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第二十一章 カスパールとの別れ

 “斧を振るう者”が、”広大なる荒地の種族”との戦闘を終えて広場へ戻った時、ドームの前にいた死にかけの獲物の姿は、すでにそこになかった。彼は確かに半死の状態だった…遠くへは、移動できないはずだ。周囲には、隠れる場所すらない。一体、奴はどこへ消えてしまったのだろう?その答えは、二度と知ることはなかった。納得できない思いを抱いたまま、”斧を振るう者”は、中間達が待つ洞窟へすごすごと戻って行った。
 その頃、軌道上のエンタープライズ号のアンテナが、巨大ドームからの電波をキャッチした。カスパールがドームの壁際から突然消えてから、二時間後の事だった。ジャクリーンが、その電波の解析を始める。電波は、カスパールが送信したものだった。カスパールの圧縮デジタル通信電波には、ドーム内の映像データ、そしてドーム管理者との対話記録データ等が、含まれていた。

 バルタザールとメルキオールは、エンタープライズ号のデッキでそのデータを受け取った。データには、驚くべき情報が含まれている。彼等が、予期していた以上の収穫であった。彼等の正体である超銀河種族について、巨大ドームの建造目的について、彼等の驚くべき技術力について、彼等の壮大なる銀河探査プロジェクトについて、等々。これなら、胸を張って地球へ帰還できるだろう。しかし、カスパール自身のライブ音声はまだ届いていなかった。バルタザールが、興奮を抑え切れないとでも言うように言った。
「メル。カスパールと連絡を取る事はできないのか?」
メルキオールが、答える。
「現在、ジャクリーンが通信を試みています。」
エンタープライズ号に積まれた、ありとあらゆる観測装置が稼動していた。
 ドーム周辺の僅かな変化も見逃さないように、ジャクリーンの演算回路もフル回転している。ジャクリーンにも、何故突然カスパールがドームの真前から消えてしまったのか分からなかった。監視用の高解像度カメラの撮影データを解析しても、ドームの入り口扉が開いたような形跡はまったく無かった。そして二時間経った今、またカスパールからデータが送られ始めたのだ。そのデータには、ジャクリーンにも理解できないような、信じられない数々の情報が含まれている。人類が作り上げた最高峰のスーパーコンピューターにもロボット達にも踏み込めない未知の領域が、カスパールの目前に広がっているのだ。

 突然、スピーカーからカスパールの声が聞こえてきた。
「バル、メル、聞こえるか?」
バルタザールは、即座に答えた。 「ああ、よく聞こえる。無事だったのか!」
「相変わらずボディは凸凹だが、何とか機能している。私が送ったデータを、受け取ってくれたかい?」
カスパールの質問に、今度はメルキオールが答えた。
「ああ、しっかりと受け取ったよ!しかし、信じられないことばかりだ。これは、全部真実なのかい?」
「映像データには、何の小細工もしてないよ。対話データも、同様だ。もっとも、彼等が話していることが真実かどうかは、証明する方法がない。証明する方法は、先ほど私が送ったデータにもある通り、私自身が彼等の船に乗り、銀河の淵を超えて虚空を渡り、超銀河種族に直接会いに行くことだ。」と、カスパール。
「君はもう、ここへは戻って来れないのか?」
と、バルタザールが不安を示すように言った。カスパールが答える。
「私は、超銀河種族に会いに行く決心をしたよ、バル。どっちみちドームから出た途端、シリウス猿人にスクラップにされてしまうからね。惑星に下ろした二機の着陸船は、ジャクリーンに命じて自動操縦で回収してくれ。もう必要ないからね。仲間を大勢失い、しかも君達の所へも戻れないのは悲しいけれど、自分の使命を全うできたことには誇りを感じているよ。そして、私が…このロボットの私が、人類の代表として超銀河種族に会いに行けることも誇りに思う。超銀河種族が私を見て、人類が皆こんなにポンコツなのかと思わないかが、ちょっと心配だけどね。」
カスパールが、久しぶりに冗談を口にした。
「我々も、君を誇りに思うよ、カス。」と、バルタザール。
「私もだ。もう二度と、君に会えないのかな?」と、続いてメルキオール。
「そればかりは分からないな、メル。彼等の故郷の銀河が、数十万年の距離なのか、数億年の距離なのかも分からないし、光の速度を超えると言っても、どの程度の速さなのか見当もつかない。まだ、彼等が我々に知らせていない情報も、多いからね。聞いたところで、私に理解できるかどうかは疑問だけれど…。でも、また会える日が来ることを願っているよ。例え再び会えなくとも、地球に戻ればジャクリーンにバックアップしてあるデータから、何度でも僕を再構築できるさ。」
カスパールは、そこで一旦言葉を止めた。そして、一言ずつ言葉を噛み締めた。
「そろそろ彼等の船に乗って、出発するよ。約十七年の付き合いだったけれど、君達と一緒に旅ができて楽しかった。もし、再び北村博士に会えたら、よろしく伝えてくれ…。さよなら、バル。さよなら、メル。」
メルキオールが言う。
「さよなら、カス。」
バルタザールも言う。
「さよなら、カス。」
ジャクリーンも、データ通信によって直接カスパールに別れの挨拶を送った。
 エンタープライズ号の重力波擬似計測装置が、ドーム周辺の重力の増加を示し、放射線量観測装置と電磁波観測装置も、同様な変化を示した。その値が最高値に達した瞬間、カスパールの送信電波は途絶えた。
 エンタープライズ号は、その後一ヶ月間シリウス星系に留まり、シリウスの連星太陽や各惑星、そして第二惑星の各種生物の生態環境などを詳しく調査した。そして多くの貴重なデータを携えて、エンタープライズ号はシリウス星系を出発した。