遥かなる星の旅路入口 >トップメニュー >ネット小説 >遥かなる星の旅路 >現ページ

訳者後書き

 “遥かなる星への旅路”が、アメリカ本国で発表され、ベストセラーになったのが二〇八〇年。翌年、日本語版出版の話が出て来た時、光栄にも私が翻訳を担当させていただく事になりました。著者のレイ・キタムラ氏は、優れた演算回路と大容量メモリーを持ち、世界の主要言語を完璧にマスターしておられますが、各国での微妙な言葉のニュアンスの違いをより良く表現するため、それぞれの国の専門家に翻訳を任せているとの事でした。

 エンタープライズ号が発進したのは、二〇二七年。私が生まれたのが二〇四九年ですから、エンタープライズ号や乗員ロボット達は、私にとっては過去の伝説と化していました。私と同世代の者の中には、「エンタープライズ号はもはや帰還できないだろう」とか、「ニュー・ダイダロス・計画は政府の莫大な財政赤字をごまかす為の架空の物語だ」と言い張る者もいたほどです。二〇六五年に、エンタープライズ号がシリウスから帰還すると言うビッグニュースが耳に飛び込んで来た時、そういった友人達は驚きを隠しませんでした。
 シリウスへの旅で何が起こったかは、本編を読んでいただいた皆さんにはお分かりの事と思いますので、蛇足ではございますが、本編で触れられていない事柄の補足を三点ほど、訳者の私がさせていただきたいと思います。

 わが日本の青木ヶ原樹海で発見された地底の巨大ドームですが、大規模な工事で洞窟の道が整備されて、現在は観光名所となっています。残念ながら、本作に描写してあったような不思議な光の氾濫や、不思議な声が聞こえたと言う報告はないようです。私も今回の翻訳を引き受けるにあたり、ドームに取材に行ってきました(本当に壮大な景観でした)。

 ロボット達を作ったJCN社ですが、エンタープライズ号発進後、世界中からロボットの受注があり大躍進を遂げました。世界のロボット生産の七割を締めるほど成長しましたが、大不況及び皆さんがよくご存知の数々の地域紛争や例のあの問題によって、業績が悪化しました。北村博士の死後は、会社更生法の適用を申請しましたが、結局会社は解体され資産は売却されました。噂では、JCN社は軍からの兵器用ロボットの生産の相談を受けましたが、北村博士が猛烈に反対して断った為にシェアが後退し、博士の死後倒産したのだとも言われています。しかし、真実は藪の中です。

 さて、地球へ帰還したエンタープライズ号と、スーパー・コンピューターのJCN二〇〇〇型コンピューター…通称名ジャクリーン…ですが、未だ軌道上のラグランジュ点で健在です。その後、実際に星間航行に出発することはなく、歴史的遺産というか、ミュージアムとしての存在意義が高いようです。いずれにせよ、人類があのような宇宙船を再び作り、未知への冒険へと船出できるくらいに、人類の力が復活することを願っています。
 また、レイ・キタムラ氏同様に、私もカスパールが地球に戻る日を夢見ています。ある友人は「カスパールのシリウス・ドームでの件だけは創作だと思うよ」と言いますが、私は彼が遥かなる銀河へと旅立ったのだと信じています。

 最後に、翻訳にあたり、国際電話での質問にも丁寧に応えてくださったレイ・キタムラ氏と、様々な労を取って下さった編集スタッフの方々と編集長に心より厚く御礼を申し上げます。そして、何よりも翻訳の完成を心待ちにしておられた日本の読者の皆様にお礼を申し上げて、訳者の後書きに替えさせていただきます。     敬具。