視覚的に上手く表現しています。

 1935年、フランスのデュヴィヴィエ監督が「ゴルゴダの丘」を作っています。「クォ・ヴァディス」や「ベンハー」は、小説をベースにした映画でしたが、この映画は忠実に聖書を原作としているという点で意義深い作品で、新鮮な映像感覚でとらえた芸術的な作品です。この頃はもう無声映画ではなく、トーキー映画です。

 1952年に、再び「クォ・ヴァディス」が映画化されています。700万ドルという巨費がかけられ、ロバート・テイラーやデボラ・カーといったスターが出演しています。物語は、ローマ帝国主義のマーカス・ビキニアスという隊長を中心に進んでいき、暴君ネロによりキリスト教徒が処刑されていく様を描いていきます。ラストの方で、使徒ペトロが逆さ十字架で処刑されるシーンは有名です。この映画の成功が、「ベンハー」の再映画化を決定付けました。

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 翌年、「聖衣」というシネマスコープ第一号の作品が上映されました。これもやはり創作物で、ロイド・C・ダグラスという人の原作です。イスラエルの辺境の地に飛ばされたローマの隊長が、キリストの十字架に立ち会うことから話は展開していきます。彼はイエスを十字架につけたことで罪悪感を持ち苦しみますが、最期にキリストを受け入れます。1954年には、続編の「続聖衣」が上映されています。
 1957年に、同じくダグラスの原作「聖なる漁夫」が映画化されています。ガリラヤに住む怪力の漁夫が、使徒ペトロとしてキリストに仕えるまでのドラマを描いています(注:この作品は、まだ見ていません)。

 1959年の「ベンハー」。これは、この日本でも多くの人がご覧になったと思います。アメリカ映画史上に残る一大スペクタクル巨編です(アカデミー賞11個という記録はいまだ破られておらず、あのタイタニックでさえタイ記録です。戦車競争場面は、語り草になっています)。復讐心のみで生き抜いてきたチャールトン・ヘストン演じる主人公ベン・ハーが、イエス・キリストとの出会いで平安を取り戻していく-という物語です。この中で、映画に登場するキリストは一言も語らず、後姿や遠景の登場のみで顔が分からないようにしています。表情や音声を徹底的に出さないことで、キリスト像の固定化を防いでいるのは面白い試みです。

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 アメリカで作られるキリスト映画は、原作が小説であり純粋なキリスト伝とは言いにくいのですが、1961年の「キング・オブ・キングス」は聖書のイエス・キリストを伝えようとしています。キリスト役は、キリスト役者のジェフリー・ハンター、ナレーションをオーソン・ウェルズが務めています。盗賊のバラバが、ローマの圧政からイスラエルを救おうとする民衆に人気のあるゲリラとして描かれ、イスカリオテのユダとバラバが旧知の仲として描かれているのは面白い解釈です。

 同じ1961年には、「バラバ」と言う作品が上映されました。名優アンソニー・クイン主演ですが、個人的には内容的にはあまり見るべき点が無い作品に感じました。

 イタリアの鬼才パゾリーニ監督が、1964年に「奇跡の丘」を撮っています。カラー時代に敢えて、白黒で撮られた映画です。パゾリーニと聞いてキワモノ映画かという偏見をもって見たのですが、以外に聖書に忠実なの物語なのを知って驚きました。ただし小道具や衣装は、まあ置いといて。出演者は全員素人で、老マリアはパゾリーニの母が演じているそうです。通常の映画ですと、キリストは柔和な語り口で話しますが、この映画では街頭アジ演説のように熱っぽく怒鳴るようにして語ります。こうでなければ、数千人の人々に聴こえないよなぁ…と納得してしまいます。

 1965年には、名匠スチーブンス監督によって「偉大な生涯の物語」が作られています。キリストをマックス・フォン・シドーが演じています。3時間47分という大作です。演出上面白い点は、悪魔を一人の人物に擬人化しています。民衆がイエスを十字架につけよと叫ぶシーンでは、この人物が煽動します。演出上の効果を狙ってか、聖書物語に省略化が行われているのは残念です。

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 1973年に「ジーザズ・クライスト・スーパースター」が上映されます。大ヒットのロックオペラの映画化で、ワン・エピソード=ワン・ナンバーとなっています。キリストの最後の七日間をテーマにしているのですが、聖書の題材を借りているだけの単なる話題集め映画に思えます。砂漠の真ん中を一台のバスが疾走するシーンで始まりますが、時代考証は初めから無視されているのでその辺は笑って見れます。この映画で問題なのは、イエスを単なる超能力を持った人間として描いていて、聖書に記載されている事柄や言葉にまったく別の意味をもたせていることです。ベトナム戦争やヒッピー文化の台頭による、アメリカでの権威の失墜や価値観の混沌が如実に現れた映画と言えます。

 1976年にイギリスとイタリアの合作で、「ナザレのイエス」が作られました。「ロミオとジュリエット」や「ブラザー・サン・シスター・ムーン」の名匠ゼフィレッリが監督したものです。世界中から、大スターが19名も集まりました。この映画は、福音書の忠実な解釈と厳密な時代考証に基づいて作られ、ワン・シーンごとに非常にきめ細かい考察がなされています。人物もたいへん活き活きと描かれ、信仰や人生に対する深い考察力を持った映画です。"ベスト・オブ・キリスト伝映画"に押したい作品です。→ナザレのイエスをもっと詳しく知る

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 続いて、ジョン・ヘイマンによる「ジーザズ」。この映画は、製作者の創作が極力入らないようにして、聖書の記述と歴史の事実に忠実であることを目指して製作されました。ルカによる福音書が脚本に用いられていると言えるほどの徹底していて、歴史的・聖書的正確をきすため200人以上の聖書学者、5年の月日を費やして製作されました。電柱やアンテナや当時なかったユーカリの木まで移植するほどの徹底振り。2000年前のヘロデ神殿や3種の会堂、漁師の船を再現するのに100万ドル以上が費やされました。エキストラも5000人に及びます。
 
最後に取り上げるのは、マーチン・スコセッシ監督の「最後の誘惑」。イエス役はウィリアム・デフォー、ピラト役にデビット・ボウイという異色なキャスティングです。1988年公開時に、全米で問題となりました。ニコス・カザンザキスの小説を原作としています。全米での問題となった点は、キリストが十字架の死に際して、「十字架の死を逃れ、マグダラのマリアと結婚し子をもうけ安穏と暮らすことを夢見る」…という点でした。しかし本質的な問題点は、別のところにあると私は考えます。この映画に登場するキリストは、神の子でも何でもなく、何故自分が十字架に掛からねばならないのかすら分からない単なる人間として描かれている点です。これは、聖書の語っていることとは違います。この映画は、内容的に聖書の人物名と題材を借りた、聖書とは異質の世界を描いた物語です。スコセッシは好きな監督なのですが…(彼がアートとしてこの作品を撮っていることは理解していています)。

 さて、今回取り上げた以外にもまだまだあります…人間キリストを描いた映画、イエスの復活を探る映画、ほとんど話題にならなかったキリスト映画など。いずれにせよ、それら埋もれてしまった映画は、残念ながらこの日本でお目にかかれることはないでしょう。とりあえず僕の旧約&新約聖書映画のコレクションはこれでいっぱいいっぱいです、今のところ。では、また。





"パッション" (2004年5月3日追記)

 あのメル・ギブソンが監督・製作した"パッション"(原題は"THE PASSION OF THE CHRIST"、訳せばキリストの受難)を見てきました。キリスト教の映画にしては連日の満員状態で、上映初日の1日は超満員のお立ち見で、係りの人に立ち見でも見るのは辛いと言われてあきらめました。封切り3日目の今日も満員でしたが、ギリギリ座れました。日本では、なかなか聖書を題材にしたキリスト教の映画はヒットしづらいのですけど、オスギさんのテレビCMの効果も高かったせいか、それなりのスマッシュヒットのようです。
 今まで、数多くのイエス・キリストを描いた映画を見てきましたが、今回のメル・ギブソンの"パッション"は、キリスト受難と言うことに関しては、ここまでリアリズムに徹した作品は過去なかったでしょう。鞭で打たれるシーン、十字架に釘付けにされるシーンなど、人間はこれほど残酷なことができるのかと思えるような、目を背けたくなる悲惨なキリストの受難シーンが続きます。この作品でイエス・キリストを演じたジム・カヴィーゼルも、実際にたいへんな思いをしたそうです。毎日、4~7時間もかけて体中に傷のメイク・アップを施され、彼の肌はみみず腫れとなって腫れ上がり、夜も眠れなかったそうです。また、真冬のイタリアで裸に近い状態で、実際に68kg(実際のイエスの時代の十字架はその倍の重さだったそうです)もの重さの十字架を背負いました。また裸同然で、十字架に何時間も放置された彼は、低体温症にもなってしまいました。ガヴィーゼルの肉体的、精神的ストレスは、極限にまで達したそうです。肺感染症を起こし、肩を脱臼し、数え切れないほどの切り傷と打撲を受けました。しかし、彼自身は「私がこれほどまでにしなければ、キリストの受難は本当の意味で表現されたとは言えないのだ」と振り返っています。受難のシーンをきちんと描く事で、キリストの受難の意味・本質を伝えようとしています。イエス自身の苦しみ…愛する弟子にさえ逃げられ、人々から蔑まれ、耐えがたいほど鞭打たれ、傷つけられ、十字架に付けられる苦しみ。そして何よりも、神自身から見捨てられる苦しみ。こうした受難を通して、我々にその意味を訴えかけるのです。
 過去のキリスト伝映画は、生誕から復活までのキリストの生涯のすべてを描こうと言うものがほとんどでしたが、本作はあえてキリストの受難のシーンにだけ焦点を当てました。2時間と言う限られた時間の中で語るには、良い選択だったかもしれません。敢えて台詞を限定し、映像の力で物語を引っ張っていきます。聖書の記述に見られる過去の回想シーンにも、説明的な台詞は一切ありません。こうすることで、逆に観客自身にキリストの生涯や受難の意味を考えさせます。これは、過去のキリスト伝映画とは大きな違いです。また台詞は英語ではなく、イエスの時代に実際に話されていたアラム語とラテン語が使われたと言うのも、今までの映画と大きく違う斬新な試みです。よって、アメリカ本国でも英語字幕付きで上映されました。
 メル・ギブソンもジム・ガヴィーゼルも、共にキリスト教のカトリック信者。彼等の熱意と信仰が試された映画でもあります。メル・ギブソンは、この映画のため12年もの歳月と、27億円もの私財を投げ打ちました。彼は、画家のカラヴァッジョからインスピレーションを受けて、この映像を作り出しました。その映像美は、いままでの歴史大作物的なキリスト伝映画とは違っています。
 ただ、2点ほど不満を書くと、"英語字幕"プラス"日本語字幕"の二つの字幕で、画像の下部分が埋まってしまって見づらいこと。もう一つは、聖書の知識がほとんどない日本人が見ると、説明的な台詞がほとんどないので、おそらく物語や合い間の挿話の内容が今一つよく理解できないだろうこと、でしょうか。いずれも、ある斬新な方法を取ったための弊害とも言えるので、仕方の無いところでしょうか。いずれにせよ、僕が過去見た数多くのイエス・キリスト伝映画のなかでは、ベスト3に入る一作です。


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"復活" (2016年6月3日追記)

 ジョセフ・ファインズ主演の「復活」(原題:RISEN)を観てきました。ジョセフ・ファインズが演ずるエルサレム駐在のローマ軍団長のクラヴィウスは、イエスと呼ばれる男の十字架刑に立ち合い、その死を確認する。ところが、その遺体が消えてしまう。ローマ皇帝がエルサレムに来る前に、このいざこざを解決するようにポンテオ・ピラト総督から指示を受けるクラヴィウス。
 遺体を盗んだとされる弟子たちを追っていく中で、衝撃的な目撃をするクラヴィウス・・・まだ最近の映画なので、ネタバレにならぬよう内容は割愛。
 この手の映画は、だんだん上映が難しくなっていると感じる。北海道から沖縄まで、たった9館の上映。東京では、渋谷のみ。よほどの大作や有名監督&俳優でないと、日本での興行は難しいのかな~?




このページの引用・参考文献:

映画のあゆみ(世界映画史入門)    飯島 正 著 (泰 流 社)
世界映画名作全史(戦前編)      猪俣 勝人著 (社会思想社)
映画千夜一夜  淀川長春・蓮寛司重彦・山田宏一対談 (中央公論社)
大予言と奇蹟ファンタジー             (新 書 館)
SFX映画の世界(第4巻)     中子 真治 著 (講 談 社)
その他各種映画ビデオ、映画パンフレット