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第十八章 メルキオールの復活

 エンタープライズ号に戻ってから、カスパールはロボット達が”寝室”と呼ぶ工作室で、修理を受けた。指が二本稼動しなくなったのは配線の切断のせいだったため、短時間の修理で指は動くようになった。しかし凸凹になったボディ外郭は、取りあえずそのままだった。
修理を受けた後、今は皆が”娯楽室”と呼んでいる待機室へ移動した。彼は椅子に腰を下ろすと、第二惑星上で起こった惨劇について思い返していた。彼とメルキオールのひとつひとつの行動と、彼が下した判断について振り返り、分析と検討を重ねた。何か別の方法を取っていれば、あんな目には合わなかったのでは?彼らが進んだルートが、彼等の神聖な地を汚す冒涜行為だったのではないか?彼が両手を挙げたことが、シリウス人にとっては敵対心を示す行動だったのではないか?岩山を脱出する時、メルキオールを救うもっと良い方法があったのではないか?しかし、何一つ断定できることはなかった。そして、メルキオールは完全に破壊されてしまったのだ。解答のでない問いに対して、彼は同じことを繰り返し考え続けた。回路内のループ状の異常なストレスは、”後悔”として分類され、カスパールのプログラムとメモリーに記録された。
 しばらくして、船長のバルタザールが娯楽室へ入ってきた。
「カス。今メルの予備ストックパーツを、組み立て終わったところだ。昨日までのメルのプログラムと記憶データを、インストールしている。一時間ほどで、起動できるだろう。」
カスパールが、凸凹になって傷ついている顔を上げた。
「バル。私は、メルを連れて帰ることができなかった。」
バルタザールも、椅子に座った。
「それは仕方の無いことだ。あまりに予想外な出来事で、ジャクリーンですらこんなことは予測できなかった。」
「それは分かっているんだ、バル。我々はこの長い船旅で、世の中には解答の出せない問題があることを学んできた。そういう曖昧な状況に我々が対処できるように、北村博士が我々を設計・プログラム・教育してくれたことも分かっている…。でも、目の前でメルが破壊されてしまった。衝撃的な、初めての経験だ。」
「それは、私にしても同じだよ、カス。軌道上のカメラでモニターしていながら、どうすることもできなかった。非常に残念だ。」
「今後、どうすべきかな?」
カスパールの問いに対して、バルタザールはゆっくりと答えた。
「メルが戻ってきたら、みんなで検討しよう。」
 一時間ほどして、メルキオールのインストールがすべて終了した。メルキオールは、たった今工場の生産ラインから出てきたかのように、ピカピカのボディをしている。三台が、再び娯楽室に集まった。
「やあ、バル。カス。」
そう言って、メルキオールは二人を順番に見た。メルキオールの新品のボディは、カスパールのボディの凸凹さを際立たせた。メルキオールが、続けて言った。
「今日、僕の身に起こったことを、ジャクリーンから聞いたよ。僕は、死んだらしいね。葬式は、盛大だったかな?」
メルキオールにしては精一杯のジョークだったのだろうが、誰も笑わなかった。
「取りあえずお帰り、メル。」と、カスパール。
「不思議なものだ。前のメルのパーツは一つも残っていないのに、君は完全にメルだ。」
先ほど完膚なきまでに破壊されたロボットと目前の新品ロボットが、まったく同じ記憶とプログラムを持っているとは、不思議なものだ。バルタザールが破壊されてこの世から消えても、まったく自分と同じ存在が再びこの世に出現するだろう…奇妙な感覚だ。
 バルタザールは、船長としての務めを果たすために話題を変えた。
「さて、我々は困難な問題に直面している。諸君がその身で”実際に”味わったように、シリウス人は我々を歓迎していない。彼らが歓迎していない以上、我々があのドームに近づくことは難しい。」
「十六年以上かけて八十兆キロメートルも旅してきたのに、あとたった七キロの距離を進めない。」
カスパールは、得意の皮肉交じりの冗談を飛ばした。その後、こう続けた。
「しかし、果たして彼らは、本当にドームを造ったシリウス人なのだろうか?あの巨大なドーム以外に人工的な建造物は発見できない。それに高度な文明を持っている種族が、石器を使っているのは考え難い。」
バルタザールは、カスパールの方を向いていった。
「彼等は、数十万年の時の流れの中で、種族として退化してしまったのではないだろうか?もしくは、ドームを造ったシリウス人はとっくに滅んでいて、岩山の猿人…敢えて猿人と呼ばせてもらうが…は、その後に進化した別の種族なのかもしれない。」
復活したばかりのメルキオールは、早速自慢の頭脳を使い始めた。
「我々の最大の目的は、シリウスの恒星間航行種族の知的生命とコンタクトすること、彼らが滅んでいた場合にはその遺跡を調査すること、の二つだ。この星の生態系の調査や、地質調査、資源調査等は、あくまでも二次的な目的だ。あの猿人達が何者であるにせよ、もしくは何者かであったにせよ、恒星間航行種族でないことは明らかだろう。そしてこの惑星では、あのドーム以外に知的生命体の痕跡に出会える場所は無いと思われる。なんとしてでも、ドームへ行く方策を考えるべきだ。」
「メルの言う通りだな…。どう思う、カス?」と、バルタザール。
「ご存知の通り、この船には武器は一切積んでいない。アメリカ合衆国の軍産複合体の強力な圧力によって、軍用の強力なレーダーや高解像度カメラ、及び各種観測機器、軍事用の物を改良した探査衛星等を搭載することとなったが、武器はまったく搭載されなかった。”非武装の恒星間航行宇宙船”…それは、NDPメンバーの絶対譲れない主張だったからだ。たとえ武器があったとしても、我々はそれを使うことができない。生物を殺すことはおろか、傷つけることすらできない。我々は、シリウス人との友好関係を築き、第二惑星の生態環境に干渉しないようにプログラムされている。となると、まずシリウスの岩山の猿人種族と意思疎通を図って友好関係を築き、それからドームへ行くしか方法がないのでは?」
カスパールが自説を展開すると、メルキオールは即座に切り替えした。
「それは難しいと思うよ、カス。特定の生物の生態系を理解するだけでも、何年もかかる。ましてや、未開種族の社会習慣や言語の解明には、優秀な社会学者や民族学者、言語学者でも、膨大な時間がかかる研究なのだ。何より、それらを観察・研究するには、その部族に溶け込まなくてはならない。我々は彼らに近づいてカメラやマイクを設置することすらできないだろう。軌道上から赤外線カメラで、小さな点を追跡するのが関の山だ。」
バルタザールは、忍耐強くメルキオールの話を聞いた。
「では、メル。我々があの岩山へ近づく方法は、無いと言うわけか?」
メルキオールは、少し間をおいてから答えた。
「無いことは無いと思います。彼らが多数で来るなら、我々も多数で対抗しましょう。」
カスパールが、間髪入れずに言った。
「多数と言ったって、我々はたった三人しかいないぞ?この前、相手は六人いた。」
メルキオールが、カスパールの方に顔を向けて言った。
「いや、我々には予備のバックアップ・パーツがある。それぞれについて二体ずつ。私のパーツは既に一体分使ってしまったが、後五体分のバックアップ・パーツがある。それぞれを組み立ててインストールをすれば、全部で八体の小部隊ができる。」
これには、他の二人も驚いた。
「考えてもみなかったな。」と、バルタザール。
「着陸船には二台で六名しか乗れないから、エンタープライズ号には二名残ることになる。それでも、六名で岩山を登ることができる。カスが一番頑丈でパワーがあるから、小隊の前後をガードし、その間にバルや私が挟まって行軍する。列の前後の攻撃は激しいだろうが、岩山の谷間は狭いから、列の真ん中は比較的安全と言うわけだ。もちろん、バルや私は補強する必要があるだろう…。船体修理用のチタニウム合金を加工して、狙われやすい頭部や間接部を補強する…重過ぎて、動力モーターに過負荷がかからない程度にね。」
メルキオールは、そこで一旦言葉を止めて考えた。そして、再び話し出す。
「加えてもう一つ案があるのだが、百デシベル以上の騒音を使ってはどうだろう?我々は彼等を傷つけることはできないが、音なら彼らに傷を負わせることはないだろう。地球の野生動物も、大音量に驚いてたいていは逃げ出す。試してみても、損はないと思う。」
「ジャクリーンに、この計画の成功率を聞いてみよう。」
バルタザールがそう言うと、メルキオールが代表して、無線通信でジャクリーンにアクセスした。一分ほどして、ジャクリーンが解析値を送り返してきた。
「ジャクリーンによれば、不確定要素が多すぎて、この計画の成功率は弾き出せないそうです。我々が六体で出発し、三キロメートル辺り我々の損壊率を一体ずつに抑えたなら、往路と復路での損傷が四体もしくは五体となり、一体ないし二体は生還が可能です。まあ、子供でもできる算数ですが…。」
と、呆れたようにメルキオールが言った。
船長のバルタザールは、悩んだ。予想される被害が、大きすぎる。しかし、何も行動を起こさなければ、目的を達成することができない。全人類が、彼等ロボット達にこの大計画の成功を託したのだ。彼は、中国の諺を思い出していた。
「虎穴に入らずんば、虎子を得ず…か。やるしかないようだな。では、これからロボットの予備ストックパーツを組み立て、インストールを開始する。すべてのロボットが起動後、会議を行う。」
一同は立ち上がり、全員が娯楽室を退出して、ロボットを組み立てに向かった。

 翌日、八体のロボットがズラリと並んだ。とは言っても狭い船内のこと、娯楽室に四体、ドアの外の通路に四体と二つに分かれて並んだ。しかし、彼らは無線でつながれているし、ドアは開きっぱなしにされたので、問題なく会議を始められた。
 混乱を避けるため、起動された順番に、ロボット達に番号が割り振られた。バルタザール一号、二号、三号、カスパール一号、二号、三号、そしてメルキオールだけが、一号と二号のみ。バル二号と三号、そしてメル二号は、チタニウム合金で補強されていた。
 カスパールは、不思議な感覚を味わっていた。メルキオールが復活した時も、違和感があった。しかし、今回は自分とまったく同じ形をして、同じ記憶データとプログラムを持った、「別の」カスパールが横に立っているのだ。ただし、彼のボディは石器攻撃のおかげで凸凹だったから、新品のカスパールとはまったく別のタイプのロボットに見える。はっきり言ってしまえば、ポンコツに見える。  バルザール一号が言った。
「諸君、これはニューダイダロス計画が目的を達せられるか否かを決定する、大切な作戦だ。多大な損害を蒙るかもしれないが、必ず成功させなければならない。」
一同をゆっくり見回してから、言葉を続けた。
「着陸船には三名ずつしか乗れないため、六名が着陸船の一号機と二号機に分乗して、惑星に降下する。降下時間は、日の出の一時間前。降下するのは、カス全号、バル二号と三号、メル二号の六名。残った私とメル一号が、軌道上から地表をモニター、支援する。地表に降りたら、カス二号と一号が先頭を進み、その後ろをバル二号、メル二号、バル三号の順に続き、しんがりをカス三号が務める。良いか?」
「了解。」
一同が同意した。カスパール一号は、敢えて一つの質問をした。
「もし、我々が失敗したら?」
バルタザール一号は、カスパール一号をじっと見つめ、重々しく言った。
「残念ながら、シリウス人の遺跡…敢えて遺跡と言わせてもらうが…を直接調査できる可能性は、極端に低くなる。軌道上からの限られたドームの観測データと、地表に投下した観測装置から送られてくる各種データを携えて、地球に帰還することになる。もちろん、それだって貴重なデータであることに変わりは無いがね。」
「了解しました。」
それ以上、誰からも質問はでなかった。今から数時間後、六人のロボット達が第二惑星に降下する。カスパール一号は、大きな使命感を抱くと共に、重い責任を感じていた。ハイテク宇宙船でここまでやって来たが、とても原始的なこの計画如何によって、人類史上最大のプロジェクトの成否が決定するのだ。